今使われている抗がん剤の起源が「化学兵器マスタードガス」だと知ったら、治療への見方が変わるかもしれません。
アルキル化剤は、現在の抗がん剤治療において最も歴史が古く、かつ広く使用されている薬剤群のひとつです。その起源をたどると、第一次世界大戦(1914〜1918年)で使用された化学兵器「マスタードガス(硫黄マスタード)」の研究にまでさかのぼります。1917年7月にベルギーのイーペルで初めて実戦投入されたマスタードガスは、1万人以上の死傷者を出したとされる恐るべき兵器でした。
しかし、その後の研究により、マスタードガスが骨髄や白血球を選択的に破壊することが明らかになりました。これが逆転の発想につながり、1940年代には窒素マスタード(ナイトロジェンマスタード)を悪性リンパ腫の治療に応用する試みが行われ、現代的ながん化学療法の礎が築かれたのです。つまり、「敵を殺す兵器」が「がん細胞を殺す薬」へと姿を変えたことになります。意外ですね。
アルキル化剤の基本的な定義は「アルキル基(炭素と水素からなる原子のかたまり)をDNA塩基に共有結合させることで、DNAの複製を妨げる薬剤」です。特に、DNAの塩基であるグアニンに結合しやすく、二本鎖のDNAに架橋(クロスリンク)を形成することでがん細胞を死滅させます。細胞周期のいずれの時期にも作用する「細胞周期非特異的薬剤」である点も大きな特徴です。
下記の表でアルキル化剤の代表的な薬剤を一覧にまとめました。
| 分類 | 一般名 | 商品名 | 主な適応 |
|---|---|---|---|
| ナイトロジェンマスタード類 | シクロホスファミド | エンドキサン | 悪性リンパ腫、小細胞肺がん、白血病 |
| ナイトロジェンマスタード類 | イホスファミド | イホマイド | 骨肉腫、軟部肉腫、精巣腫瘍 |
| ナイトロジェンマスタード類 | メルファラン | アルケラン | 多発性骨髄腫、造血幹細胞移植前処置 |
| ナイトロジェンマスタード類 | ベンダムスチン | トレアキシン | 慢性リンパ性白血病、悪性リンパ腫 |
| ニトロソウレア類 | ニムスチン | ニドラン | 脳腫瘍、肺がん |
| ニトロソウレア類 | ラニムスチン | サイメリン | 脳腫瘍、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫 |
| スルホン酸アルキル類 | ブスルファン | ブスルフェクス、マブリン | 慢性骨髄性白血病、造血幹細胞移植前処置 |
| トリアゼン類 | ダカルバジン | 悪性黒色腫(メラノーマ)、ホジキン病 | |
| トリアゼン類 | テモゾロミド | テモダール | 悪性神経膠腫(脳腫瘍) |
| エチレンイミン類 | チオテパ | テパジーナ | 造血幹細胞移植前処置 |
| その他 | プロカルバジン | 塩酸プロカルバジン | ホジキンリンパ腫 |
なお、白金製剤(シスプラチン・カルボプラチン・オキサリプラチンなど)は、アルキル化剤に類似した作用機序(DNAの架橋形成)を持つため、広義のアルキル化剤として分類する教科書もあります。ただし、厳密には白金原子を中心とする異なる化学構造を持つため、「白金製剤」として別分類とする場合が一般的です。この点が混乱しやすいポイントです。
参考:アルキル化剤の基本的な作用機序・分類について詳しく解説されています。
アルキル化剤は化学構造の違いによって大きく6種類に分類されます。分類が違えば、得意ながんの種類も、副作用のプロフィールも変わってきます。これが基本です。
① ナイトロジェンマスタード類は、最初に開発されたアルキル化剤で、シクロホスファミド(エンドキサン)がその代表格です。世界中で最も広く用いられているアルキル化剤であり、悪性リンパ腫に対するCHOP療法や小細胞肺がんに対するCAV療法の中心的な役割を担っています。肝臓で代謝されて初めて活性化する「プロドラッグ型」の薬剤という点が特徴で、活性代謝物のアクロレインが抗腫瘍効果を発揮しますが、この物質が後述の出血性膀胱炎の原因にもなります。
