たった1日1枚を1週間貼っただけで、胎児が帝王切開になった例があります。

ケトプロフェンテープ(代表的な製品名:モーラステープ)は、腰痛症・変形性関節症・肩関節周囲炎など幅広い適応をもつ経皮吸収型の消炎鎮痛外用薬です。医療現場での処方頻度は非常に高く、整形外科・リウマチ科・産婦人科以外の診療科でも日常的に使用されます。
そのため、妊婦への誤処方リスクが潜在的に高い薬剤のひとつです。
もともとケトプロフェンの坐剤・注射剤は早い段階から妊娠後期の女性への使用が禁忌とされていましたが、外皮用剤(テープ・パップ・ゲル・クリーム)については長らく禁忌とされていませんでした。「貼り薬だから全身への影響は少ないはず」という先入観が医療従事者の間でも根強かったことが背景にあります。
状況が変わったきっかけは国内での副作用症例の集積でした。2008年(平成20年)12月に最初の注意喚起として「妊娠後期には慎重に使用するよう」添付文書が改訂されました。その後も国内症例が追加報告されたことを受け、2011年(平成23年)11月には多数枚の連続使用を避けるよう医療従事者向け資材が配布されます。
それでも新たな症例が集積し続けたことから、PMDAが改めて評価を行った結果、2014年(平成26年)3月25日付で厚生労働省が全てのケトプロフェン外皮用剤について妊娠後期の女性への使用を禁忌とする改訂を指示しました。さらに2024年(令和6年)10月には、欧州での注意喚起を受けた追加改訂が行われ、妊娠中期の胎児動脈管収縮リスクに関する記載も加わっています。
外皮用剤が「安全」だという思い込みは禁物です。
ケトプロフェンは非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAID)であり、COX(シクロオキシゲナーゼ)阻害作用によってプロスタグランジンの産生を抑えることで鎮痛・消炎効果を発揮します。プロスタグランジンは胎児の動脈管(肺動脈と大動脈をつなぐ血管)を開存させる役割を担っています。そのため、COX阻害薬が経皮的に体内に吸収されると、胎児の動脈管が収縮・閉鎖するリスクが生じます。これが禁忌の薬理学的根拠です。
厚生労働省:ケトプロフェン外皮用剤の妊娠中における使用について(改訂内容・副作用症例一覧)
妊娠の時期によって、ケトプロフェンテープのリスクは大きく異なります。医療従事者として週数ごとのリスクを正確に把握しておくことが不可欠です。
妊娠後期(28週以降)は絶対に禁忌です。
添付文書の【禁忌】欄に「妊娠後期の女性」と明記されており、使用は認められません。プロスタグランジンの産生抑制によって胎児動脈管の収縮が引き起こされ、胎児に肺高血圧症・右心室系の拡大などの重篤な循環器異常が生じます。実際に報告された国内症例(症例4)では、妊娠34週の女性がケトプロフェンテープを1日1枚、わずか7日間使用しただけで、妊娠36週に胎児動脈管収縮が疑われ救急搬送・帝王切開となっています。この事実が示すように、「少量・短期間ならよい」という判断は危険です。
妊娠中期(14〜27週)は禁忌ではないが慎重投与が必要です。
国内では妊娠23週の女性がケトプロフェンテープを1日6枚(120mg相当)、23日間以上使用した結果、羊水指数(AFI)が測定不能・最大深度でわずか2cmという重篤な羊水過少症を来した症例(症例5)が報告されています。この症例では使用中止後に羊水量が回復し、妊娠39週で正常分娩に至っていますが、入院管理を要しており、重大な転帰をたどる可能性も十分あったと言えます。
また2024年の添付文書改訂では、欧州・英国の規制当局の評価に基づき、妊娠中期の妊婦に対してシクロオキシゲナーゼ阻害剤を使用した場合にも胎児動脈管収縮が生じたとの報告がある旨が追記されました。つまり、中期においても動脈管収縮リスクをゼロとはみなせないという認識に変わっています。
