自然免疫に記憶はないと思い込んでいると、BCGの効果を15年間も過小評価するリスクがあります。
自然免疫応答(innate immune response)とは、病原体や組織損傷に対して生まれつき備わっている非特異的な防御機構です。特定の抗原に依存せず、異物や非自己分子全般を対象とし、感染後数分から数時間以内という迅速さが最大の特徴です。これは、獲得免疫が機能するまでに通常4〜7日を要することと比べると、その速さは際立っています。
自然免疫系には大きく2つの層があります。まず、皮膚・粘膜・気道上皮などによる物理的・化学的バリアが外界との境界線として機能します。このバリアが破綻したとき、初めて免疫細胞による応答が発動されます。つまり、感染防御のスタート地点は免疫細胞ではなく「皮膚」です。
この応答を担う主要な免疫細胞には以下のものがあります。
- 好中球:感染局所に最初に集結し、貪食と顆粒放出で病原体を排除する。骨髄から1日に約1000億個産生される人体最多の白血球。
- マクロファージ:貪食能に加えて炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-6)を産生し、免疫応答全体を調整するオーケストラの指揮者的存在。
- 樹状細胞:自然免疫と獲得免疫をつなぐ橋渡し役。感染局所で抗原を取り込んだ後、リンパ節に移動してT細胞に抗原提示を行う。
- NK細胞(ナチュラルキラー細胞):MHCクラスI分子の発現が低下したウイルス感染細胞やがん細胞を、抗原認識なしに直接殺傷できる。リンパ系由来の自然免疫細胞。
つまり自然免疫とは、「速さと非特異性」が基本原則です。この即応性が、病原体に感染してから获得免疫が本格稼働するまでの時間を「守り抜く」ために不可欠な役割を果たしています。
医療従事者として感染管理や免疫療法を考えるとき、まずこの第一線の仕組みを正確に把握することが、患者の病態理解に直結します。
参考:自然免疫応答の構成と仕組みの詳細(Cell Signaling Technology)
https://www.cellsignal.jp/science-resources/innate-immune-response
自然免疫応答の核心は「どうやって自己と非自己を区別するか」にあります。その鍵となるのがパターン認識受容体(Pattern Recognition Receptors:PRRs)です。PRRsは病原体が持つ特有の分子構造であるPAMP(Pathogen-Associated Molecular Patterns)を認識します。PAMPsとは、細菌のリポ多糖(LPS)やペプチドグリカン、ウイルスのRNA・DNAなど、私たちの細胞には存在しない「病原体固有の分子パターン」の総称です。
このPRR概念を提唱したのはJaneway Jr.で、1996年のHoffmannによるショウジョウバエTollタンパク質の発見を経て、ヒトのToll様受容体(TLR: Toll-like Receptors)として確立されました。ヒトには10種類のTLRが存在し、その発見に携わったHoffmann、Beutler、Steinmanは2011年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
PRRsの主要な種類と役割を整理すると以下の通りです。
| 受容体 | 局在 | 主な認識対象 |
|---|---|---|
| TLR1/2/4/5/6 | 細胞表面 | 細菌表面成分(LPS、フラジェリン等) |
| TLR3/7/8/9 | エンドソーム膜 | ウイルス由来核酸(dsRNA、ssRNA、CpG DNA等) |
| RIG-I/MDA5(RLR) | 細胞質 | 細胞質内ウイルスRNA(インフルエンザ、SARS-CoV-2等) |
| cGAS-STING | 細胞質〜小胞体 | 細胞質内二本鎖DNA(DNAウイルス等) |
| NLRP3インフラマソーム | 細胞質 | 尿酸結晶・ATP・毒素など細胞傷害シグナル |
TLRが活性化されると、アダプタータンパク質MyD88を介してNF-κBシグナル経路が起動し、TNF-α・IL-1β・IL-6・IL-12などの炎症性サイトカインが産生されます。これが局所炎症反応の発火点です。
