汗を1日1回だけ流しても、チオテパの皮膚障害は防げないことがあります。
チオテパ(商品名:リサイオ点滴静注液100mg)は、エチレンイミン系に属するアルキル化剤の抗がん剤です。DNAに直接化学的に結合してDNA合成を阻害し、がん細胞を死滅させることを主な作用機序としています。この薬の大きな特徴は中枢神経系への移行性が高い点で、脳や脊髄に存在するがん細胞にも効果を発揮できます。そのため、小児の髄芽腫など、脳内の固形腫瘍の治療にも用いられています。
国内では1958年から販売されていたものの、原薬メーカーの工場閉鎖により2009年に製造販売が中止され、その後、小児がん治療における医療上の必要性が高く評価されたことから、2019年に自家造血幹細胞移植の前治療薬として再承認されました。約10年のブランクを経て復活した薬剤です。
適応は2つに分かれており、成人の悪性リンパ腫に対しては「ブスルファンとの併用」で使用し、小児悪性固形腫瘍(髄芽腫・ユーイング肉腫など)に対しては「メルファランとの併用」で使用します。用法・用量は疾患によって異なり、悪性リンパ腫では体重1kgあたり5mgを1日1回2時間かけて2日間点滴、小児悪性固形腫瘍では1日200mg/m²を24時間かけて2日間点滴し、5日間休薬後にさらに同用量を2日間行うという集中的なレジメンです。
この薬の薬価は1瓶(100mg)あたり193,331円(2022年時点)と非常に高価であり、保険適用となりますが治療費の管理にも注意が必要です。なお、チオテパはCYP2B6を阻害する作用を持つため、シクロホスファミドと組み合わせると後者の抗腫瘍効果が減弱するという薬物相互作用も報告されています。投与する順番が重要です。
参考資料:チオテパ(リサイオ)の薬効分類・成分・用法用量(KEGG MEDICUS 医療用医薬品添付文書情報)
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00068017
チオテパの副作用は多岐にわたります。まず知っておきたいのは、その発現頻度の高さです。
添付文書(リサイオ添付文書 2022年4月改訂)に基づく主な重大な副作用の発現頻度は以下の通りです。
| 副作用の種類 | 発現頻度 | 主な症状 |
|---|---|---|
| 胃腸障害(口内炎、悪心、嘔吐、下痢、食欲不振) | 100% | 口内炎(94.7%)、悪心(84.2%)、下痢(84.2%) |
| 骨髄抑制(発熱性好中球減少症など) | 78.9% | 発熱、出血傾向、貧血 |
| 皮膚障害(色素過剰、皮膚炎、皮膚剥脱など) | 63.2% | 色素沈着、かゆみ、皮膚疼痛 |
| 肺水腫・浮腫・体液貯留 | 21.1% | 息苦しさ、むくみ、胸水 |
| 感染症(細菌感染・真菌感染・肺炎など) | 21.1% | 発熱、全身倦怠感、悪寒 |
| 腎機能障害(急性腎障害) | 10.5% | 尿量減少、むくみ |
| 出血(胃腸出血、肺出血) | 10.5% | 血便、血痰、吐血 |
| 肝中心静脈閉塞症(VOD)/類洞閉塞症候群(SOS) | 頻度不明 | 黄疸、腹痛、嘔吐 |
注目すべきは「胃腸障害 100%」という数字です。これは投与された全患者に何らかの胃腸症状が発現するということを意味します。骨髄抑制は78.9%と高率で、発熱性好中球減少症として現れることが多く、感染症に対して極めて脆弱な状態になります。結論は、チオテパ投与後は必ず何らかの副作用が発現すると覚悟した上で管理体制を整えることが原則です。
また、「その他の副作用」として、ALT上昇(63.2%)、AST上昇(52.6%)、味覚異常(42.1%)、血中アルブミン低下(31.6%)といった肝機能異常や栄養状態の悪化も高頻度で起こります。治療中は食事が摂りにくくなることが多いため、栄養管理と口腔ケアが非常に重要です。
参考:PMDAによるリサイオ点滴静注液100mgの安全性情報
https://www.pmda.go.jp/RMP/www/400093/fcffe9c8-9237-4f0e-be05-1d3a2cc03946/400093_4212400A1021_007RMP.pdf