② ニトロソウレア類の最大の特徴は、分子量が小さく脂溶性が高いために「血液脳関門(BBB)」を通過できることです。通常の抗がん剤は脳に入れませんが、ニムスチン(ニドラン)やラニムスチン(サイメリン)はこの関門を突破して脳腫瘍に直接作用できます。これは使えそうです。なお、ニムスチンは日本で独自に開発されたニトロソウレア系薬剤で、最大約30%が血液脳関門を通過するとされています。
③ スルホン酸アルキル類の代表はブスルファン(商品名:ブスルフェクス/マブリン)です。内服剤は慢性骨髄性白血病の治療に用いられますが、完治は難しいとされています。2006年に認可された注射剤(ブスルフェクス)は、造血幹細胞移植の前処置として大量投与されるようになりました。骨髄抑制作用が特に強く、移植前に患者自身の骨髄機能をほぼゼロに近い状態まで下げる目的で使用されます。
④ トリアゼン類には、ダカルバジンとテモゾロミドが含まれます。ダカルバジンはメラノーマ(悪性黒色腫)に最も有効な薬剤の一つとして知られています。一方テモゾロミド(テモダール)は、経口投与が可能でありながら血液脳関門をよく通過するという優れた特性を持つ、第2世代のアルキル化剤です。世界70カ国以上で承認されており、悪性神経膠腫(グリオーマ)の標準治療に欠かせない薬剤となっています。
⑤ エチレンイミン類のチオテパは、現在では主に造血幹細胞移植の前処置として使用されます。かつてはさまざまながんに幅広く使われていましたが、現在は用途が限定されています。
⑥ その他として分類されるプロカルバジンは、DNAだけでなくRNAとタンパク質の合成を阻害する複合的な作用を持ち、ホジキンリンパ腫の多剤併用療法(MOPP療法など)の構成薬剤として使われてきました。
参考:各アルキル化剤の分類・特徴・適応疾患を詳しく確認できます。
アルキル化薬 | 看護師・看護学生の用語辞典 | 看護roo!カンゴルー
アルキル化剤は細胞周期に関係なく作用するため、増殖が速いがん細胞だけでなく、正常な細胞にも影響を与えます。その結果として現れるのが、さまざまな副作用です。副作用への理解は治療を継続するうえでとても大切です。
最も注意が必要な副作用が「骨髄抑制」です。骨髄の造血機能が低下し、白血球・赤血球・血小板がいずれも減少します。白血球(特に好中球)の減少は感染症リスクを高め、抗がん剤投与開始後7〜10日目頃から減り始め、10〜14日目頃に最低値に達します。東京ドームの広さ(約4.7万㎡)に例えるなら、免疫の「守備範囲」が大幅に縮小するようなイメージです。骨髄抑制が原則です。
骨髄抑制が起きると次の症状が現れることがあります。
次に重要なのが「出血性膀胱炎」です。シクロホスファミドやイホスファミドは体内で代謝されると「アクロレイン」という物質を産生し、これが尿中に排泄されて膀胱粘膜を直接障害します。この副作用は、アルキル化剤が使用されはじめた初期には発生率が40〜68%とも報告されていました。現在は予防薬「メスナ」と大量水分補給の組み合わせにより発生率は大幅に下がっています。
イホスファミドはシクロホスファミドよりも出血性膀胱炎の頻度が高い点も覚えておくと役立ちます。イホスファミドの代謝物「クロロアセトアルデヒド」も尿路上皮細胞を障害するためです。この物質は同時に急性・慢性の腎毒性も引き起こすことがわかっています。厳しいところですね。
そして見落とされがちなリスクが「二次発がん」です。アルキル化剤はがん細胞だけでなく、正常な細胞のDNAにも損傷を与えます。シクロホスファミドの長期使用は膀胱がんや血液系悪性腫瘍(白血病・悪性リンパ腫など)の二次発がんリスクを増加させる可能性があるため、担当医から長期的なフォローアップについて説明を受けることが大切です。
副作用に注意しながら治療を進めるためには、自覚症状が出た際にすぐに医療者へ伝えることが重要です。特に、発熱(38℃以上)・血尿・倦怠感の急激な悪化などは速やかな受診が必要なサインです。骨髄抑制の時期には感染予防として手洗い・うがいの徹底と人込みを避ける行動が有効です。
参考:アルキル化剤による出血性膀胱炎のメカニズムと予防法(医療者向け)が詳しく記載されています。
