腱鞘炎(ドゥ・ケルバン病、ばね指)の症状と治療方法の最新知見

腱鞘炎(ドゥ・ケルバン病、ばね指)の症状や原因、効果的な治療法について医療従事者向けに解説します。保存療法から手術適応まで網羅的に解説していますが、あなたの臨床現場ですぐに活用できるポイントは何でしょうか?

腱鞘炎(ドゥ・ケルバン病、ばね指)の症状と治療方法

腱鞘炎の基本知識
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定義

腱が通るトンネル(腱鞘)での炎症性疾患で、代表的なものにドゥ・ケルバン病やばね指があります

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好発年齢と性別

20-30代、50代前後の女性に多く、妊娠・出産期や更年期のホルモン変化が関与

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治療アプローチ

保存療法から始め、必要に応じてステロイド注射や手術療法を検討します

腱鞘炎の発生メカニズムと主な原因

腱鞘炎は、骨と筋肉をつなぐ「腱」が通る「腱鞘」と呼ばれるトンネル状の組織で炎症が生じる疾患です。この炎症により腱鞘がぶ厚くなって狭窄し、腱の滑動性が低下することで様々な症状が引き起こされます。

 

腱鞘炎の主な原因としては以下が挙げられます。

  • 反復的な動作による過負荷:特定の手指の動作を繰り返すことで腱と腱鞘の間に摩擦が生じます
  • ホルモンの変化:妊娠・出産期や更年期の女性に多く、ホルモンバランスの変動が関与しています
  • 解剖学的要因:腱を分けて通すための隔壁の構造や腱の数には個人差があり、狭窄のしやすさに影響します
  • 生活環境的要因:スマートフォンの長時間使用、楽器演奏、スポーツ活動なども発症要因となります

ドゥ・ケルバン腱鞘炎の場合、親指を大きく広げる動作により、手首に存在する2本の腱(短母指屈筋腱と長母指外転筋腱)と腱鞘の間に摩擦が生じて炎症が起こります。特に妊娠中や更年期の女性、手を多用する職業の方に多くみられ、近年ではスマートフォンの普及により「スマホ腱鞘炎」と称されることもあります。

 

ばね指の場合は、指を曲げる腱(屈筋腱)が通る腱鞘で炎症が生じることで、腱の肥厚や腱鞘の狭小化が起こり、腱の滑走が妨げられます。これにより特徴的な「ばね現象」が引き起こされます。慢性的に指を酷使してきた中高年に多く発症し、親指、中指、薬指に好発する傾向があります。

 

ドゥ・ケルバン病とばね指の特徴的な症状と診断

ドゥ・ケルバン病とばね指はいずれも腱鞘炎の代表的な病態ですが、それぞれ異なる特徴的な症状を呈します。

 

ドゥ・ケルバン病の症状

  • 手首の親指側(橈側)に腫脹と疼痛が現れます
  • 物をつかむ、握るなどの動作で痛みが増強します
  • 親指を動かすと強い痛みが走り、日常生活動作に支障をきたします
  • 炎症が進行すると、親指の可動域制限を伴うことがあります

ドゥ・ケルバン病の診断には「アイヒホッフ(Eichhoff)テスト」が用いられます。これは親指を小指方向へ曲げた状態で痛みが増強するかを確認するテストです。自己診断としては、手首を小指側に90度曲げた状態で親指を下に引っ張ってみて痛みがあるか確認することも可能です。

 

ばね指(弾発指)の症状

  • 指を曲げた状態から伸ばしにくくなります
  • 指を伸ばそうとすると引っかかりが生じた後、急に音を立てて伸びる「ばね現象」が特徴です
  • 指の付け根(手掌部の中手指節関節付近)に疼痛や腫脹が見られます
  • 症状は朝方や寒冷時、長時間の休息後に増悪する傾向があります
  • 進行すると指が完全に動かなくなることもあります

ばね指の診断は、指の付け根の圧痛や腫脹の有無、特徴的なばね現象の確認によって行われます。また、リウマチ患者や糖尿病患者、透析中の患者では発症リスクが高いため、これらの既往歴も重要な診断情報となります。

