肩関節周囲炎の症状と治療方法:病期別アプローチ

肩関節周囲炎の病期に応じた症状の変化と、各病期における適切な治療選択について詳しく解説します。医療従事者として知っておくべき診断ポイントと治療戦略とは?

肩関節周囲炎の症状と治療方法

肩関節周囲炎の病期別管理
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炎症期

強い痛みと夜間痛が特徴的で、安静と疼痛管理が治療の中心

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拘縮期

関節可動域制限が主体となり、段階的な運動療法が重要

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回復期

機能改善と再発予防を目的とした積極的なリハビリテーション

肩関節周囲炎の症状と病期分類

肩関節周囲炎は、50歳代を中心とした中年以降に好発する疾患で、肩関節周囲の組織に炎症が生じることで特徴的な症状を呈します。病期は大きく3つの段階に分類され、それぞれ異なる臨床症状を示すため、適切な病期判断が治療戦略の決定において極めて重要です。

 

炎症期(急性期・痙縮期)の症状

  • 安静時痛:動かさなくてもズキズキとした持続的な痛み
  • 夜間痛:就寝時や寝返り時の激痛で覚醒することが多い
  • 運動時痛:肩関節の動作時に増強する鋭い痛み
  • 日常生活動作の制限:着替え、洗髪、背中のファスナーの操作が困難

この時期の痛みは非常に強く、患者の睡眠を著しく妨げることが特徴的です。炎症が肩峰下滑液包や関節包に及ぶことで、わずかな動作でも激痛を生じます。

 

拘縮期(凍結期)の症状

  • 痛みの軽減:夜間痛や安静時痛は徐々に改善傾向
  • 関節可動域制限:特に外転、内旋、外旋運動の著明な制限
  • つっぱり感:肩を動かそうとした際の鈍い痛みと引っかかり感
  • 機能的制限:髪を整える、エプロンの紐を結ぶなどの動作が不可能

拘縮期では関節包の肥厚や癒着により、痛みよりも可動域制限が主体となります。この時期の可動域制限は、単なる疼痛による運動回避ではなく、実際の組織学的変化に基づくものです。

 

回復期の症状

  • 痛みの大幅な改善:日常生活に支障をきたす痛みは軽減
  • 可動域の段階的改善:自動・他動運動範囲の拡大
  • 機能回復:徐々に日常生活動作が可能になる

ただし、完全な回復には個人差があり、軽度の可動域制限や違和感が残存することもあります。

 

肩関節周囲炎の診断と鑑別診断

肩関節周囲炎の診断は、主に臨床症状と身体所見に基づいて行われますが、類似する他の肩関節疾患との鑑別が重要です。

 

診断の手順

  • 詳細な病歴聴取:発症時期、症状の変化、誘因の有無
  • 身体診察:圧痛部位、可動域測定、疼痛誘発テスト
  • 画像診断:X線、MRI、超音波検査による他疾患の除外

特に重要な鑑別診断として以下が挙げられます。
肩腱板断裂との鑑別
肩腱板断裂では、特定の運動方向(主に外転)での筋力低下と夜間痛が特徴的ですが、肩関節周囲炎のような全方向性の可動域制限は通常認められません。MRIや超音波検査で腱板の連続性を確認することが診断に有用です。

 

石灰沈着性腱板炎との鑑別
急性期の激痛は類似していますが、X線検査で腱板内の石灰沈着を確認できれば診断可能です。石灰沈着性腱板炎では、石灰の吸収とともに症状が急速に改善する傾向があります。

 

上腕二頭筋長頭腱炎との鑑別
肩前方の限局的な痛みと圧痛が特徴で、Speedテストやヤーガソンテストが陽性となります。肩関節周囲炎のような広範囲の痛みや可動域制限は軽度です。

 

診断において見落としてはならないのが、糖尿病や甲状腺機能異常などの基礎疾患の存在です。これらの代謝性疾患は肩関節周囲炎の発症リスクを高め、治療反応性にも影響を与える可能性があります。

 

肩関節周囲炎の保存的治療方法

肩関節周囲炎の治療は保存的治療が第一選択であり、病期に応じた適切なアプローチが重要です。各病期における治療戦略を詳述します。

 

炎症期の治療戦略
この時期の治療目標は疼痛の軽減と炎症の抑制です。過度な安静は拘縮を助長する可能性があるため、疼痛の範囲内での早期運動療法が推奨されています。

 

  • 薬物療法
  • NSAIDs非ステロイド性抗炎症薬)の経口投与
  • 疼痛が強い場合はアセトアミノフェンの併用
  • 外用薬(湿布、ゲル)の局所使用
  • 注射療法
  • ステロイド関節内注射:強い抗炎症作用により早期の症状改善が期待
  • ヒアルロン酸関節内注射:滑液の粘弾性改善による疼痛軽減効果
  • 肩峰下滑液包注射:局所的な炎症抑制
  • 物理療法
  • 寒冷療法:急性期の炎症抑制
  • 電気刺激療法:疼痛緩和効果
  • 適切なポジショニング:三角巾やアームスリングによる安静保持

炎症期における注意点として、無理な運動やマッサージは炎症を悪化させる可能性があるため避けるべきです。

 

拘縮期の治療戦略
拘縮期では疼痛が軽減するため、積極的な運動療法が治療の中心となります。この時期の適切な介入により、機能的予後が大きく左右されます。

 