特に注目すべきはNLRP3インフラマソームです。NLRP3は細菌毒素、細胞外ATP、尿酸結晶、シリカなどによって活性化され、カスパーゼ-1を活性化します。活性化カスパーゼ-1はIL-1βとIL-18を成熟型に切断して放出するとともに、Gasdermin D(GSDMD)を切断して細胞膜に孔を形成し、「パイロトーシス」と呼ばれる炎症性細胞死を引き起こします。NLRP3の活性型変異はクライオピリン関連周期熱症候群(CAPS)と直接関連しており、自己炎症性疾患の病態理解において重要です。
さらに見落とせないのが、PAMPsだけでなくDAMP(Damage-Associated Molecular Patterns)もPRRsを活性化する点です。壊死細胞から放出されるHMGB1・ミトコンドリアDNA・尿酸などがDAMPsとして作用し、無菌性炎症(sterile inflammation)を引き起こします。手術侵襲後の炎症反応や虚血再灌流障害の背景にも、このDAMPsを介した自然免疫活性化が関わっています。
PRRsの理解は、アジュバントの作用機序にも直結します。
参考:自然免疫による病原体認識と獲得免疫誘導の詳細(日本生化学会・生化学誌)
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2023.950509/data/index.html
自然免疫応答は単独で完結するわけではありません。その重要な役割の一つが、獲得免疫を起動させることです。そのカギを握るのが樹状細胞(Dendritic Cell:DC)です。
感染局所でPAMPs/DAMPsを感知した樹状細胞は、病原体を貪食してペプチドに分解し、MHC分子に乗せて抗原をT細胞に提示します。この「抗原提示」なしに、獲得免疫は始動しません。
抗原提示には2つの経路があります。
- MHCクラスII経路:マクロファージ・樹状細胞が貪食した外来抗原をエンドソームで処理し、MHCクラスIIに提示。CD4陽性ヘルパーT細胞を活性化。
- MHCクラスI経路:細胞内に感染したウイルスや変異タンパク質をプロテアソームで分解し、MHCクラスIに提示。CD8陽性キラーT細胞を活性化。
また、一部の特殊な樹状細胞サブセットは、外来抗原をMHCクラスI上に提示する「クロスプレゼンテーション」を行います。MHCクラスIの発現を抑制する機構を持つウイルスや、抗原提示細胞に感染しないウイルスに対して、適切なキラーT細胞応答を誘導できる点で臨床的にも重要な機構です。
T細胞を完全に活性化するには、抗原提示(シグナル1)だけでは不十分です。
樹状細胞の表面に発現する共刺激分子(CD80/CD86など)からのシグナル(シグナル2)と、IL-12などの炎症性サイトカイン(シグナル3)が同時に必要です。このシグナル2・3はまさに自然免疫応答によるPRR活性化によって誘導されます。これが「アジュバントなしに十分な免疫応答が得られない」理由であり、TLRはアジュバント受容体としての役割を担っているといえます。
つまり自然免疫が基本です。自然免疫応答の質と強度が、その後の獲得免疫応答の方向性と大きさを決定づけます。この連携の理解は、ワクチン設計や免疫不全患者のケアに直接役立ちます。
参考:自然免疫と獲得免疫の連携メカニズム(MBLライフサイエンス)
自然免疫応答は生体防御に不可欠ですが、コントロールを失ったとき、それ自体が病態の主役になります。これは医療現場で頻繁に直面する問題です。
代表的な病態が敗血症です。敗血症とは「感染に対する制御不十分な生体反応に起因する、生命を脅かす臓器障害」と定義されます(Sepsis-3定義、2016年)。病原体由来のLPSなどがTLR4を刺激すると、TNF-α・IL-1β・IL-6などの炎症性サイトカインが大量産生されます。通常であれば抗炎症機構によってブレーキがかかりますが、このバランスが崩れるとサイトカインストームが発生します。
サイトカインストームは血管内皮障害、血管透過性亢進、凝固異常を引き起こし、最終的に多臓器不全(MOF)に至ります。世界的に見て敗血症の死亡率は依然として20〜30%程度と高く、自然免疫の過剰応答を制御する治療標的の探索は喫緊の課題です。
