ナチュラルキラー(NK)細胞は、1970年代に発見された自然免疫系の主要な細胞傷害性リンパ球です 。「Natural(生まれつき)」と「Killer(殺し屋)」という名称通り、事前の感作や活性化を必要とせずに、がん細胞やウイルス感染細胞を即座に攻撃する能力を持っています 。
参考)https://www.kango-roo.com/word/20268
形態的にはリンパ球の中でも大型で、細胞質に多数の顆粒を有することが特徴的です 。これらの顆粒には細胞傷害に必要なパーフォリンやグランザイムなどの分子が含まれており、標的細胞を効率的に破壊するための武器として機能します 。
参考)https://cytix.co.jp/library/column/nk%E7%B4%B0%E8%83%9E-play-an-role-to-keep-immunity-strong/
NK細胞は全リンパ球の約15~30%を占める比較的少数の細胞群ですが 、その細胞傷害能力は極めて強力で、免疫系の第一線防御として重要な役割を担っています。また、T細胞受容体やB細胞受容体を発現せず、代わりにCD16(FcγRIII)とCD56という特異的な表面マーカーを発現することで識別されます 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A9%E3%83%BC%E7%B4%B0%E8%83%9E
NK細胞の最も重要な機能の一つは、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラス1分子を介した「自己」と「非自己」の識別システムです 。正常な細胞は細胞表面にMHCクラス1分子を発現していますが、ウイルス感染細胞やがん細胞では、免疫回避機構としてこの分子の発現が低下したり、構造が変化したりします 。
参考)https://jsv.umin.jp/journal/v54-2pdf/virus54-2_153-160.pdf
NK細胞は抑制性受容体を使ってMHCクラス1分子を認識し、正常に発現している細胞に対しては攻撃を抑制します 。しかし、MHCクラス1分子の発現が低下している細胞に対しては、この抑制シグナルが解除され、活性化受容体からのシグナルが優位となって細胞傷害活性が発動されます 。
参考)https://www.nutri.co.jp/nutrition/keywords/ch4-1/keyword2/
この認識システムは「missing self」理論として知られ、NK細胞が正常な自己細胞を攻撃することなく、異常細胞のみを標的とする精密な機構として機能しています 。また、NK細胞は活性化型受容体も発現しており、がん細胞上のリガンド分子と結合することで、直接的な細胞傷害シグナルを受け取ることも可能です 。
参考)https://www.j-immunother.com/dr/ordermaid/nk.html
NK細胞が標的細胞を破壊する主要な機序は、プログラム細胞死(アポトーシス)の誘導です 。まず、活性化されたNK細胞は細胞質内の顆粒をエキソサイトーシスによって放出し、パーフォリンとグランザイムという細胞傷害因子を標的細胞に送り込みます 。
パーフォリンは筒状に重合して標的細胞の細胞膜に孔を形成し、この孔を通じてグランザイムが細胞内に侵入します 。グランザイムは3つのタンパク質分解酵素からなり、標的細胞内でカスパーゼ酵素システムを特異的に活性化することでアポトーシスを引き起こします 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%A0B
特にグランザイムBは300以上の基質を持ち、カスパーゼ-3、-7、-8、-10を切断して活性化するほか、ミトコンドリア外膜のMcl-1やBIDも切断してミトコンドリア経路のアポトーシスも誘導します 。このような複数の経路を通じた細胞死誘導により、ウイルスによるカスパーゼ阻害などの免疫回避機構に対しても効果的に対抗できるのです 。
NK細胞の活性度は一定ではなく、年齢、生活習慣、精神状態など様々な要因によって大きく変動することが知られています 。加齢による影響は特に顕著で、35歳以下と60歳以上を比較した研究では、高齢者群でNK活性の有意な低下が報告されています 。
参考)https://institute.yakult.co.jp/feature/001/02.php
生活習慣要因も重要で、喫煙、偏った食生活、睡眠不足、過度なストレス、アルコール摂取過多などがNK活性を低下させることが明らかになっています 。実際に、生活習慣を「良好、普通、不良」の3群に分けた調査では、良好群は不良群と比較してNK活性が1.7倍高いという結果が得られています 。
興味深いことに、NK細胞活性は精神状態とも密接な関係があり、うつ状態やストレス状態では活性が低下する傾向があります 。また、性差も存在し、一般的に男性の方が女性よりもNK活性が高いことが報告されています 。これらの知見は、免疫力維持のための生活習慣改善の重要性を示唆しています。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/3105
近年、NK細胞の強力な抗腫瘍活性を医療に応用する研究が急速に進展しています 。NK細胞療法は、患者から採取した血液中のNK細胞を体外で培養・活性化し、点滴により体内に戻すことでがん細胞を攻撃する治療法です 。
参考)https://sapporo.fuelcells.org/treatment/immunity/nk_immunity/
最新の研究では、RNA分解酵素Regnase-1をNK細胞から欠損させることで、インターフェロンγ(IFN-γ)の産生を大幅に増加させ、強力な抗腫瘍免疫活性を引き出すことが可能であることが判明しました 。この発見により、既存の抗がん剤や免疫療法との併用も可能な新しい治療戦略の開発が期待されています 。
参考)https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240531_1
また、九州大学の研究グループは、NKT細胞を活性化する自己抗原α-ガラクトシルセラミドが体内に存在し、特定のがん細胞がこの抗原を取り込んでNK細胞による排除を受けることを発見しました 。京都大学の研究では、肺血管内でのNK細胞とがん細胞の相互作用を可視化し、NK細胞が約99%のがん細胞を排除できることを明らかにしています 。
参考)https://www.sysmex-medical-meets-technology.com/_ct/17522318
これらの基礎研究の成果を基に、NK細胞の細胞傷害能をさらに向上させる方法や、がん細胞の免疫回避機構を克服する治療法の開発が進められており、次世代のがん免疫療法として大きな期待が寄せられています 。
参考)https://dojin.clinic/column/3743/