ドキサプラム(商品名:ドプラム)は、呼吸促進剤として医療現場で重要な役割を果たす薬剤です 。本薬剤は麻酔薬による呼吸抑制や肺の換気不全の際に点滴静脈注射で使用され、頚動脈小体および大動脈小体の化学受容器を刺激して反射性興奮を起こし、1回換気量と呼吸数を増加させる特徴的な作用機序を有しています 。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00051619
近年、早産・低出生体重児における原発性無呼吸(未熟児無呼吸発作)への適応が追加承認され、新生児医療領域での治療選択肢としても注目を集めています 。2015年に公知申請による適応拡大が認められ、メチルキサンチン系治療薬に抵抗性の症例に対する有効な治療選択肢として位置づけられています 。
参考)https://www.kissei.co.jp/news/2015/20150320-714.html
ドキサプラムの最も特徴的な作用機序は、カリウムチャネル阻害による呼吸刺激効果です 。本薬剤はタンデムポア型カリウムチャネルファミリーのリーク型カリウムチャネル(TASK様Kチャネル)を阻害し、頚動脈小体の化学受容器細胞の膜電位を効果的に脱分極させます 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BC%E5%90%B8%E8%88%88%E5%A5%AE%E8%96%AC
この脱分極により電位依存性カルシウムチャネルが開口し、神経伝達物質が放出されて中枢神経系への信号伝達プロセスが開始されます 。新生仔ラット脳幹脊髄灌流標本を用いた研究では、ドキサプラムが末梢化学受容体の影響を除外しても延髄呼吸中枢を直接刺激することが明らかになっており、中枢性の作用機序も併せ持つことが判明しています 。
参考)https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/KO70001002-20144703-0004.pdf?file_id=155410
電気生理学的検討においては、テトロドトキシン存在下でもシナプス後効果として膜抵抗の増大を伴う膜の脱分極が観察され、カリウムチャネル阻害が推察される結果が得られています 。これらの知見は、ドキサプラムが従来の呼吸刺激薬とは異なる独特な薬理学的プロファイルを有することを示しています。
未熟児無呼吸発作は早産児の約25%が発症し、在胎28週未満の児ではほとんどに認められる重要な合併症です 。従来はメチルキサンチン(アミノフィリン、テオフィリン、カフェイン)が第一選択薬として用いられてきましたが、これらの薬剤に不応性の症例に対してドキサプラムが有効な治療選択肢として期待されています 。
参考)https://growthring.healthcare/learning/pubmed/detail/37877431/
全国の新生児医療機関を対象とした多施設共同試験では、目標被験者数42名での二重盲検無作為比較対照試験が実施され、静注用アミノフィリンに不応の症例に対するドキサプラムの有効性が検証されました 。研究結果から最も安全かつ有効な投与法として、1.5mg/kgの負荷投与後に0.2mg/kg/hrの維持投与法が推奨されています 。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/12586
国内の使用成績調査では、有効率が85.7%(203/237例)と高い治療効果が確認されており、副作用発現割合は18.8%と比較的良好な安全性プロファイルを示しています 。重要な安全性情報として、1mg/kg/hr以上の高用量投与では壊死性腸炎等の重篤な胃腸障害の発現頻度が増加することから、適切な用量設定の重要性が強調されています 。
参考)https://www.carenet.com/drugs/category/respiratory-stimulants/2219400A1031
ドキサプラムの副作用は主に循環器系と中枢神経系に現れる傾向があり、特に血圧上昇、頻脈、不整脈などの循環器症状が注目されます 。承認時および市販後の頻度調査では、血圧上昇が84件(3.13%)、興奮状態が45件(1.68%)、嘔気・嘔吐が30件(1.12%)、頻脈が29件(1.08%)の頻度で認められています 。
参考)https://www.gifu-upharm.jp/di/mdoc/iform/2g/i3528902305.pdf
循環器系副作用の機序として、ドキサプラムが頸動脈小体等の神経細胞のカリウムチャネルファミリーに対して薬理的抑制作用を有し、房室結節・心筋細胞に多く存在する同様のカリウムチャネルへの影響が関与していると考えられています 。低用量ドキサプラム投与前後の生体信号解析では、適切な用量範囲において心臓刺激伝導系への抑制作用は認められないことが確認されていますが、高用量では注意が必要です 。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2006/062081/200616003A/200616003A0001.pdf
重大な副作用として、興奮状態(6.1%)、振戦(1.1%)、間代性痙攣、筋攣縮、テタニー、声門痙攣などが報告されており、特に新生児においては壊死性腸炎、胃穿孔、胃腸出血などの消化器系の重篤な有害反応に注意が必要です 。これらの副作用は血中濃度が5μg/mLを超える場合に発現率が上昇するとの報告があり、血中濃度モニタリングの重要性が示唆されています 。
参考)http://dc.di-pedia.com/DIC_GOOCO/Attach/2219/400/A1031/2219400A1031.pdf
ドキサプラムには重要な禁忌事項が設定されており、医療従事者は十分な理解が必要です 。てんかんおよび他の痙攣状態の患者では症状を悪化させる恐れがあるため絶対禁忌とされています 。呼吸筋・胸郭・胸膜などの異常により換気能力が低下している患者では本剤の効果が期待できず、レスピレータによる補助が必要であることから使用禁忌です 。
参考)https://medpeer.jp/drug/d2722
循環器系の禁忌として、重症の高血圧症および脳血管障害患者では過度の昇圧、脳血管収縮・脳血流の減少を起こす恐れがあり、冠動脈疾患、明瞭な代償不全性心不全患者では頻脈・不整脈を起こす危険性があります 。新生児・低出生体重児については、未熟児無呼吸発作の患児を除いて使用禁忌とされています 。
重要な基本的注意として、上気道閉塞のないことを確認し、酸素消費量の増加に対応するため特に点滴静注時には酸素の同時投与が必要です 。静脈内注射により血栓性静脈炎を起こすことがあるため、同一注射部位への長期使用は避けるべきです 。高齢者では生理機能の低下を考慮し、用量および投与間隔に留意した慎重な投与が求められます 。
ブプレノルフィンのような部分アゴニスト型オピオイド鎮痛薬による呼吸抑制は、ナロキソンの効果が限定的である場合があり、このような症例においてドキサプラムが有効な治療選択肢となります 。ブプレノルフィンは長時間持続型の非選択的オピオイド受容体部分アゴニストで、μオピオイド受容体との結合親和性が高く、ナロキソンによる拮抗が困難な場合があります 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%A0
このような症例では、呼吸中枢への直接的な刺激作用を有するドキサプラムが有効で、オピオイド受容体を介さない独立した作用機序により呼吸機能の改善が期待できます 。臨床現場では、ナロキソン投与後も呼吸抑制が持続する症例に対して、ドキサプラムの段階的投与が推奨される治療アルゴリズムが確立されています 。
参考)https://www.otsuka-elibrary.jp/product/di/news/1036/TK2401.pdf?p=1607736850343
また、ドキサプラムは術後シバリングの抑制にもペチジンと同程度の有効性を持つことが報告されており、周術期管理における多面的な活用が注目されています 。この作用は中枢神経系への直接的な影響によるものと考えられ、体温調節機構への関与が示唆されています。
医薬品の相互作用についても注意が必要で、交感神経興奮薬やモノアミン酸化酵素阻害剤との併用では血圧上昇のリスクが高まるため、用量調節など慎重な投与が求められます 。これらの知見は、複雑な薬物治療を受ける患者におけるドキサプラムの安全使用において極めて重要な情報です。