プロタミンは低分子量の強塩基性タンパク質であり、サケ科などの魚類の精巣から抽出されます。血液中でヘパリンおよびヘパリン様物質と結合して生理学的不活性物質を形成することにより、ヘパリンの血液凝固阻止作用と拮抗します。この作用機序の本質は、アンチトロンビン(AT)と拮抗してプロタミン・ヘパリン複合体を形成することにあります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00063579.pdf
プロタミン1mgに対するヘパリンの平均中和量は89.9~109.8単位と報告されており、化学的な滴定法、比濁法、生物学的な凝固法などの複数の測定法で確認されています。この定量的な中和作用により、人工心肺などの体外循環終了後に確実な止血効果を得ることができます。
参考)プロタミン硫酸塩静注100mg「モチダ」の効能・副作用|ケア…
プロタミンの体内動態については、家兎を用いた実験で投与後約2分の半減期で急速に血中から減少することが明らかになっています。しかし約30%の放射活性は投与後2時間でも存在しており、腎臓に最も高く分布し、肝臓、肺、胆汁中にも多く認められます。
プロタミンの主な臨床適応は、ヘパリン過量投与時の中和、および血液透析・人工心肺・選択的脳灌流冷却などの血液体外循環後のヘパリン作用の中和です。人工心肺を使用する心臓手術では、血液が人工回路内で凝固しないようヘパリンを大量投与しますが、手術終了時にはプロタミンを用いて血液の状態を通常の「固まる」状態に戻す必要があります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=63579
通常の投与量は、ヘパリン1,000単位に対してプロタミン硫酸塩として10~15mgを投与します。ただし、ヘパリンの中和に要するプロタミン量は投与したヘパリン量およびヘパリン投与後の時間経過により異なるため、本剤の投与量はプロタミンによる中和試験により決定することが推奨されます。
参考)https://med.mochida.co.jp/tekisei/prtn202009.pdf
ヘパリン静注後数分以内に用いる場合には未分画ヘパリン100単位あたりの硫酸プロタミンの必要量は1mgですが、未分画ヘパリンの半減期が60分であることから、1時間後に投与する場合には0.5mgとなります。投与の際には、通常1回につき50mgを超えない量を、生理食塩液または5%ブドウ糖注射液100~200mLに希釈し、10分間以上をかけて徐々に静脈内投与します。
参考)https://med.mochida.co.jp/interview/prt-n_n22.pdf
プロタミン投与の効果判定には、活性凝固時間(ACT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を用いた凝固能のモニタリングが重要です。硫酸プロタミン投与の直前、直後および2時間後にAPTTを測定し、中和効果を判定します。
参考)ヘモクロンhref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860lt;suphref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860gt;href="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860amp;#127276;href="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860lt;/suphref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/J01397.2023042860gt;Jr.シグ…
最近の研究では、ヘモクロンJr.シグニチャー+のACT-LR(low range)カートリッジを用いた測定値がプロタミン投与後のAPTTと強い相関を示すことが報告されています。相関係数はACT-LRのほうがAPTTとの相関が強く(0.63)、単回帰分析でAPTT=-3.8+0.27×ACT-LRの回帰式が得られています。
ACTによる効果判定には、対照となる正常な血液凝固因子と血小板が必要であり、ヘパリン投与前のアンチトロンビン(AT)-Ⅲが70%以下の場合はAT-Ⅲ製剤による補充が必要です。また、硫酸プロタミンは未分画ヘパリンより早く消失するため、繰り返し投与が必要となることがあります。
参考)21件目—プロタミンの投与量はどのように決定するか (LiS…
プロタミンの重大な副作用として、ショックおよびアナフィラキシー反応があります。本剤投与直後にショック、アナフィラキシーを起こすことがあるため、患者の状態を十分に観察し、血圧低下、脈拍異常、冷汗、呼吸困難、発赤、意識レベルの低下などの異常が認められた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。
参考)https://med.mochida.co.jp/tekisei/prtn202209.pdf