  • 温熱療法
  • ホットパック、入浴による局所血流改善
  • 運動療法前の warming up として効果的
  • 運動療法
  • 振り子運動(Codman exercise):重力を利用した他動的関節可動域訓練
  • ストレッチング:関節包や筋群の伸張性改善
  • 段階的な自動介助運動から自動運動への移行
  • 継続的な薬物療法
  • NSAIDsの継続投与(胃腸障害に注意)
  • 必要に応じたヒアルロン酸注射の反復投与

回復期の治療戦略
回復期では機能回復と再発予防が主要な治療目標となります。

 

  • 筋力強化訓練
  • 肩甲骨周囲筋の強化
  • 腱板筋群の段階的強化訓練
  • 日常生活動作訓練の実施

保存的治療の効果判定には通常3-6ヶ月を要し、この期間内に十分な改善が得られない場合は手術療法の適応を検討します。

 

肩関節周囲炎の手術適応と術式

保存的治療に抵抗性を示す症例、特に著明な拘縮が持続する「凍結肩」に対しては手術療法が適応となります。手術適応の決定には慎重な検討が必要です。

 

手術適応基準

  • 6ヶ月以上の保存的治療で改善がない
  • 著明な可動域制限(外転90度未満、外旋30度未満)
  • 日常生活に著しい支障をきたしている
  • 患者の治療に対する強い希望がある

主要な術式
関節授動術(manipulation under anesthesia)
全身麻酔下で肩関節を段階的に動かし、癒着した関節包を物理的に剥離する手技です。比較的侵襲が少なく、短時間で施行可能な利点があります。

 

手技のポイント。

  • 段階的な可動域拡大(急激な操作は骨折のリスクあり)
  • 外転、外旋、内旋の順序での授動
  • 術後早期からの積極的な運動療法

鏡視下関節包切離術(arthroscopic capsular release)
関節鏡を用いて肥厚・癒着した関節包を直視下に切離する術式です。より確実な癒着解除が可能で、術後の再癒着のリスクも低いとされています。

 

切離部位。

  • 前方関節包(特に肩甲下筋付着部)
  • 下方関節包
  • 後方関節包(必要に応じて)

術後管理の重要性
手術の成功は術後の理学療法に大きく依存します。術直後から積極的な可動域訓練を開始し、獲得した可動域の維持・拡大を図ります。術後3-6ヶ月で最終的な機能評価を行い、多くの症例で良好な結果が得られています。

 

手術療法における合併症として、術後の再拘縮、感染、神経損傷などがあり、適応決定時にはこれらのリスクについても十分な説明が必要です。

 

肩関節周囲炎の理学療法とチーム医療アプローチ

肩関節周囲炎の治療において理学療法は中核的な役割を果たし、医師、理学療法士、看護師が連携したチーム医療アプローチが治療成功の鍵となります。

 

理学療法の科学的根拠
理学療法学会のガイドラインによると、肩関節周囲炎に対する理学療法の有効性は複数の研究で実証されています。特に一般運動療法(ストレッチと振り子運動の組み合わせ)は推奨グレードBとして位置づけられています。

 

病期別理学療法プログラム
炎症期のアプローチ

  • 疼痛教育:痛みのメカニズムと対処法の指導
  • 適切な安静位の指導:夜間のポジショニング指導
  • 軽度な振り子運動:疼痛増悪を避けた範囲での実施
  • 肩甲骨周囲筋のリラクセーション

拘縮期のアプローチ

  • 温熱療法と運動療法の組み合わせ
  • 段階的な関節可動域訓練
  • 他動運動から自動介助運動への移行
  • 壁押し運動、タオル体操の導入
  • 肩甲胸郭関節の可動性改善

回復期のアプローチ

  • 機能的運動訓練:日常生活動作の模擬訓練
  • 肩複合体全体の協調性訓練
  • 職業復帰や スポーツ復帰のための特異的訓練

チーム医療における各職種の役割
医師の役割

  • 正確な診断と鑑別診断
  • 薬物療法・注射療法の実施
  • 手術適応の判断
  • 治療方針の決定と全体的な管理

理学療法士の役割

  • 詳細な機能評価
  • 個別化された運動プログラムの立案・実施
  • 患者教育と自主練習指導
  • 治療効果のモニタリング

看護師の役割

  • 患者の症状観察と記録
  • 日常生活動作指導
  • 服薬指導と副作用の監視
  • 患者・家族への心理的サポート

多職種連携の具体的取り組み
定期的なカンファレンスにおいて患者の状態を共有し、治療計画の修正を行います。特に拘縮期から回復期への移行時期には、運動療法の強度調整が重要で、理学療法士からの詳細な評価報告が治療方針決定に不可欠です。

 

患者教育の重要性
治療の成功には患者自身の理解と協力が欠かせません。疾患の自然経過、各治療の意義、自主練習の重要性について、多職種が連携して一貫した教育を行うことが重要です。

 

また、職場復帰や家事動作復帰のタイミングについても、患者の職種や生活スタイルを考慮した個別的なアプローチが求められます。理学療法士による作業動作分析と段階的な負荷調整により、安全で効率的な社会復帰が可能となります。

 

肩関節周囲炎の治療において最も重要なのは、病期に応じた適切な治療選択と、患者中心のチーム医療アプローチです。早期診断・早期治療により、多くの患者で良好な機能予後を期待できるため、医療従事者間の密な連携と継続的な患者サポートが治療成功の要となります。

 

日本整形外科学会による肩関節周囲炎の詳細な症状・治療指針
肩関節周囲炎理学療法診療ガイドライン(J-Stage)