チオテパの皮膚障害には、他の抗がん剤にはほとんど見られない特殊な発症メカニズムがあります。それが「汗腺からの排泄」です。
チオテパは点滴投与後、体内でエクリン汗腺(全身に分布する汗腺)を通して皮膚表面へ排泄されます。つまり、汗をかくたびにチオテパを含んだ汗が皮膚に接触し続けることになります。そのため、汗が蓄積しやすい部位——脇の下・鼠径部・陰嚢・おむつ着用部などの間擦部位——に皮膚障害が集中して発現します。
皮膚障害の発現頻度は63.2%と高く、症状は色素沈着・紅斑・皮膚剥離・疼痛・角層剥脱など多様です。横浜市立大学が報告した小児髄芽腫の症例では、1日1回のシャワー浴のみのケアで投与3日後に体表面積10%以上の色素沈着が出現し、6日後には角層剥離と糜爛へと進展、オピオイド鎮痛剤(フェンタニル)の投与が必要になるほどの皮膚疼痛(CTCAE Grade 3)が生じました。
皮膚障害の対策は日本と米国で大きな差があります。
米国の施設では「投与開始から最終投与終了36時間後まで、15〜30分の入浴を1日4回」という徹底した対策を行っていても全例で何らかの皮膚障害が生じたという報告もあります。皮膚障害は防げないことがほとんどですが、重症化を防ぐことは可能です。
特に小児でおむつを着用している患者は、排泄物による湿潤環境が加わるため皮膚障害のリスクがさらに高まります。おむつの頻回交換と、可能な限りの皮膚の清潔保持が重要な看護ケアとなります。保湿剤の塗布タイミングにも注意が必要で、チオテパ投与中に皮膚へ保湿剤を塗布することがかえってチオテパを皮膚に留め置くリスクがあるとする施設もあります。これは厳しいところですね。
参考:Thiotepaによる皮膚障害を認めた小児髄芽腫の症例報告(日本小児臨床薬理学会雑誌 第34巻)
チオテパは短期間に集中的に大量投与される薬剤です。そのため、副作用が現れる時期は大まかに「投与中・直後」と「骨髄抑制期」に分けて考えるとわかりやすくなります。
投与中・直後(投与開始〜数日)から現れやすい副作用には、悪心・嘔吐・下痢などの胃腸障害、皮膚障害(色素沈着は投与3日後頃から出現し始めることが多い)、浮腫・肺水腫・体液貯留などがあります。体液貯留は特に投与早期に出現しやすいとされており、胸水・心嚢液貯留が重篤化すると心停止に至ったケースも報告されています。早期発見が命を左右します。
骨髄抑制期(投与後7〜21日頃)には、血液をつくる骨髄機能が著しく低下することで以下の3大リスクが重なります。
骨髄抑制期を乗り越えるためには、医療機関での厳重な感染予防管理(無菌室や抗菌薬投与)が不可欠です。患者・家族に「体温が37.5℃以上になったらすぐに病院へ連絡する」という指導を徹底することが基本です。
骨髄抑制後、造血幹細胞が生着すると血球数は回復傾向となります。前述の症例報告では、day15に生着が確認されるとともに皮膚症状も改善が見られ始めています。生着確認が回復の一つの目安です。
なお、副作用の出現時期は患者の体質・病気の状態・使用する他の薬剤との組み合わせによって異なります。「いつから・どのくらいの期間」という固定したパターンはなく、投与前から投与後の長期間にわたり継続的な観察と検査(血液検査・肝機能・腎機能・心電図・尿量など)が行われます。つまり定期検査が基本です。
参考:造血幹細胞移植患者への支持療法・副作用管理(がん情報サービス)
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCT/hsct02.html
多くの患者や家族が見落としやすいのが、治療終了後も続くリスクです。チオテパには、「肝中心静脈閉塞症(VOD)」と「二次性悪性腫瘍」という2つの長期的な重大リスクが知られています。
肝中心静脈閉塞症(VOD)/類洞閉塞症候群(SOS)