また、COVID-19でも広く注目された「サイトカインストーム」は、ウイルスRNAをRIG-I/MDA5やTLR7/8が認識してI型インターフェロンや炎症性サイトカインを大量産生することが発端の一つとされています。重症例ではIL-6が著明に上昇し、IL-6受容体拮抗薬(トシリズマブ)が治療に使用された背景はここにあります。
一方で、敗血症経過中に自然免疫細胞が機能低下に陥る「免疫麻痺(Immunoparalysis)」も問題です。過剰な炎症反応の後に宿主の免疫能が著しく低下し、二次感染のリスクが高まる状態で、ICU管理において治療戦略を大きく左右します。
自然免疫の「オン」と「オフ」のバランスに注意が必要です。過剰応答も免疫麻痺も、どちらも臨床的に深刻なアウトカムにつながります。この両面を念頭に置くことが、ICUや感染症診療における免疫学的思考の基盤となります。
炎症応答のモニタリングには、CRP・プロカルシトニン(PCT)・IL-6・フェリチンなどの炎症マーカーを経時的に追うことが、病態の進行方向を把握するうえで役立ちます。
参考:敗血症における炎症性サイトカインの二面性と免疫バランス
https://academia.carenet.com/share/news/0bc83f6f-2be6-4a94-8048-bfb1a9f9a003
「自然免疫には記憶がない」というのは、長らく免疫学の定説でした。しかし現在、この常識は大きく書き換えられつつあります。
2015年、理化学研究所の石井俊輔上席研究員らの研究チームは、マウスマクロファージがLPS刺激を受けると転写因子ATF7を介して免疫系遺伝子のヒストンメチル化が低下し、その状態が3週間後でも持続することを発見しました。この「エピゲノム変化の持続」が自然免疫記憶のメカニズムであることが示され、成果は*Nature Immunology*誌に掲載されています。
この概念は「訓練免疫(Trained Immunity)」と呼ばれ、特定の刺激によって自然免疫細胞(主にマクロファージや単球)がエピゲノムレベルで再プログラムされ、その後の感染刺激に対してより強い応答を示す状態を指します。
訓練免疫の特徴は以下の通りです。
- 獲得免疫の記憶とは異なり、抗原特異性がない(非特異的な増強)
- DNAメチル化やヒストン修飾などのエピゲノム変化によって維持される
- 細胞寿命を超えて造血幹細胞レベルにまで変化が波及する可能性がある
- BCGや一部の真菌成分(βグルカン)が訓練免疫の誘導物質として知られる
BCGワクチンの代表的な例で説明するとわかりやすいです。BCGは結核予防ワクチンとして知られていますが、結核以外の感染症死亡率も低下させるという疫学的観察は以前からありました。その科学的根拠の一つが訓練免疫です。BCG接種によってマクロファージがエピゲノム的に「訓練」され、以後の感染刺激に対して迅速かつ強力に応答するようになります。BCGの予防効果の持続期間は10〜15年とされており、この長期効果にも訓練免疫が関与していると考えられています。
これは臨床的に大きな意味を持ちます。新規感染症のアウトブレイク時や、免疫能の低い患者に対して、BCGなどを用いて自然免疫を「訓練」することで非特異的な感染防御を高める戦略が研究されています。COVID-19流行時に「BCG接種国の死亡率が低い」という観察が国際的に注目されたのも、この訓練免疫の文脈に沿ったものです。
一方で、訓練免疫が慢性炎症や動脈硬化、自己免疫疾患に関与するという報告もあります。知っておくと有利な情報です。自然免疫の「記憶」は双方向に働きうるため、訓練免疫を意図的に操作する際には、適切な刺激量・タイミングの設計が今後の研究課題となっています。
参考:自然免疫の記憶メカニズム解明(理化学研究所プレスリリース)
https://www.riken.jp/press/2015/20150901_2/
参考:BCGと訓練免疫・自然免疫応用の概要(LPS原料の自然免疫応用技研)
https://www.macrophi.co.jp/lps/4-8.html