リスクファクター(危険因子)とは、病状や疾患、またはそれらに対する医療行為に随伴して患者に悪影響を及ぼしうる事象を指します。この用語は1948年にアメリカのフラミンガム研究において確立された概念であり、血圧、総コレステロール、喫煙、耐糖能、左室肥大などのリスクファクターが重なると冠動脈疾患の危険性が高まることが報告されました。医療現場では、リスクファクターは疾患の直接的な原因を指すのではなく、疾患発生の危険性を高める可能性がある要素の総称として用いられます。そのため化学物質から喫煙や食習慣まで、あらゆる要素が危険因子となりえます。
参考)301 Moved Permanently
医療従事者がリスクファクターを適切に理解することは、患者の健康管理において極めて重要です。リスクファクターを同定し特性や動脈硬化に寄与するメカニズムを解明することで、有効な予防法や治療法の指針を確立できます。臨床の現場では、患者に対して個々のリスクの重みとその対策の効用を具体的に説明し、治療経過とともにリスク管理がどの程度達成されているかを評価することが求められます。
参考)生活習慣病のリスクファクターの同定及びその対策に関する研究
リスクファクターは複数の観点から分類されますが、医療現場では主に修正可能性と発生部位によって整理されます。修正可能なリスクファクターには、過体重、高血圧、高コレステロール血症、喫煙習慣、糖尿病などがあり、これら5つの危険因子を適切に治療・管理することで心血管疾患の半分以上が予防できることが150万人を対象とした国際共同研究で明らかになっています。一方で修正不可能なリスクファクターには、遺伝的要因、加齢、性別、人種などが含まれます。
参考)リスクファクター(危険因子について)
疾患別のリスクファクターとしては、がんでは加齢、家族歴、喫煙、食習慣、放射線や発がん性物質への曝露などが挙げられます。脳卒中では高血圧、糖尿病、加齢、運動不足、肥満、ストレスなどが主要な危険因子です。また歯周病のように局所的因子と全身的因子に分類される疾患もあり、局所的因子にはプラークの蓄積を助長する歯石や歯列不正、全身的因子には糖尿病や膠原病、ホルモン分泌異常などがあります。
参考)歯周病|歯と口の健康研究室
認知症のリスクファクターは遺伝的因子、社会・経済因子、生活習慣因子、老年症候群因子の4つに大別されます。このうち自分で制御できる因子の中で特に影響しやすい症状には糖尿病、高血圧、肥満、身体的不活動、喫煙などがあり、身体的不活動は糖尿病や転倒、交流の減少などの原因にも繋がるため、最も重要なリスクファクターとされています。
参考)認知症のリスクファクターと予防医学
リスクファクターの評価には、リスク・スコアやリスク・ファクター評価システムが用いられます。金融機関向けシステムを扱う企業の事例では、中期経営計画および内外環境の変化を考慮してリスク要素を抽出し、関連テーマを紐付けて影響度(大・中・小)と発生可能性(高・中・低)を評価します。その後、各関連テーマに対して合計100%となるようにウエィト付けしたリスク・ファクターを設定し、それぞれを1から5の5段階で評価してリスク・スコアを算出します。
参考)https://www.iiajapan.com/pdf/kenkyu/a03_1611.pdf
臨床研究におけるリスクファクターの評価では、因果関係の条件を満たすことが重要です。具体的には、アウトカムより先にリスクファクターが存在すること(時間的前後関係)、同一人物で原因と結果が発生していること、量―反応関係があること、投与・曝露中止および再開の研究で裏づけられていること(再現性)、他の研究結果との整合性があること、生物学的に意味をなすこと、交絡因子がないことなどが検証されます。
参考)論文の読み方 − 診断
リスクファクターモデルを用いた評価も医療現場で活用されています。ストーマケアを例に挙げると、リスクファクターモデルは3つのカテゴリーに分けることでリスクを特定しやすくし、定期的なリスク評価を行うことで漏れやストーマ周囲皮膚障害を防ぐことが可能になります。18カ国の専門家グループによる系統的レビューと35カ国のストーマケア専門家から得られた4000を超える回答を土台に、改良デルファイ法によるプロセスを適用して国際的コンセンサスを経たリスクファクターモデルが誕生しました。
