ナノ粒子は1-100nmの微小な粒子であり、そのサイズは細胞やウイルスに匹敵する大きさです 。医療分野では、この特異なサイズが生体との相互作用において重要な役割を果たします。
参考)https://www.material.nagoya-u.ac.jp/ItoLab/research.html
ナノ粒子の最も重要な特徴は表面積の劇的な増加です。10グラムの銀粒子をナノ化すると、表面積が約100万倍に増加し、これにより化学反応性や生体分子との相互作用が大幅に向上します 。この特性により、従来の治療法では困難だった特定部位への薬物送達や、精密な生体機能の制御が可能になります 。
医療機器においてナノ粒子は、単独で使用される場合と従来材料に添加される場合があります。例えば、磁性ナノ粒子は直径10nmのマグネタイト(Fe3O4)を基材として、様々な生体適合性材料で修飾することで機能性を付与します 。このように設計されたナノ粒子は、がん温熱療法や再生医療プロセスにおいて重要な役割を担います。
ドラッグデリバリーシステム(DDS)におけるナノ粒子の応用は、現代医療の重要な転換点となっています。ナノDDSでは、ナノサイズのキャリアを用いて薬剤を目的部位に的確に届ける技術が確立されています 。
参考)https://yakugaku.w3.kanazawa-u.ac.jp/research/laboratory/814/
現在実用化されている代表例はリポソーム製剤です。リポソーム製剤は、両親媒性のリン脂質二重膜でできたカプセル状の微粒子に薬剤を閉じ込めた製剤で、抗がん剤や抗真菌薬に使用されています 。最適なナノキャリアのサイズは約150nm程度とされており、数nm以下では尿として排泄され、400nm以上では免疫反応により排除されるため、粒子サイズの制御が重要な要素となります 。
近年注目されているのは、二重の区画構造を持つ「コンセントリソーム」です。各脂質二重層の組成を制御し、各区画内に内包する物質を指定することで、異なる刺激応答性を持たせ、2種類の薬剤を特定のタイミングで段階的に放出するマルチステージリリースが実現できます 。
参考)https://www.cas.org/ja/resources/cas-insights/future-lipid-drug-delivery
薬物送達において、ナノ化した物質で薬をコーティングすることにより、正常な細胞には作用せず、がん細胞などの問題箇所にのみ薬が作用するという選択的な治療が可能になります 。これにより治療薬の副作用が他の細胞に及びにくくなり、全体的な副作用の軽減が期待できます。
参考)https://www.ashizawa.com/nanoparticles/what-is-nanoparticle
がん治療におけるナノ粒子の応用は、診断と治療を同時に可能にする画期的なテクノロジーとして注目されています。特に磁性ナノ粒子を用いたがん温熱療法は、前臨床研究でがん治療としての有効性が確かめられています 。
磁性ナノ粒子は交流磁場で発熱する性質を持ち、腫瘍組織にだけ磁性ナノ粒子があれば、交流磁場を照射してその部位のみを加温できます。がん細胞に特異的にくっつく機能性磁性ナノ粒子を開発することで、正常組織を傷つけることなくがん細胞のみを破壊することが可能です 。
さらに、磁性ナノ粒子は核磁気共鳴イメージング(MRI)に映るため、機能性磁性ナノ粒子の薬物送達システムにより腫瘍組織に磁性ナノ粒子を集めることで、MRIによってがんの位置を特定することができます 。これにより、診断と治療が一つのシステムで完結する統合的ながん治療が実現します。
バイオセンシング技術では、蛍光発光するナノ粒子を細胞などの生体分子に結合させ、その生体分子の挙動を観察する用途が一般的です 。量子ドットなどのナノ粒子は、従来の蛍光分子と比較して明るく、より安定しており、励起可能な広いスペクトラムとナノ結晶のサイズに応じた蛍光発光の微調整が可能です 。
参考)https://dmd.nihs.go.jp/jisedai/nano/H24%E3%83%8A%E3%83%8E%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8.pdf
医療におけるナノ粒子の安全性評価は、従来の医療機器審査システムを基礎として検討されています。ナノマテリアルを応用した医療機器について、現段階では特別に従来の製品とは異なる評価を実施する必要はないと結論付けられています 。
ナノ粒子の安全性評価において重要なのは、材料のキャラクタリゼーションです。サイズとサイズ分布、形状、凝集状態、溶解性/分散性、比表面積、組成、表面荷電、表面化学の8つの項目が網羅的な評価に必要とされています 。これらの特性は毒性発現に極めて重要な要因となるため、詳細な評価が求められます。
医療機器からナノ粒子が生成される場合、その動態と影響を理解することが重要です。例えば、人工関節のポリエチレン部の摩耗により数ミクロンの微粒子が年間10億個発生し、金属部では10~90nm(平均50nm)の微粒子が年間10^12~10^14個発生するとされています 。これらの微粒子はマクロファージの貪食により処理されますが、限界を超えると肉芽生成を引き起こす可能性があります。
安全性確保のためには、ナノマテリアルの製造工程での品質管理が重要です。例えばカーボンナノチューブでは、合成触媒として用いられる金属のコンタミ(不純物)が毒性発現に関与することがあり、純度を高くすると毒性が低減することが知られています 。
ナノ粒子の操作技術において、近年注目されているのは光の力を利用した分離精製手法です。プラズモンTLC法は、金ナノ粒子の局在表面プラズモン共鳴を利用し、光照射により量子ドットなどのナノ粒子を精密に分離する技術です 。
参考)https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220722_2
この技術では、0.5~1.0 W/cm²程度の比較的弱い光強度でナノ粒子の捕捉が可能であり、レーザー光などの高強度な光を必要としない非常に簡便で汎用性の高い技術です 。特に重要なのは、サイズが同じで光学特性の異なるナノ粒子を分離できる点で、従来の化学的分離法では不可能だった精密な選別が実現できます。
再生医療分野では、磁性ナノ粒子を細胞にくっつけることで、磁力による細胞操作が可能になります。目的の細胞を磁石で分離したり、磁力で遺伝子を導入してiPS細胞を作製したり、微細加工された磁石で細胞を並べてパターンを作成することができます 。
最終的なプロセスとして、培養された細胞を磁力で積み上げることにより、立体的な移植用組織を作製することが可能です。このような磁力を用いた再生医療プロセスの開発において、プロセスに応じた機能性磁性ナノ粒子の開発が進められています 。