アルキル化剤による泌尿器系の副作用およびその対策 | 日本腎臓病薬物療法学会誌
脳は全身の「司令塔」ですが、それを守る血液脳関門(Blood-Brain Barrier:BBB)という厳重な「門番」が存在します。この関門は、脳に有害な物質が入るのを防ぐ一方で、通常の抗がん剤もほとんど通過させません。そのため、脳腫瘍の薬物療法は長らく非常に難しいとされてきました。
その壁を乗り越えられるのが、アルキル化剤の一部です。これが重要です。
テモゾロミド(テモダール)は、現在の脳腫瘍治療において最も重要な薬剤の一つです。第2世代のアルキル化剤であるテモゾロミドは、経口(飲み薬)で投与でき、かつ血液脳関門を通過して脳脊髄液への移行性も良好という二つの優れた特性を持っています。注射薬と体内での薬物動態がほぼ同等であるという点も大きな強みです。
2005年に発表された臨床試験では、初発膠芽腫(グリオブラストーマ)に対してテモゾロミドと放射線治療を併用したところ、放射線単独と比較して全生存期間が約2カ月延長されることが示されました。さらに2年生存率は26.5%(テモゾロミド群)対10.4%(放射線単独群)と、約2倍以上に改善されました。これは大きな前進でした。
ニムスチン(ニドラン)は、日本で独自に開発されたニトロソウレア系のアルキル化剤で、最大約30%が血液脳関門を通過できるとされています。高い脂質溶解性と小さな分子量(約272)が、この通過を可能にしています。脳腫瘍治療に単独で、あるいはテモゾロミドや他の薬剤と併用して使われます。
同じニトロソウレア系のラニムスチン(サイメリン)も血液脳関門を通過しやすい特性を持ちます。多発性骨髄腫や悪性リンパ腫の多剤併用療法にも用いられるほか、脳腫瘍においてもMCEC療法(ラニムスチン+カルボプラチン+エトポシド+シクロホスファミド)という組み合わせで使用されます。
「脳腫瘍に使える抗がん剤は少ない」という印象を持つ方が多いですが、このようにBBBを通過できる薬剤が複数存在します。脳腫瘍の診断を受けた際は、担当の脳神経外科医・神経腫瘍専門医にどの薬剤が適応になるかを確認することが大切です。
参考:テモゾロミドの特性と脳腫瘍治療での位置づけについて詳しく解説されています。
成人初発膠芽腫に対する化学療法の種類と意義 | 日本脳腫瘍学会
アルキル化剤の一覧を眺めると「なぜこれほど多くの薬が存在するのか」という疑問が生まれます。実はその答えは、アルキル化剤が単独ではなく他の薬剤と組み合わせて使われることが前提となっているからです。つまり多剤併用が原則です。
がん細胞は均一ではありません。ひとつの腫瘍の中にも、さまざまな特性を持つ細胞が混在しています。あるアルキル化剤に対して抵抗性を示す細胞でも、異なる作用機序を持つ薬剤には反応することがあります。そのため、作用機序が異なる薬剤を組み合わせることで、より多くのがん細胞を倒し、耐性が生まれにくくする効果が期待できるのです。
代表的な多剤併用療法を以下に示します。
また、アルキル化剤が「細胞周期非特異的」であることが、組み合わせのうえで重要な意味を持ちます。代謝拮抗薬のようにS期(DNA合成期)にしか作用しない薬とは異なり、アルキル化剤はがん細胞がどの周期にあっても攻撃できるため、周期特異的薬剤との相性が良いとされています。
さらに注目すべきは、造血幹細胞移植の「前処置」としての役割です。ブスルファンやシクロホスファミドなどは移植前に大量投与され、患者自身の骨髄機能をほぼゼロにする「骨髄破壊的前処置」に使われます。これは治療ではなく、移植した幹細胞が正常に生着するための「下準備」として行われる特殊な使い方です。通常の治療量とは比較にならないほどの大量投与となるため、副作用管理が非常に重要になります。
シクロホスファミドは単独での抗がん作用は比較的弱いとされていますが、他剤と組み合わせることで驚くほど高い治療効果を発揮します。単剤での効果が弱いからこそ、組み合わせの妙が生きる薬でもあります。これは使えそうです。
参考:細胞障害性抗がん薬の分類と各併用療法の解説が詳しく記載されています。