「オルガネラ」と「細胞小器官」は、実は同一の構造を指す言葉です。オルガネラ(organelle)という用語は、英語の「organ(器官)」に由来し、そのルーツはギリシャ語の「organon(道具、器具)」にあります。つまり、細胞という小さな世界の中で、特定の機能を担う「小さな器官」という意味が込められています。
参考)細胞内小器官の機能解析を通してパーキンソン病などの神経変性疾…
日本語では「細胞小器官」または「細胞内小器官」と訳され、ラテン語名である「オルガネラ」もそのまま使用されています。真核細胞の原形質は、生物個体における器官と同じように、複雑で高度な機能を分業分担するため、各部分の形態が特殊に分化して特定の機能を担う有機的単位となっており、これが細胞小器官の本質です。
参考)organelleとは? 意味や使い方 - コトバンク
医療現場では、「オルガネラ」という用語が国際的な学術論文やカンファレンスで頻繁に使用される一方、「細胞小器官」は日本語の教科書や臨床の説明で用いられることが多い傾向があります。どちらを使用しても意味に違いはなく、文脈や対象者に応じて使い分けることができます。
参考)基礎生物学研究所 細胞動態研究部門 
細胞小器官は、その構造的特徴により明確に分類されます。真核細胞は基本的に、二重膜に包まれた3種の細胞小器官(細胞核、ミトコンドリア、色素体)と、単膜に包まれた4種の細胞小器官(小胞体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソーム)、そして膜に包まれていない中心体などの細胞構造体から構成されています。
参考)シゾンとメダカモから探る真核生物の増殖の基本原理
| 分類 | 細胞小器官 | 主な機能 | 
|---|---|---|
| 二重膜構造 | ミトコンドリア | ATP合成によるエネルギー産生 | 
| 二重膜構造 | 葉緑体 | 光合成とデンプン合成 | 
| 二重膜構造 | 核 | 遺伝情報の保存と伝達 | 
| 単膜構造 | 小胞体 | タンパク質合成と脂質代謝 | 
| 単膜構造 | ゴルジ体 | タンパク質の修飾と輸送 | 
| 単膜構造 | リソソーム | 細胞内物質の分解 | 
膜構造による分類は、オルガネラの機能を理解する上で極めて重要です。細胞膜や核膜も含めた生体膜は、脂質二重層から成る基本構造を持ち、リン脂質分子の親水性部分と疎水性部分が特定の配置をとることで形成されています。この膜構造が、オルガネラごとの独自のタンパク質や脂質の組成を維持し、異なる反応を行う場として機能することを可能にしています。
参考)https://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/pdf3/Chapt7.pdf
ミトコンドリアと葉緑体という二重膜構造を持つオルガネラには、他の細胞小器官にはない特別な特徴があります。両者は独自のDNAを持ち、独自の増殖を行うという、細胞核とは独立した遺伝システムを有しています。
参考)【高校生物】「ミトコンドリアと葉緑体」 
この特徴を説明するのが「細胞内共生説」です。19世紀後半にドイツの植物学者A.F.W.シンパーが最初に提唱し、1905年にメレシコフスキーが強力に推進したこの説は、ミトコンドリアが元々は好気性細菌であり、葉緑体が元々はシアノバクテリアであったと考えます。これらの細菌が真核細胞に取り込まれて共生した結果、現在のオルガネラになったという理論です。
参考)【高校生物基礎】「ミトコンドリアと葉緑体」 
当初は異端の説として扱われましたが、1993年に大隅らが酵母の研究からオートファジー必須遺伝子群を単離したことなどを契機に、オルガネラ研究は急速に発展しました。ヒトのミトコンドリアDNAは約16,500塩基対からなり、電子伝達系タンパク質群のうち13種類の構成サブユニットをコードしており、これがミトコンドリアの独自性を支えています。
参考)Autophagy と Mitophagy
従来、各オルガネラは独立した機能単位として研究されてきましたが、近年の研究ではオルガネラ間の相互作用が細胞機能の調節に極めて重要であることが明らかになっています。小胞体、ゴルジ体、エンドソーム、ペルオキシソーム、リソソーム、オートファゴソームなどの間では、活発に物質や情報のやり取りが行われており、必要な時に必要なものを目的地の細胞小器官に輸送する仕組みが整えられています。
参考)生化学 The Japanese Biochemical S…
例えば、リソソームの形成は小胞体で開始され、加水分解酵素の合成が行われた後、ゴルジ体へ輸送され、そこで正しい標的化と機能を保証するための修飾を受けます。リソソームへ送られる酵素はマンノース-6-リン酸によって標識され、選別されて小胞へ詰め込まれ、トランスゴルジ網から出芽して初期エンドソームと融合します。このようなオルガネラ間の連携プロセスは、細胞の恒常性維持に不可欠です。
参考)リソソーム - Wikipedia
京都産業大学の研究グループは2018年に、オルガネラ間相互作用の可視化に成功し、その生理的意義の解明や、オルガネラ間の相互作用異常が報告されている神経変性疾患の病態解明への応用が期待されています。この成果により、従来は個別に研究されていたオルガネラの機能が、実は複雑なネットワークとして統合されていることが示されました。
参考)オルガネラ(細胞小器官)間相互作用の可視化に成功~細胞内構造…
オルガネラの機能不全は「オルガネロパチー」と呼ばれ、様々な疾患の原因となることが明らかになっています。順天堂大学医学部の研究では、オルガネロパチーをキーワードに、各種オルガネラの機能異常がもたらす神経疾患の病態解明に取り組んでいます。特に、パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患において、オルガネラの機能破綻が重要な役割を果たしている可能性が指摘されています。
参考)研究 
長崎大学の研究グループが開発したAI技術を活用した画像解析技術「OrgaMeas」は、オルガネラの状態を高精度かつ効率的に解析することを可能にし、オルガネラの機能不全に基づく疾患に対する治療薬の開発に応用できる可能性があります。この技術により、これまで手作業で行われていたオルガネラの詳細な解析が大幅に効率化され、客観性も確保されるようになりました。
参考)AI技術を用いた新たな細胞画像解析技術を大学院生が開発|長崎…
オルガネラ制御を基盤とする細胞操作の研究も進展しており、特定の遺伝子を細胞核に導入してiPS細胞を樹立する技術や、ミトコンドリアを疾患部位へ移植する臨床研究などが、細胞性質を転換する画期的なアプローチとして注目されています。これらの研究成果は、将来的に再生医療や難病治療への応用が期待されています。
参考)オルガネラ制御を基盤とする細胞操作に関する研究-TransM…