VOD/SOSは、肝臓の小静脈が閉塞することで起こる重篤な肝障害です。症状としては黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、腹痛、腹水(お腹に水が溜まる)、嘔吐などが現れます。移植後の早期〜数週間以内に発現することが多く、重症例では致命的になることもあります。チオテパを含む前処置を行った後に発現した事例が報告されており、添付文書でも「重大な副作用」として位置づけられています。VODが疑われる症状が出たら迷わず報告が必要です。
二次性悪性腫瘍(セカンドキャンサー)
自家造血幹細胞移植の前治療としてチオテパを含むアルキル化剤を投与された患者において、治療後に別のがんが発生したという報告が複数あります。添付文書の「その他の注意」には骨肉腫・甲状腺癌などが記載されており、過去には膀胱癌の治療に長期投与した患者で急性骨髄性白血病(AML)が発症した報告もあります。
二次性悪性腫瘍の発現頻度は低いとされていますが、発現までに長い年月を要するため、治療終了後も定期的ながん検診・フォローアップ受診を継続することが重要です。「治療が終わったから大丈夫」とはいえません。意外ですね。
チオテパが持つ遺伝毒性(遺伝子突然変異試験・染色体異常試験・小核試験で確認)も、この長期リスクに関係しています。動物実験では肺腫瘍・造血器系腫瘍・扁平上皮癌などが発生したことも確認されています。また、男性への投与では精子形成異常・妊娠率の低下が報告されており、生殖機能への影響については治療前から担当医と十分に話し合い、必要であれば精子・卵子の凍結保存を検討することも選択肢に入ります。
チオテパは揮発性と発がん性を持つ薬剤でもあるため、医療従事者が調製する際は手袋・マスク・防護メガネを着用し、安全キャビネット内で調製を行うことが義務付けられています。患者・家族が薬液に直接触れる機会はほぼありませんが、投与後の体液(汗・尿など)にも薬剤が含まれる可能性があるため、ケアを行う際には適切な防護が必要です。
参考:チオテパ(リサイオ)の安全性情報(厚生労働省 PMDA審査報告書)
https://www.pmda.go.jp/drugs/2019/P20190410001/400093000_23100AMX00292_H100_1.pdf
チオテパによる治療は、入院管理下で行われる非常に集中度の高い治療です。副作用の多さや重篤度を考えると、患者・家族が「何を見ていれば良いのか」を事前に把握しておくことが健康リスクの回避につながります。
治療中の観察ポイント
治療中に医療スタッフが行う定期的な検査には、血液検査(白血球・血小板・ヘモグロビンなど)、肝機能検査(ALT・AST・γGTP)、腎機能検査(クレアチニン・尿量)、心電図・血圧モニタリングなどが含まれます。患者・家族が自宅での様子を記録しておくことも、副作用を早期に発見するためにとても有効です。
具体的に「すぐに医療チームへ連絡が必要なサイン」を覚えておきましょう。
皮膚ケアの具体的なポイント
皮膚障害を少しでも軽減するため、チオテパ投与中の皮膚ケアは入院中も自宅療養中も徹底が必要です。シャワー・入浴の頻度を増やすこと(米国基準では48時間以内に最低1日2回)、衣服・シーツの頻回交換、テープ類の貼り付けを極力避けること、間擦部(脇の下・股間・肛門周囲)の清潔保持を意識することが基本になります。皮膚ケアは必須です。
食事・栄養管理について
胃腸障害(口内炎・悪心・食欲不振)は全患者に起こります。口内炎による痛みで食事が困難になった場合は、食べやすいものを少量ずつ摂ること、口腔内を清潔に保つマウスウォッシュ・うがいの徹底が効果的です。味覚異常(42.1%)も高頻度で生じるため、食事の味付けや温度を工夫することが食欲維持の助けになります。栄養が命綱です。
治療の経過中に何か気になることがあれば、些細なことでも担当医・担当薬剤師・看護師に相談することが大切です。チオテパは複数の重篤な副作用リスクを持つ薬剤であり、医療チームとの密接な連携が治療成功のカギです。
参考:静岡がんセンター 抗がん剤治療と皮膚症状
https://www.scchr.jp/cms/wp-content/uploads/2016/01/514003d0fe03fad5875856545be0b6af.pdf