アドレナリン反転とノルアドレナリンの作用機序と臨床応用

アドレナリン反転現象とノルアドレナリンの血管作用について詳しく解説。両者の作用機序の違いと臨床での使い分けの重要性を学びます。医療従事者として知っておくべき安全性の知識とは?

アドレナリン反転とノルアドレナリン

アドレナリン反転とノルアドレナリンの特徴
アドレナリン反転現象

α1受容体遮断薬により血圧上昇作用が下降作用に反転

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ノルアドレナリンの安定性

β2受容体への親和性が低く血圧反転を起こさない

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臨床での使い分け

薬物相互作用を考慮した適切な選択が重要

アドレナリン反転の基本的な作用機序

アドレナリン反転(adrenaline reversal)は、α1受容体遮断薬投与後にアドレナリンを静脈内注射すると、アドレナリンの血圧上昇作用が血圧下降作用に反転する現象です。この現象は1906年にDaleによって麦角アルカロイドを予め投与したネコにアドレナリンを投与すると血圧下降作用が生じることから発見されました。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8F%8D%E8%BB%A2

 

血管壁に存在するα1受容体およびβ2受容体はともにアドレナリンに対する受容体として機能します。α1受容体にアドレナリンが結合すると血圧上昇作用を示す一方、β2受容体への結合により血圧下降作用を示します。通常の状態ではα1受容体を介した作用が優位のためアドレナリンの投与により血圧上昇を示しますが、α1受容体遮断薬の存在下ではβ2受容体を介した作用が優位となり血圧下降作用を生じます。
参考)http://www.thpa.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/magazine_vol67-5_1.pdf

 

アドレナリンはα1・β1・β2受容体刺激作用を有するため、この現象が生じやすい特徴があります。特に抗精神病薬の多くはα1受容体遮断作用を持つため、これらの薬剤を内服している患者にアドレナリンを投与する際には注意が必要となります。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=10265

 

ノルアドレナリンの血管作用と反転現象への抵抗性

ノルアドレナリンは同じく内因性カテコールアミンでありながら、アドレナリンとは異なる受容体親和性を示します。ノルアドレナリンはα1・β1受容体刺激作用を有しますが、β2受容体は刺激しないという重要な特徴があります。
この特性により、ノルアドレナリンはβ2受容体を介した血圧下降作用が弱いため、α1受容体遮断薬により血圧上昇作用の抑制は起こりますが血圧反転は起こりません。つまり、ノルアドレナリンは「反転現象に対する抵抗性」を持っているといえます。
ノルアドレナリンの血管作用は主に以下の特徴を示します。

  • 強力な血管収縮作用(α1受容体)
  • 心収縮力増強作用(β1受容体)
  • β2受容体への親和性が低い
  • 総合的な昇圧効果はアドレナリンより強力

この薬理学的特性から、過去の精神病院では緊急時の蘇生としてアドレナリンの代わりにノルアドレナリンを用意している病院もありました。

抗精神病薬とアドレナリン反転の臨床的意義

抗精神病薬における薬剤ごとの特徴はあるものの、一般的に抗精神病薬の投与によりα1受容体が遮断された状態でアドレナリンが投与されると、β1・β2受容体刺激作用が優位となって期待された昇圧作用ではなく降圧作用が出現する可能性があります。
特にフェノチアジン系抗精神病薬であるクロルプロマジンとアドレナリンの相互作用に関する報告が多く、Fosterらの研究では経静脈的にクロルプロマジンを投与したときはアドレナリンの血管収縮作用が反転し血管拡張作用をもたらしたことが報告されています。
抗精神病薬は統合失調症やせん妄の治療などに広く用いられ、精神科のみならず内科でも処方される機会が多いため、この相互作用は日常臨床で遭遇する可能性の高い問題です。また、アドレナリンは心肺蘇生時やアナフィラキシー、重症気管支喘息発作の治療などで救急の現場で投与される機会の多い薬剤であるため、医療従事者は常にこの相互作用を念頭に置く必要があります。

アドレナリン製剤の添付文書改訂と現在の取り扱い

2018年に重要な改訂が行われ、「α遮断作用を有する抗精神病薬服用中の患者に対するアナフィラキシー救急治療のためのアドレナリン製剤」に関する取り扱いが変更されました。この改訂は日本アレルギー学会からの強い要望を受け、厚生労働省が独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対して検討を求めた結果実現しました。
従来はα遮断作用を有する抗精神病薬とアドレナリン製剤の併用は禁忌とされていましたが、アドレナリン反転という現象自体のエビデンスが不足していること、代替薬の有効性に関するエビデンスが不足していることから、生命を脅かし一刻を争う病態では抗精神病薬を内服している患者へのアドレナリン投与は避けるべきではないという見解が示されました。
現在の考え方としては、重症アナフィラキシーなどの生命に関わる状況では、アドレナリン反転のリスクよりもアドレナリン投与による救命効果が上回るため、適切なモニタリング下でアドレナリンを使用することが推奨されています。

 

ショック治療におけるノルアドレナリンの臨床応用

ノルアドレナリンは敗血症性ショックをはじめとする様々なショック状態の治療において重要な役割を果たしています。実際の臨床例として、パスツレラ感染症による敗血症性ショックの症例では、ノルアドレナリン(0.30μg/kg/min)とバソプレシン(3U/h)、ドブタミン(5μg/kg/min)を併用し、入院第3病日にショックを離脱したケースが報告されています。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12973

 

また、メトホルミン過量服薬による重度乳酸アシドーシスの症例では、乳酸アシドーシス増悪に伴い血圧が低下しショックに陥ったため、炭酸ナトリウム静注とともにノルアドレナリンとバソプレシンの持続静注が開始されました。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12928

 

ノルアドレナリンの臨床使用における特徴。

  • 急性ショック時や急性低血圧に対する応急処置的な昇圧
  • 経口投与は代謝されるため無効で、静脈注射での投与が必要
  • 心拍数は上昇せず、むしろ低下する場合がある
  • アドレナリンよりも強力な昇圧効果

このような薬理学的特性により、ノルアドレナリンは循環動態の安定化において重要な治療選択肢となっています。特に、α1受容体遮断薬を使用している患者や抗精神病薬を服用している患者において、アドレナリン反転のリスクを避けたい状況では有用な選択肢となります。

 

ただし、ノルアドレナリンは蘇生における効果は根拠に乏しいため、心肺蘇生の際はガイドラインに従ったアドレナリンの使用が推奨されています。医療従事者は各薬剤の特性を理解し、患者の状態と併用薬を考慮した適切な選択を行うことが重要です。