ストレプトゾシン(STZ)は、ニトロソウレア系に分類されるアルキル化剤として、膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET)に対して独特の抗腫瘍効果を発揮します。その作用機序は、DNAのグアニン残基を架橋化することでミスマッチ修復機構を活性化し、転写や複製を阻害することにあります。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00063592
神経内分泌腫瘍細胞は、正常な膵β細胞と同様にグルコース輸送体GLUT2を高発現しており、これによりSTZが選択的に腫瘍細胞内に取り込まれます。この特性により、STZは他の臓器への毒性を相対的に低下させながら、腫瘍細胞に対して効率的なDNA損傷を与えることができるのです。
欧州では1980年代から膵NETの標準治療として使用されてきた実績があり、日本では2014年9月に「膵・消化管神経内分泌腫瘍」を適応として承認されました。NET G1/G2に分類される切除不能または遠隔転移を有する膵・消化器NETに適応が限定されており、現在のところNETに適応を持つ唯一の細胞障害性抗がん剤として重要な位置を占めています。
参考)https://www.lifesci.co.jp/new_drug/%E6%8A%97%E6%82%AA%E6%80%A7%E8%85%AB%E7%98%8D%E5%89%A4%E3%80%8C%E3%82%B6%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%80%8D%E2%80%95%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%88%B1/
腫瘍縮小効果は用量依存的であり、血管内皮増殖因子(VEGF)の発現を抑制することで抗血管新生作用も示します。また、インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)シグナル経路の阻害により、腫瘍の増殖抑制と アポトーシス誘導を促進することも報告されています。
ストレプトゾシンの投与には、5日間連続投与法と週1回間隔投与法の2つの主要なレジメンが確立されています。
参考)https://kenkako.jp/wp-content/uploads/74.%E8%86%B5%EF%BD%A5%E6%B6%88%E5%8C%96%E7%AE%A1%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%86%85%E5%88%86%E6%B3%8C%E8%85%AB%E7%98%8D.pdf
5日間連続投与法では、500mg/m²を5日間連続で点滴静注し、その後37日間休薬する6週間サイクルで継続します。この方法は欧州で長期間使用されてきた標準的なプロトコールで、比較的高い奏効率が期待できる一方、消化器毒性や腎毒性のリスクが高くなる傾向があります。
週1回間隔投与法では、1000〜1500mg/m²(最大1500mg/m²を超えない)を週1回点滴静注します。この方法は患者のQOL維持により優れており、外来通院による治療継続が可能です。特に日本人患者では、体格や薬物代謝の特性を考慮し、1000mg/m²から開始することが一般的とされています。
参考)https://nsmc.hosp.go.jp/Cooperation/regimen/011/09.pdf
投与時には以下の注意点があります。
投与期間は明確な進行が認められるまで継続可能ですが、累積腎毒性を考慮し、通常は総投与量4〜6g/m²を上限とすることが推奨されています。
近年の研究により、MGMT(O6-メチルグアニン-DNAメチル化酵素)遺伝子の発現状態が、ストレプトゾシン療法の治療効果予測において重要なバイオマーカーであることが明らかになりました。
参考)https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230523-1/
東京医科歯科大学の研究では、手術を施行した膵神経内分泌腫瘍142症例におけるMGMT遺伝子レベルを免疫組織化学染色で評価した結果、以下の重要な知見が得られています。
MGMT発現パターン:
腫瘍グレード別の発現頻度:
注目すべきは、NET-G2においてMGMT陰性の頻度がNET-G1よりも有意に高いという点です。これは腫瘍の悪性度上昇に伴ってMGMT発現が低下することを示唆しており、より進行した神経内分泌腫瘍においてストレプトゾシン療法の効果が期待できることを意味します。
MGMTはDNAの脱アルキル化を通じてアルキル化剤の作用を抑制するため、MGMT陰性の腫瘍では。
✅ ストレプトゾシンによるDNA損傷修復能力が低下
✅ より効率的な腫瘍細胞死の誘導
✅ 無増悪生存期間(PFS)の延長
✅ 奏効率の向上
この発見により、将来的にはコンパニオン診断としてMGMT発現検査を治療前に実施し、ストレプトゾシン療法の適応を個別化することが期待されています。
ストレプトゾシン療法では、腎障害、骨髄抑制、耐糖能異常、肝障害などの重大な副作用に対する適切な管理が治療成功の鍵となります。
参考)https://www.pmda.go.jp/RMP/www/620095/be9bc8fc-be55-45c4-a802-c861f37eefec/620095_4219406D1026_01_003RMPm.pdf
腎障害対策:
腎毒性は最も重要な副作用であり、可逆性の近位尿細管障害が主体となります。予防策として。
血糖値異常への対応:
膵β細胞への影響により低血糖症(投与後数時間)と高血糖症(慢性期)の両方が発現する可能性があります。
消化器症状管理:
90%以上の患者で悪心・嘔吐が発現するため、予防的制吐療法が必須です。
骨髄機能への影響:
血小板減少が主体となる骨髄抑制が約30%で発現します。
これらの副作用管理により、治療継続率の向上と患者QOLの維持が可能となり、長期間の治療効果を期待することができます。
膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドライン2019において、ストレプトゾシンを用いた化学療法は**グレードB(合意率100%)**の推奨度で位置づけられています。これは、エビデンスレベルは限定的ながら、臨床的有用性が広く認められていることを示しています。
他の治療選択肢との比較:
現在の神経内分泌腫瘍治療では以下の選択肢があります。
🔸 分子標的治療薬
🔸 ソマトスタチンアナログ
🔸 ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT)
ストレプトゾシンの特徴的な位置づけは、腫瘍縮小効果を期待できる数少ない薬剤である点です。分子標的治療薬が主に病勢安定(SD)を目標とするのに対し、ストレプトゾシンでは**部分奏効(PR)**が20〜40%で得られます。
将来の治療戦略:
日本における今後の課題:
これらの展開により、神経内分泌腫瘍患者に対するストレプトゾシン療法は、より効果的で安全な治療選択肢として確立されることが期待されます。特にMGMT陰性NET-G2症例での積極的使用により、治療成績の向上が見込まれています。