ニトロブルーテトラゾリウム(NBT)は、テトラゾリウム塩の一種で、化学式C₄₀H₃₀Cl₂N₁₀O₆、分子量817.64の複素環式有機化合物です 。この化合物は黄色透明の水溶液として存在し、還元電位が-0.05Vと非常に低く設定されているため、脱水素酵素などの存在により容易に還元される特性を持っています 。
参考)https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0114-0199.html
NBTの還元機序は、好中球内で産生される活性酸素種、特にスーパーオキサイド(O₂⁻)や過酸化水素(H₂O₂)によって引き起こされます 。還元反応が進行すると、NBTは青紫色の不溶性ジホルマザン(λmax=530nm、ε=3.6×10⁴)を形成し、細胞内に沈着します 。この呈色反応により、好中球の活性酸素産生能を視覚的に評価することが可能となります。
参考)https://www.dojindo.co.jp/products/N011/
反応の化学的メカニズムとして、NBTはメディエータ機能を有するテトラゾリウム塩として作用し、酸化還元酵素との間で直接的な電子伝達を行います 。これにより、従来の検査法で必要だった追加的なメディエータが不要となり、反応系の単純化と測定値の信頼性向上が実現されています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2005077314A/ja
NBT試験には定性法と定量法の2つのアプローチがあり、臨床現場では主にPark法による定性的測定が広く採用されています 。標準的な実施手技として、まず0.1%NBT色素を生理食塩水で調製し、等量の1/15Mリン酸緩衝液(pH7.2)を加えて最終濃度0.1%のNBT試験液を作製します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kansenshogakuzasshi1970/52/12/52_12_517/_pdf
検査手順は、患者の末梢血とNBT溶液を混合し、37℃で一定時間インキュベートした後、塗抹標本を作製して顕微鏡下で観察します 。この際、好中球内に青色のホルマザン沈着物を認める細胞の割合を測定し、陽性率として表現します。健常者では通常20%以下の陽性率を示しますが、細菌感染症患者では70-80%の高値を示すことが報告されています 。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/detail.php?pk=1270
近年では、フローサイトメトリー法(FCM)を用いたより客観的で定量性の高い測定法も導入されており、蛍光基質への活性酸素の作用を利用して蛍光量を検出する方法が開発されています 。この手法により、従来の顕微鏡観察による主観的評価の限界を克服し、より精密な好中球機能評価が可能となっています。
参考)https://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3803124
NBT試験の最も重要な臨床応用は、細菌感染症とウイルス感染症の鑑別診断です 。細菌感染症では好中球の活性化により活性酸素産生が亢進するため、NBT還元能が著明に上昇します。一方、ウイルス感染症では好中球の関与が限定的であるため、NBT陽性率は20%以下にとどまります 。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1543203683
この検査法の診断精度について、Gordon やMiller らの研究では、細菌感染症患者の70-80%でNBT陽性を示し、ウイルス感染症では陽性率が20%以下であることが確認されています 。特に小児の発熱性疾患において、急性細菌感染症の診断補助として有用であることが多くの臨床研究で実証されています。
ただし、NBT試験には偽陰性や偽陽性の問題が存在することも認識する必要があります 。ステロイド剤や抗癌剤などの免疫抑制薬使用時には、細菌感染があっても偽陰性となる可能性があります。また、非感染性の炎症疾患でも好中球が活性化されることにより偽陽性を示すことがあるため、臨床症状や他の検査所見と総合的に判断することが重要です。
NBT試験は先天性好中球機能異常症、特に慢性肉芽腫症(CGD)の診断において極めて重要な役割を果たしています 。慢性肉芽腫症では、NADPHオキシダーゼ系の遺伝的欠損により活性酸素産生能が著しく低下するため、NBT還元能が正常の10%以下まで低下します 。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1542904044
診断プロセスでは、まず自発的(spontaneous)NBT試験を実施し、さらにエンドトキシンやラテックス粒子による刺激後のNBT還元能も評価します 。健常者では刺激により好中球の活性酸素産生が促進されますが、慢性肉芽腫症患者では刺激に対する反応性も著明に低下しています。
好中球機能検査としてのNBT試験は、遊走能、接着能、貪食能、脱顆粒、活性酸素産生能、殺菌能などの多様な好中球機能のうち、特に活性酸素産生能と殺菌能を評価する検査として位置づけられます 。これらの機能に障害があると、反復する細菌感染症に罹患するため、早期診断と適切な治療方針の決定に不可欠な検査となっています。
従来のNBT検査では、顕微鏡観察による主観的評価や再現性の問題が指摘されていましたが、近年の技術革新により客観的で定量性の高い測定法が開発されています 。特に化学発光法との比較検討では、NBTによる呈色反応の定量性や再現性に課題があることが明らかになり、より精密な測定系の必要性が認識されています。
参考)https://www.wrs.waseda.jp/sp-r/admin/print/number/2007B-501
現在では、フローサイトメトリー法を用いた自動化システムが導入され、顆粒球スクリーニング検査として好中球の貪食機能と殺菌能を同時に評価することが可能となっています 。この手法により、従来の墨粒貪食試験やNBT還元能検査を統合した包括的な好中球機能評価が実現されています。
参考)https://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3803123
さらに、水溶性テトラゾリウム塩(WST-1、WST-3など)の開発により、より安定で取り扱いが容易な検査系も構築されています 。これらの新規試薬は従来のNBTと比較して水溶性が高く、長期保存時の安定性も向上しており、臨床検査の標準化と精度管理の向上に寄与しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku1952/45/2/45_2_111/_pdf
将来的には、分子生物学的手法と組み合わせることにより、好中球機能異常の遺伝的背景や病態生理をより詳細に解析し、個別化医療の実現に向けた診断システムの構築が期待されています。