参考)https://www.coloplastprofessional.jp/globalassets/hcp/do-not-use-pdfs/japan-pdfs/jp_riskfactormodel_updated-july2023.pdf
看護におけるリスクマネジメントは、施設の関連部門と連携をとりながら患者・家族、来院者、職員の安全を守り危険を回避することです。看護実践の場で起こりうる具体的なリスクには転倒・転落、誤薬、患者の誤認、針刺し事故、院内感染、暴力、盗難、災害などがあり、これらのリスクを適切にマネジメントするために看護職者への教育・研修、マニュアルの作成、労働環境の整備、他部門・他職種との確認システムの構築、インシデントの収集、リスク・マネジメント委員会の設置などの取り組みが行われています。
参考)リスク・マネジメント
リハビリテーション医療におけるリスクファクターは、患者側の要因と治療者側の要因(医療スタッフ、機械・器具、環境、システムなど)に分けられます。転倒・転落リスクの評価では、まず転倒・転落アセスメントスコアシートで患者の危険度を把握し、次に患者を観察・評価してより正確な危険度を把握します。具体的には歩行障害やバランス障害の程度、高次脳機能障害の程度、不穏・興奮・不眠の程度、性格特性、視力障害や体性感覚障害の程度、排泄の頻度とパターン、薬剤の詳細と服用後の影響、ADL自立度などを評価します。
参考)https://www.jarm.or.jp/nii/iinkai/sinryo-guide/risk-manage_GL_draft.doc
暴力リスクのアセスメントでは、HCR-20Ver3のような構造化された評価ツールが用いられます。実施プロセスは、関連する情報を集める、リスクファクターの有無を確認する、リスクファクターの関連を確認する、暴力リスクのフォーミュレーションを行う、暴力の主なシナリオを作る、ケースマネジメントプランを作る、最終意見をまとめる、という7つのステップで構成されます。リスクの高さ・低さを見つつ、どのような要因がリスクを高めているのかをアセスメントし、治療戦略につなげることが重要です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000387126.pdf
リスクファクターに基づく予防医療は、集団の理論にもとづく予防医学から個別化された予見医療へと進化しています。日本における心血管疾患の包括的リスク管理では、生活習慣改善による肥満、血圧、血糖、血清脂質、腎機能などのリスクファクターの総合的管理が基本概念とされています。複数のリスクファクターが関与する場合には薬物介入を含めた包括的管理の重要性が強調されており、遺伝的要因や二次性疾患群の場合には基礎疾患に対する特異的な薬物療法が必要であることも医師は念頭に置く必要があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6224916/
生活習慣病のリスクファクターとしては糖代謝異常、高脂血症、高血圧、肥満を有する病態の特徴を分析し、ハイリスク状態を同定するとともにその特性や動脈硬化に寄与するメカニズムを解明することが求められます。認知症予防においては、早歩き程度の強度の運動を週3回以上実施している人ではアルツハイマー病を発症する危険が低くなることが報告されており、コグニサイズのような認知課題と運動を組み合わせた運動方法が有効とされています。
グローバルな視点では、環境的・職業的リスク、行動的リスク、代謝的リスクが健康障害の主要な要因として認識されており、これらの因子を標的とした介入の実施が重要です。2019年には全世界で3500万人の死亡がリスクファクターによって引き起こされており、そのうち非感染性疾患では大気汚染による820万人の死亡が最も多く、心血管疾患では年齢標準化障害調整生命年率が高い値を示しました。このような疫学データに基づき、修正可能なリスクファクターへの介入により疾患負担を大幅に軽減できる可能性が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11075060/
人口寄与割合(PAF)を用いた心血管疾患リスクファクターの定量的評価に関する研究
修正可能な危険因子が心血管疾患罹患の半分を占めることを報告した国際共同研究
リハビリテーション医療における安全管理マニュアルとリスク要因の評価方法