頸椎症性神経根症の発症には、複数の加齢性変化が複合的に関与しています。最も重要な病態は椎間板の変性であり、年齢とともに椎間板内の水分含有量が減少し、弾力性が失われることで変性が進行します。
変性した椎間板は薄くなり、外側に膨隆しやすくなります。この膨隆が神経根の通り道である椎間孔を狭窄し、神経根を直接圧迫することで症状が発現します。さらに、椎間板変性に伴う椎体の不安定性により、骨棘(こつきょく)と呼ばれる骨の突起が形成されます。
骨棘は特に椎間関節周囲や椎体後縁に形成されやすく、これらが椎間孔や脊柱管を狭窄させる要因となります。また、脊柱管後方に位置する黄色靭帯の肥厚も神経圧迫に寄与します。
有病率と疫学的特徴
頸椎症性神経根症の正確な有病率は1000人あたり3.5人と報告されていますが、症状のない潜在的な症例を含めると、10%程度の人が神経根圧迫の素因を持つとされています。
頸椎症性神経根症の初期症状は、多くの場合、首の違和感や軽度の肩こりから始まります。この段階では患者自身も「普通の肩こり」と認識することが多く、診断が遅れる要因となります。
症状の特徴的パターン
初期段階では以下の症状が段階的に現れます。
症状の進行に伴い、神経根症特有の放散痛が出現します。痛みは首から肩、上腕、前腕、手指へと神経支配領域に沿って放散し、「電気が走るような」「ビリビリとした」感覚として表現されることが多いです。
神経根別症状パターン
圧迫される神経根のレベルにより症状分布が異なります。
症状増悪因子
頸椎を後屈させる動作で症状が著明に増悪するのが特徴的です。具体的には。
頸椎症性神経根症の診断は、詳細な病歴聴取と神経学的検査を基盤とし、画像診断で確定診断を行います。
問診のポイント
診断において重要な問診項目。
神経学的検査
徒手筋力検査(MMT)により各筋群の筋力低下を評価します。特に以下の筋力評価が重要です。
感覚検査では各神経根支配領域の感覚障害を確認し、深部腱反射(上腕二頭筋反射、腕橈骨筋反射、上腕三頭筋反射)の低下や消失を評価します。
画像診断
X線検査では椎間板腔の狭小化、骨棘形成、椎間孔の狭窄を評価します。MRIは神経根圧迫の詳細な評価に最も有用ですが、症例によっては圧迫所見が明確でない場合もあります。
CTでは骨性病変の評価に優れ、椎間孔の骨性狭窄の評価に有用です。必要に応じてCTミエログラフィーを追加することで、より詳細な神経根圧迫の評価が可能となります。
頸椎症性神経根症は基本的に自然治癒する疾患であり、85%以上の症例が8-12週で症状軽快します。この良好な予後を踏まえ、初期治療は保存療法が第一選択となります。
薬物療法
急性期の炎症に対してNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が第一選択薬となります。神経根圧迫による炎症が主病態であるため、NSAIDsは特に有効です。
神経障害性疼痛に対しては以下の薬剤が使用されます。
神経ブロック療法
保存的治療で改善しない症例に対して、神経ブロック注射が有効です。主な手技として。
これらの手技は整形外科、麻酔科、ペインクリニックで実施されます。
装具療法
頸椎カラーの使用により症状軽減と椎間板変性進行の予防効果が期待されます。ただし、長期使用による筋力低下のリスクもあるため、使用期間は慎重に検討する必要があります。
手術適応
以下の場合に手術療法が検討されます。
手術法として椎弓形成術や前方除圧固定術があり、近年では内視鏡を用いた低侵襲手術も普及しています。
頸椎症性神経根症の予防には、日常生活での頸椎への負荷を軽減することが重要です。現代社会特有のリスク因子への対策が特に重要となります。
姿勢管理と環境整備
デスクワーク環境の最適化が予防の鍵となります。
スマートフォン使用時の注意点
「スマホ首」と呼ばれる前方頭位姿勢は頸椎症性神経根症のリスク因子です。使用時は以下の点に注意。
生活習慣の改善
禁煙は症状改善に有効であることが報告されています。喫煙は椎間板変性を促進し、血流を悪化させるため、禁煙指導は重要な治療要素です。
運動療法とストレッチ
頸部・肩甲帯の筋力強化と柔軟性維持が予防に有効です。
患者教育のポイント
患者への説明時は以下を強調します。
日本整形外科学会による頸椎症性神経根症の詳細な解説
https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/cervical_radiculopathy.html
頸椎症性神経根症の治療ガイドラインと最新の治療法について
https://clinic.adachikeiyu.com/7792