肋膜(胸膜)は、肺と胸壁を覆う重要な膜構造で、臓側胸膜と壁側胸膜の二重構造から成ります。臓側胸膜は肺の表面を直接覆い、壁側胸膜は胸壁の内側、横隔膜、縦隔を覆っています。この二つの膜で形成される空間を胸膜腔(胸腔)と呼び、正常時には約10-20mLの少量の胸水が存在します。
胸膜腔内は大気圧と比較して常に陰圧(-5~-8cmH₂O)に保たれており、この圧力差により肺は胸郭の動きに合わせて膨らむことができます。肋膜は中皮細胞などで構成された薄く弾力に富んだ袋状の組織で、呼吸時の潤滑油としての役割を果たします。
胸水の産生と吸収のバランスが重要で、通常は壁側胸膜から生産され、臓側胸膜に吸収されて一定の量を保っています。このメカニズムが破綻すると、胸水が過剰に貯留し、様々な病的状態を引き起こします。
肋膜炎(胸膜炎)は、感染症、がん、膠原病、肺塞栓症などが原因で肺を包んでいる胸膜に炎症が起こる病気です。単独で発症することはあまりなく、結核や癌、肺炎や膠原病などが引き金となることが多いのが特徴です。
病態メカニズムとして、胸膜への何らかの刺激により炎症が惹起され、胸膜の透過性が亢進します。その結果、血管から胸膜腔への水分や蛋白質の漏出が増加し、正常な吸収能力を超えて胸水が貯留します。炎症の程度や原因によって、胸水の性状は大きく異なり、診断の重要な手がかりとなります。
結核性胸膜炎では、結核菌に対する遅延型過敏反応により胸膜に炎症が生じ、リンパ球優位の胸水貯留を認めます。一方、細菌性肺炎に伴う胸膜炎では、好中球優位の膿性胸水となることが多く見られます。
興味深いことに、肝硬化引起的肋膜の流出の流行は0.4%から30%と報告されており、肝性胸水(hepatic hydrothorax)は肋膜疾患の中でも特殊な病態として注目されています。
肋膜疾患の診断では、胸部X線検査やCT検査による画像診断が第一歩となります。胸膜炎では片方の肺の外側に胸水が溜まるため、どちらに溜まっているのかを確認し、肺炎の有無も併せて評価します。
胸腔穿刺は確定診断のための重要な検査で、胸に針を刺して胸水を採取し、色・臭い・細菌・白血球・タンパク質・腫瘍マーカーを調べます。胸水検査により、炎症性の滲出性胸水と非炎症性の漏出性胸水に分類されます。
滲出性胸水の診断基準として、以下のLight基準が用いられます。
胸水穿刺で十分な診断が得られない場合は、胸膜生検を実施します。経皮的胸膜生検では切開針を用いて胸膜から組織サンプルを採取し、結核で約80-90%の診断精度を示しますが、がんなどでは診断精度が低下します。
より詳細な評価が必要な場合は、胸腔鏡検査による直視下での組織採取が行われ、悪性胸膜中皮腫などの診断に有用です。
肋膜炎の治療は原因疾患によって大きく異なります。結核性胸膜炎の場合、抗結核薬治療が基本となり、イソニアジド、リファンピシン、エタンブトール、ピラジナミドの4剤併用療法を6-9カ月間継続します。
大量の胸水貯留により呼吸状態が悪化している場合や、胸膜癒着の防止のために胸水ドレナージが施行されることがあります。ただし、抗結核薬治療が奏功していれば、急激な胸水除去は避け、段階的な排液を行うことが重要です。
悪性胸膜中皮腫の治療では、病期により手術、化学療法、放射線治療を組み合わせた集学的治療が行われます。化学療法ではペメトレキセドとシスプラチンの併用が標準的治療とされています。
胸膜癒着術は、化学物質または薬剤を用いて人工的に胸膜を癒着させ、胸水の再貯留を防ぐ治療法です。滑石(タルク)を用いたタルク胸膜癒着術が最も一般的で、90%以上の成功率を示します。
看護上の注意点として、胸腔穿刺時は患者の体位保持の援助を行い、顔色、症状(胸痛、呼吸困難、咳嗽、冷感、チアノーゼ)、血圧、脈拍、酸素飽和度を注意深く観察することが必要です。
肋膜疾患の予防において、職業性曝露への対策が重要です。特に悪性胸膜中皮腫はアスベスト曝露と強い関連があり、曝露から25-50年の潜伏期間を経て発症します。現在日本ではアスベストの使用は禁止されていますが、建築現場や解体作業従事者への継続的な健康管理が必要です。
結核の再興により、結核性胸膜炎の予防対策も重要性を増しています。医療従事者は標準予防策の徹底に加え、結核患者との接触歴の確認、定期的な健康診断の受診が推奨されます。
興味深い新知見として、内皮祖細胞(EPCs)と慢性閉塞性肺疾患との関連が注目されています。慢性閉塞性肺疾患患者では外周血中のEPCs数量が顕著に減少し、機能も低下することが判明しており、将来的には肋膜疾患の病態理解や治療法開発につながる可能性があります。
栄養管理の観点では、蛋白質・アルブミン値の維持が胸水の吸収促進に重要です。特に肝性胸水では、肝機能改善とともに栄養状態の改善が治療効果を左右します。
定期的な経過観察により、再発の早期発見と対応が可能となります。治療終了後も継続的な診察と検査により、病状の変化を監視することが予後改善につながります。
医療従事者として、肋膜疾患の複雑な病態を理解し、患者個々の状態に応じた最適な診断・治療戦略を選択することが重要です。特に高齢化社会において、肋膜疾患の患者数は増加傾向にあり、早期診断・適切な治療により患者のQOL向上を図ることが求められています。