 

両疾患とも問診と視診、触診による臨床所見が診断の中心となり、画像検査は補助的に用いられます。症状が長期化すると関節拘縮などの二次的問題が生じるため、早期診断と適切な介入が重要です。

 

腱鞘炎に対する保存的治療法とその効果

腱鞘炎の治療は、まず保存的治療法から開始するのが一般的です。これらの方法は患者の負担が少なく、多くの症例で効果が期待できます。

 

1. 安静と活動制限
腱鞘炎の治療において最も基本的かつ重要なのは、誘因となった活動や運動を制限し、患部を安静にすることです。特にスマートフォン操作、楽器演奏、手指を多用するスポーツや作業などを控えることが重要です。

 

2. テーピング・装具療法

  • テーピング:腱鞘炎の初期症状や軽度の痛みに効果的です。患部の過度な動きを制限し、炎症を抑制します
  • 装具療法:専用のサポーターやスプリントを使用して、患部を適切に保護し安静を保ちます
  • 特に夜間に装着することで、睡眠中の無意識な動きから患部を守ることができます
  • 注意点:完全に動きを制限しすぎると関節拘縮のリスクがあるため、医師の指導のもと適切な装着時間を守ることが重要です

3. 薬物療法

  • 外用消炎鎮痛薬(湿布、塗り薬):局所の炎症を抑制する効果があります
  • 内服薬:必要に応じて非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs)を使用します
  • 超音波療法:温熱効果により炎症を抑制する補助的治療として用いられます

4. ステロイド注射
保存的治療の中でも特に効果が高いとされるのが腱鞘内ステロイド注射です。

  • 効果:炎症を起こしている腱鞘内に直接ステロイド剤を注入することで、2〜3週間以内に症状改善が期待できます
  • 持続期間:通常3ヶ月から半年程度効果が持続します
  • 有効率:ばね指で70〜80%、ドゥ・ケルバン病で70〜90%という高い有効性が報告されています
  • 注意点:糖尿病患者では血糖値上昇のリスクがあるため、投与の判断には慎重を要します
  • トリアムシノロンは特に効果が高いとされています

保存的治療の選択にあたっては、症状の程度、患者の日常生活やニーズ、基礎疾患などを総合的に考慮し、個別化した治療計画を立てることが重要です。多くの症例では複数の保存的治療法を組み合わせることで相乗効果が得られます。

 

ステロイド注射と手術治療の適応と実施方法

腱鞘炎の治療において、保存的療法で十分な効果が得られない場合、ステロイド注射治療や手術療法が検討されます。それぞれの適応と具体的な実施方法について解説します。

 

ステロイド注射治療
適応。

  • 保存的治療(安静、装具療法、薬物療法など)で症状の改善が見られない場合
  • より迅速な症状緩和が必要な場合
  • 炎症症状が強い場合

実施方法。

  • 局所の消毒後、腱鞘内に直接ステロイド剤(トリアムシノロンなど)を注入します
  • 必要に応じて局所麻酔薬を併用することもあります
  • 通常、複数回(2〜3回程度)にわたって注射を行います

効果と注意点。

  • ばね指では70〜80%、ドゥ・ケルバン病では70〜90%の有効率が報告されています
  • 効果の持続期間は通常3ヶ月から半年程度です
  • 糖尿病患者では血糖値上昇のリスクがあるため、慎重に適応を判断する必要があります
  • 腱断裂などの合併症リスクがあるため、同一部位への頻回な注射は避けるべきです

手術療法(腱鞘切開術)
適応。

  • ステロイド注射を含む保存的治療で効果が見られない場合
  • 症状が再発を繰り返す場合
  • 腱鞘の狭窄が高度で、保存的治療での改善が見込めない場合

手術方法。

  • ドゥ・ケルバン病の手術。
  • 局所麻酔下で、手首の親指側の腱鞘を1.5〜2cm程度切開します
  • 炎症が生じている腱鞘を離開し、必要に応じて隔壁の切除を行います
  • ばね指の手術。
  • 局所麻酔下で、ばね指の原因となっている腱鞘(A1プーリー)の真上の皮膚を約1cm切開します
  • 腱鞘を切開して腱の可動性を回復させます