以下に週数別のリスク区分をまとめます。
| 妊娠週数 | リスク区分 | 主なリスク |
|---|---|---|
| 妊娠初期(〜13週) | 安全性未確立・要注意 | 催奇形性リスク(NSAIDs全般)|
| 妊娠中期(14〜27週) | 慎重投与(有益性>危険性のときのみ) | 羊水過少症、胎児動脈管収縮(2024年追記)|
| 妊娠後期(28週〜) | 【禁忌】 | 胎児動脈管収縮、肺高血圧症 |
妊娠後期のリスクがより高い、というのが原則です。
なお、超音波検査で胎児動脈管収縮の所見(四腔断面像での右心系拡大など)が確認できるのは妊娠24週以降とされており、それより早い週数では超音波でも評価が十分にできないことも覚えておく必要があります。
PMDA:ケトプロフェン外皮用剤の妊娠中使用に関する使用上の注意改訂(副作用症例の詳細含む)
実際の医療現場では、妊婦に対してケトプロフェンテープが誤処方されるケースが後を絶ちません。日本医療機能評価機構(公益財団法人)が収集した薬局ヒヤリ・ハット事例でも、「妊娠9か月の患者にモーラステープ20mgが処方され、薬剤師が疑義照会したところロキソニンテープ50mgに変更となった」という報告があります。
これは薬剤師の介入が医療安全上の大きな役割を果たした好例です。
疑義照会の実務ポイントを以下にまとめます。
- 🔍 必ず妊娠週数を確認する:「妊婦さんである」という情報だけでなく、「何週か」を具体的に確認することが重要です。妊娠後期(28週以降)であれば禁忌として疑義照会が必須となります。
- 📋 妊娠中期も要注意とする:禁忌ではありませんが、慎重投与の原則から、妊娠中期の患者への処方に気づいた場合も処方医に使用理由・使用期間・枚数を確認することが望ましいです。
- 💬 代替薬の選択肢を把握しておく:疑義照会の際に「代替薬は何がありますか?」と問われた場合に備え、後述する代替薬の情報を頭に入れておくことが実務上の大きな助けになります。
- 🗒️ 患者への服薬指導を徹底する:「知人からもらった」「以前に処方されたものが残っていた」という自己判断での使用が副作用症例に含まれています。患者に対して「このテープは必ず担当医に相談してから使用すること」を明確に指導してください。
医師・薬剤師ともに確認が条件です。
また、ケトプロフェンテープの改訂は複数回にわたっており、2014年改訂・2024年改訂と内容がアップデートされています。古い情報のままの認識で対応することがないよう、最新の添付文書・医薬品安全対策情報(DSU)を定期的に確認する習慣が重要です。
ケトプロフェンテープ注意事項等情報改訂のお知らせ(2024年10月・シオノケミカル株式会社)
ケトプロフェンテープが使えないとわかったとき、次に問題になるのが「では何を使えばよいか」という点です。妊婦の腰痛・関節痛・腱鞘炎は妊娠経過を通じてよくある訴えであり、鎮痛ニーズは決して低くありません。ある調査では妊娠中に腰痛を経験する妊婦は約80%に及ぶとされており、それだけ代替手段を知っておくことの実用的価値は大きいと言えます。
代替薬の選択で基準になるのは「NSAIDsかどうか」です。
妊婦への外用薬選択の基本的な考え方は次の通りです。
✅ 妊婦に比較的安全とされる外用成分
- サリチル酸メチル配合製品(例:サロンパスAe、MS冷シップなど):妊婦への使用制限が設定されておらず、胎児への悪影響も報告されていません。「妊娠中に使える湿布」として広く案内されています。ただし独特のにおいが強いため、においに敏感な妊婦には好まれないこともあります。
- サリチル酸グリコール配合製品(例:サロンパス30など):サリチル酸メチルと同様に妊婦・授乳婦への使用制限がなく、微香性のため実用的とされています。
