アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息、AERD:Aspirin-exacerbated respiratory disease)は、アスピリンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)により引き起こされる喘息発作です 。発症機序は、NSAIDsがシクロオキシゲナーゼ(COX-1)を阻害することで、アラキドン酸代謝経路が偏倚し、ロイコトリエン類の過剰産生が生じることにあります 。
ロイコトリエンは気道平滑筋の収縮、血管透過性の亢進、粘液分泌の増加、好酸球の遊走と活性化などの作用を持つため、これらの物質が過剰に産生されると重篤な喘息症状が現れます 。成人喘息の約10%を占め、30代から50代の女性に多く見られる傾向があります 。
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興味深いことに、アスピリン喘息患者の血中では血小板活性化マーカーの上昇が認められており、血小板の過度な活性化も病態に関与している可能性が示唆されています 。この知見は、単純なロイコトリエン過剰産生だけでは説明できない複雑な病態機序の存在を示しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/505fec063abd6157268553a0b2d0a2d94bf1b0c7
従来、アセトアミノフェンの添付文書ではアスピリン喘息が禁忌とされていましたが、近年この禁忌制限が解除されました 。アセトアミノフェンはNSAIDsと異なる作用機序を持ち、COX-1阻害作用が弱いため、理論的にはアスピリン喘息を誘発しにくいとされています 。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/special_feature/4788
しかし、完全に安全というわけではありません。米国におけるN-ERD(NSAIDs-exacerbated respiratory disease)患者への負荷試験では、1,000~1,500mg/回の投与で34%の患者に呼吸機能の低下が認められました 。そのため、欧米では500mg/回、日本人には300mg/回が推奨されています 。
参考)Column アスピリン喘息患者への鎮痛薬の投与
実際の臨床現場では、NSAIDs過敏喘息患者においてアセトアミノフェンでも発作を起こすリスクがあるため、1回量を300mg以下に抑えることが望ましいとされています 。これは、個体差や症状の重篤度によって反応性が異なるためです。
アスピリン喘息の治療では、まず原因となるNSAIDsの回避が基本となります 。治療にはロイコトリエン受容体拮抗薬が有効で、国内では2種類の薬剤が使用可能です 。これらの薬剤は、過剰産生されたロイコトリエンの作用をブロックすることで症状を改善します。
参考)アスピリン喘息・札幌市西区の内科・呼吸器科・医院・はねだ内科
近年、注目されている治療法として抗IgE抗体(オマリズマブ)の有効性が報告されています。相模原病院での臨床試験では、16例中10例(63%)でアスピリン過敏性が消失し、残りの6例でも症状改善が認められました 。この結果は、従来のアレルギー性喘息とは異なる機序で発症するとされていたアスピリン喘息においても、IgEが病態に関与している可能性を示唆しています。
代替薬物としては、塩基性NSAIDsであるチアラミド塩酸塩(ソランタール®)やセレコキシブなどが候補となります 。これらはCOX-1阻害作用が弱いか、ほとんどないため、比較的安全に使用できると考えられています。
アスピリン喘息患者の特徴的な合併症として、慢性副鼻腔炎と鼻茸の形成があります 。この三徴候(喘息、慢性副鼻腔炎、鼻茸)はSamter's triadとも呼ばれ、アスピリン喘息の診断における重要な指標となります。
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鼻症状は喘息症状に先行することが多く、NSAIDs使用1~2時間後にまず鼻づまりが現れ、その後に喘息症状が発現するパターンが典型的です 。この時間的経過を理解することは、早期診断と適切な対応のために重要です。
興味深いことに、アスピリン喘息の慢性副鼻腔炎に対する手術治療においても、特別な注意が必要とされています 。手術により鼻茸を除去しても、根本的な病態が改善されない限り再発の可能性が高く、術後の薬物療法も慎重に選択する必要があります。
参考)アスピリン喘息の慢性副鼻腔炎に対する手術治療経験
最近の研究では、アスピリン喘息の管理において栄養学的アプローチの重要性が注目されています 。各種食品中のサリチル酸及びその誘導体含有量の測定により、特定の食品が喘息発作を誘発する可能性があることが分かってきました。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/194af2d4f5d2ad6c19234332ed4ad467a63b3aa0
特にオメガ6脂肪酸を多く含む食品の摂取は、体内でロイコトリエンの合成を促進するため注意が必要です 。一方、オメガ3脂肪酸の摂取増加により気道症状の大幅な改善が報告されており、食事療法の有効性が示されています。
アルコール摂取も重要な注意点です。NSAIDs過敏喘息患者では、少量のアルコール摂取でも鼻や気管支症状を引き起こすことが多いため、アルコールの摂取制限が推奨されます 。これらの生活指導は、薬物療法と併用することで症状の安定化に寄与します。
厚生労働省認定:アスピリン喘息患者への解熱鎮痛消炎薬の投与に関する詳細なガイドライン
日本医療研究開発機構:アスピリン喘息に対するオマリズマブの臨床試験結果と今後の治療展望
相模原病院臨床研究センター:NSAIDs過敏喘息における安全なステロイド投与法の詳細プロトコル