プロタミンによるアナフィラキシーの発生頻度は0.69%と報告されており、特にプロタミン含有中間型(NPH)インスリンの投与歴がある患者では発生頻度が数倍から10倍程度に上昇します。NPHインスリン使用患者では、プロタミンに感作されている可能性が高く、特に注意が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11485270/
症例報告では、心臓カテーテルアブレーション後のプロタミン投与約20分後に洞性徐脈が出現し、その後無脈性電気活動と重度の全身性低運動を発症した事例や、冠動脈バイパス術中にプロタミン投与後、頻脈、低血圧、顔面紅潮、眼窩周囲浮腫を伴うアナフィラキシーショックを呈した68歳男性の事例が報告されています。これらの症例では皮内テストでプロタミン陽性反応が確認され、血清トリプターゼレベルの上昇が認められました。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12011157/
プロタミンによる低血圧は、急速投与による低血圧、アナフィラキシー反応、重篤な肺血管収縮による肺高血圧の3つに分類されます。急速投与は血圧低下を招くため、必ず10分以上かけて緩徐に静脈内投与することが重要です。
参考)https://www.tokushima-med.jrc.or.jp/file/attachment/3634.pdf
プロタミンの過量投与は、それ自体が抗凝固作用を示すため注意が必要です。過剰投与により血液凝固因子や血小板機能に干渉し、線溶を刺激することがあり、血小板減少症やトロンビン関連血小板凝集の減少を引き起こす可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11315261/
人工心肺を用いた心臓手術における研究では、従来行われていたヘパリン初回投与量と同等の3mg/kgのプロタミン投与は、ヘパリンを中和する必要量を超えていたことが示されています。プロタミン投与量を調節した群では血小板凝集能が速やかに回復したのに対し、従来量投与群では血小板凝集能が抑制されました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jject1975/29/1/29_1_22/_pdf/-char/ja
このため、プロタミンの余剰投与は血小板凝集能を抑制することが示唆されており、適切な投与量の決定が重要です。一般的には、ヘパリン1,000単位に対してプロタミン10~15mgを投与しますが、過量投与による抗凝固作用を避けるため50mg/1,000単位以下とすることが推奨されます。
参考)https://tokyo-mc.hosp.go.jp/wp-content/uploads/2022/11/000153705_22.pdf
日本体外循環技術医学会からは、人工心肺離脱前に硫酸プロタミンの誤投与により障害残存の可能性が疑われる症例の報告があり、注意喚起がなされています。プロタミン投与のタイミングと量は厳密に管理する必要があります。
参考)https://jasect.org/1135
医療現場でのヘパリン中和以外にも、プロタミンには複数の生物学的効果が研究されています。プロタミンは強力な陽イオン性ペプチドとして、グラム陽性菌とグラム陰性菌の両方の細胞膜を透過させる効果を持ち、抗菌作用を示すことが報告されています。添加後1分以内に酸素消費を阻害し、2~5分後には細胞内カルボキシフルオレセインとATPの喪失を引き起こします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC168406/
栄養学的観点からは、サケ由来プロタミンの摂取が脂質代謝に影響を与えることが動物実験で示されています。ラットにプロタミンを2%または5%含む飼料を4週間与えた研究では、血清および肝臓のコレステロールとトリアシルグリセロール濃度が著しく減少しました。さらに、プロタミン由来ペプチドRPR(Arg-Pro-Arg)には抗肥満作用と高コレステロール血症改善作用があり、便中へのコレステロールと胆汁酸の排泄を有意に増加させることが確認されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8398848/
また、プロタミンは核酸送達のためのキャリアとして、ナノ医薬品のドラッグデリバリーシステムにも応用されています。DNA保護という自然界での役割を模倣し、陽イオン性プロタミンと陰イオン性核酸の静電相互作用を利用した革新的なナノ医薬品開発が進められています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8230241/
日本血栓止血学会の凝固促進薬に関する総説
プロタミンの作用機序とヘパリン中和の詳細について解説されています。
プロタミンによる細菌細胞膜透過性に関する研究論文
プロタミンの抗菌作用のメカニズムについて詳細なデータが記載されています。
プロタミン由来ペプチドの抗肥満効果に関する研究
RPRペプチドの脂質代謝改善効果について実験データとともに報告されています。