術後管理。

  • 手術時間は10〜20分程度で、日帰り手術が一般的です
  • 抜糸は通常術後1週間程度で行います
  • 術後は腱がスムーズに動くようにするためのリハビリテーションを行います
  • 関節拘縮がある場合は特に術後リハビリが重要です

費用面。

  • 健康保険適用で、3割負担の患者で約6,000円、1割負担の患者で約2,000円程度です(薬代、診察代、処置代などは別途)

手術治療の成功率は高く、適切な術後管理を行えば多くの患者で良好な結果が得られます。しかし、すべての患者に手術が適しているわけではなく、症状の程度、患者の職業や生活環境、基礎疾患などを考慮した総合的な治療方針の決定が重要です。

 

腱鞘炎患者への予防指導と在宅セルフケアプログラム

腱鞘炎の再発防止や症状管理において、適切な予防指導と在宅でのセルフケアは重要な役割を果たします。医療従事者として患者に提供できる具体的な指導内容について解説します。

 

予防のための生活指導

  • 手や指、特に親指の過度な使用を避けるよう指導します
  • パソコンやスマートフォンの長時間連続使用は控え、定期的な休憩を取るよう推奨します(例:1時間に5〜10分程度)
  • 家事や仕事での手指の使い方を見直し、必要に応じて動作の修正を指導します
  • 腱鞘への負担が大きい手首を使うスポーツや楽器演奏などの活動は適度な時間配分を心がけるよう伝えます

エルゴノミクスの改善

  • スマートフォン操作時の姿勢や持ち方の指導(片手でのタイピングを避け、両手でバランスよく持つなど)
  • パソコン作業時のキーボード・マウスの位置や高さの調整方法
  • 作業台や調理台の高さ調整による手首への負担軽減
  • 適切な握力で道具を使用するよう指導(過度な力を入れない)

在宅でのセルフケアプログラム

  • 手首・指のストレッチングエクササイズ。
  • 手首を伸展・屈曲させるストレッチ(各方向に10秒間保持×3セット)
  • 指を一本ずつゆっくり広げて閉じる運動(10回×2セット)
  • 手のひらを合わせて胸の前で押し合う「合掌のポーズ」(10秒間保持×3セット)
  • 温熱療法と冷却療法。
  • 急性期(炎症初期):冷却パックでの冷却(15〜20分×1日3〜4回)
  • 慢性期:温湿布や温浴による温熱療法(15〜20分×1日2回)
  • 蝋浴(パラフィン浴):手の柔軟性向上と痛み緩和に有効(医師の指導のもとで実施)
  • 保護具の適切な使用法。
  • スプリントやサポーターの正しい装着方法
  • 夜間就寝時のスプリント装着の指導
  • 日常活動時の装着時間と休息のバランス

全身アプローチの重要性
腱鞘炎は局所的な症状ですが、その原因は首や肩、背中など他の部位にある場合もあります。患者の全身状態や姿勢、筋肉の連動性も考慮した総合的なアプローチが効果的です。

  • 首・肩のストレッチや筋力強化運動
  • 姿勢改善のためのエクササイズ
  • 肩甲骨の可動性向上のためのエクササイズ

特殊な患者集団への配慮

  • 妊娠中・産後の女性:ホルモンバランスの変化が影響するため、症状が自然軽快することもあります。出産後は授乳が終わると改善することも多いため、可能であれば早めの離乳も選択肢として検討します
  • 更年期の女性:ホルモン補充療法を受けている場合は担当医との情報共有が重要です
  • 糖尿病患者:血糖コントロールの重要性とステロイド治療の影響について説明します
  • リウマチ患者:基礎疾患の管理と並行した腱鞘炎の治療が必要です

定期的な症状のセルフモニタリングを指導し、悪化傾向がある場合は早期に医療機関を受診するよう促すことが重要です。早期介入により手術を回避できる可能性も高まります。

 

日本整形外科学会によるばね指の詳細な解説