ステアリルナトリウム(正式名称:フマル酸ステアリルナトリウム、CAS番号:4070-80-8)は、フマル酸の一部がナトリウム塩となり、もう一方がステアリルエステルとなった化合物です。この化合物は分子式C22H39NaO4で表され、分子量は390.53となっています。
参考)https://www.nissoexcipients.com/ssf/
この化合物の化学構造は、フマル酸の二重結合(E配置)を持つ部分と、18個の炭素からなる長鎖アルキル基(ステアリル基)が結合した特徴的な形状を持ちます。InChI表記では「InChI=1S/C22H40O4.Na/c1-2-3-4-5-6-7-8-9-10-11-12-13-14-15-16-17-20-26-22(25)19-18-21(23)24」として表現されます。
参考)https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907073162662799
物理的特性として、ステアリルナトリウムは白色の結晶性粉末で、特徴的な板状形状を有しています。平均粒子径は約15ミクロンと非常に細かく、この微細な粒子径が医薬品製造での滑沢効果に大きく寄与しています。
参考)http://www.jrsj.co.jp/lp/
ステアリルナトリウムは主に医薬品錠剤製造時の滑沢剤として使用されます。滑沢剤とは、打錠時の摩擦を減らし、錠剤の製造プロセスを円滑にする添加剤です。特に打錠障害の抑制を目的として、打錠や乾式造粒等を行う際に0.5~2%の低濃度で添加されます。
参考)https://pharma.iff.com/jp/industry-segments/pharma-solutions/products/alubra
従来広く使用されているステアリン酸マグネシウムと比較して、ステアリルナトリウムは配合禁忌が少ないという大きな利点があります。ステアリン酸マグネシウムはアスピリンのような強酸性の有効成分(API)や、アルカリ、鉄塩、有機塩、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基を有するAPI、数種のビタミンと相互作用を起こす可能性があります。
参考)https://www.nissoshoji.com/jp/products/chemical/organic/ssf.html
一方、ステアリルナトリウムは比較的不活性であるため、APIとの相互作用を避けることができ、APIの安定性に優れた結果をもたらします。これにより、製薬会社はより幅広い有効成分に対して安心してこの滑沢剤を使用することができるのです。
ステアリルナトリウム(商品名:Alubra® PG-100など)は、比較的親水性の高い滑沢剤として知られており、この特性が錠剤の崩壊性と溶出性の向上に寄与します。フマル酸部分は融点を高め、高速プレスでの機能性を向上させる一方、ステアリン酸鎖は化合物の潤滑性を維持し、低い排出力をサポートします。
📊 製剤上の主要な利点
特に注目すべき特徴として、ステアリルナトリウムは過混合の影響を受けにくいことが挙げられます。これにより、製造プロセスにおいてより柔軟なプロセス条件を設定でき、過混合によるバッチ不良による廃棄物の削減に大きく貢献します。
医薬品添加剤として使用されるステアリルナトリウムは、厳格な品質規格が定められています。主な規格項目として、性状は白色結晶粉末であることが求められ、確認試験では特定の赤外吸収スペクトル(波長:2950、2920、2850、1720、1610、1313、1186、980、650cm-1付近)での吸収が確認される必要があります。
🔬 主要品質規格項目
ナトリウム塩の定性反応として炎色反応試験を行うと黄色を呈することも品質確認の重要な指標となっています。これらの厳格な規格により、医薬品としての安全性と有効性が保証されています。
安全性の観点から、ステアリルナトリウムはFDA(アメリカ食品医薬品局)においても食品添加物として承認されており、特定の条件下での食品への使用が認められています。無水物換算でフマル酸ステアリルナトリウム99%以上、マレイン酸ステアリルナトリウム0.25%以下を含有する製品が、イーストでふくらませたベーカリー製品のドウ調整剤などとして使用可能です。
参考)https://www.ffcr.or.jp/fda21cfr/zaidan/CFR21.nsf/85ece5f30b1f7061492565bd0015e5d1/74b53f9cde9e00f64925696c00238f1502ec.html?OpenDocument
近年の医薬品製剤技術の発展に伴い、ステアリルナトリウムの応用範囲も拡大しています。口腔内崩壊錠(ODT)や発泡錠といった特殊な製剤形態においても、その優れた滑沢性と親水性が活用されています。
研究領域では、ステロール生合成に関する化学的阻害研究が注目されており、コレステロール合成経路に影響を与える化合物の研究が進められています。これらの研究は、ステアリル化合物の生物学的活性や代謝経路の理解を深める上で重要な知見を提供しています。
参考)https://www.mdpi.com/2218-273X/14/4/410/pdf?version=1711608640
また、表面活性剤としてのステアリル化合物の研究も活発で、抗菌性界面活性剤の開発や脂質ナノ粒子への応用研究が進行中です。これらの新たな応用分野は、従来の滑沢剤としての用途を超えた、より多機能な医薬品添加剤としての可能性を示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10700566/
💡 今後の展望
製薬業界では、患者のQOL向上を目指した製剤技術の革新が求められており、ステアリルナトリウムのような多機能性添加剤の重要性はますます高まっています。特に高齢化社会における服薬コンプライアンスの向上や、小児用製剤の開発において、その優れた製剤特性が注目されています。