⚠️ 妊娠後期は禁忌・中期も注意すべきNSAIDs系外用薬(ケトプロフェン以外)
- ロキソプロフェン配合製品(ロキソニンテープなど):添付文書上は妊娠後期の禁忌ではありませんが、NSAIDsとしての作用機序は同様であり、妊娠後期使用は避けるべきと考えられています。また、2024年の改訂により妊娠中期以降の胎児動脈管収縮リスクの記載が追加されています。
- ジクロフェナク配合製品(ボルタレンEXテープなど):妊娠初期〜中期(〜27週)では使用可能とされてきましたが、FDA勧告以降は妊娠20週以降の使用に慎重になる流れがあります。
サリチル酸系が代替の第一選択です。
鎮痛外用薬以外では、温熱療法(ホットパック・温タオル)や骨盤ベルトによる腰部サポートなど非薬物療法も妊婦の疼痛管理に有用です。薬を使わずに症状をコントロールできる方法を患者に提案することも、医療従事者として重要な視点です。内服鎮痛剤としてはアセトアミノフェン(カロナールなど)が妊娠全期間を通じて比較的安全とされており、外用薬だけにこだわらず総合的な鎮痛管理を提案できるとより適切です。
m3.com薬剤師向けコラム:妊婦・授乳婦にも販売できるOTCの湿布薬(サリチル酸グリコール・ジクロフェナク等の詳細)
禁忌・慎重投与の知識は多くの医療従事者が持っています。しかし実際の医療事故やヒヤリ・ハット事例を見ると、「知識はあるが確認が漏れた」ケースが繰り返し報告されています。ここでは、現場で特に見落とされやすい4つの視点を取り上げます。
① 「外用薬だから大丈夫」という思い込みが最も危険
冒頭にも触れましたが、ケトプロフェンは経皮吸収によっても血中に移行します。モーラステープL40mg(1枚あたりケトプロフェン40mg含有)を8枚同時に貼付した試験では、経口投与に匹敵する全身曝露が生じることが示されています。「湿布だから胎児への影響は少ない」という先入観を持ったままでは適切な指導ができません。
② 整形外科処方への産婦人科情報の共有不足
妊娠中に腰痛や関節痛を主訴として整形外科を受診した場合、処方した整形外科医が患者の妊娠週数を正確に把握していないケースがあります。電子カルテ連携が不十分な施設では「産婦人科では妊娠○週」という情報が他科の医師に届いていないことも珍しくありません。薬剤師がゲートキーパーとして最終確認の役割を担う意識が重要です。
③ 患者の自己判断使用(譲渡薬・残薬)への対応
PMDAが公開した症例4では、患者は「譲り受けたケトプロフェンテープ」を自己判断で使用しています。患者自身が処方薬を知人から受け取り、妊娠中に使用するという状況は決して珍しくありません。この対策として、産婦人科・助産師外来での妊婦向け服薬指導において「NSAIDs系湿布(モーラステープ・ロキソニンテープなど)は妊娠中に使わない」という情報を明示的に伝えることが有効です。
④ 授乳婦への対応も確認が必要
妊娠後期が禁忌であることは広く知られてきましたが、産後の授乳婦に対する安全性も現時点では確立されていません。添付文書には「妊婦、産婦、授乳婦等に対する安全性は確立していない」と明記されています。産後の腰痛・腱鞘炎に対してケトプロフェンテープが処方された場合は、授乳中であるかどうかを確認し、必要に応じて代替薬への変更や授乳の休止を含む情報提供が求められます。
これらは見落としやすい点ですね。
正確な知識の習得に加え、「確認するルーティン」を現場に組み込むことが最終的なリスク管理につながります。患者情報への意識的なアプローチが、医療事故を防ぐ最大の防衛線です。
日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会:NSAIDs添付文書改訂に関する周知(2024年10月・妊娠中期の胎児動脈管収縮リスクの詳細)