疥癬の症状と治療方法
疥癬の基本情報
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原因
ヒゼンダニという小さなダニが皮膚の角質層に寄生する皮膚感染症
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分類
通常疥癬と角化型疥癬(ノルウェー疥癬)の2種類がある
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対応
早期診断と適切な治療により、集団感染を防ぐことが重要
疥癬の原因となるヒゼンダニの特徴
疥癬は、ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei var. hominis)と呼ばれる微小なダニが皮膚の角質層に寄生することで発症する感染症です。このダニは肉眼では確認できないほど小さく、約0.3〜0.4mmの大きさしかありません。虫眼鏡や顕微鏡で観察すると、楕円形の体と8本の短い脚を持つ特徴的な形態を確認できます。
ヒゼンダニの生態は疥癬の理解に不可欠です。メスのダニが皮膚の角質層に横穴(疥癬トンネル)を掘り、その中で産卵します。卵は3〜4日で孵化し、幼ダニから成虫になるまで約2週間かかります。成熟したメスダニは1日に2〜3個の卵を産み、4〜6週間生存します。
ヒゼンダニの生存条件について知っておくべき重要な点があります。
- 人の体温(約36℃)が最適な生育環境
- 皮膚から離れると通常24〜48時間しか生存できない
- 50℃以上の環境に10分以上さらすと死滅する
- 乾燥環境に弱く、湿度の低い環境では生存率が下がる
疥癬には大きく分けて通常疥癬と角化型疥癬(ノルウェー疥癬)の2種類があります。両者の違いを理解することは、感染対策の観点から特に重要です。
特徴 |
通常疥癬 |
角化型疥癬 |
寄生するダニの数 |
数十匹以下 |
100万〜200万匹 |
患者の免疫状態 |
通常は正常 |
免疫不全や高齢者に多い |
感染力 |
比較的弱い |
非常に強い |
かゆみの程度 |
強い(特に夜間) |
不定または弱い場合も |
主な症状部位 |
首から下(顔と頭部は通常含まない) |
全身(顔と頭部を含む) |
近年、医療機関や高齢者施設での集団感染が増加しており、医療従事者は両タイプの特徴を理解し、適切な予防策を講じることが求められています。
疥癬の典型的な症状と疥癬トンネル
疥癬の診断に欠かせない典型的な症状を理解することは、早期発見と適切な対応につながります。最も特徴的な症状は激しいかゆみで、特に夜間に悪化する傾向があります。これはヒゼンダニ自体の刺激に加え、ダニの排泄物や卵に対するアレルギー反応が原因です。
通常疥癬では、以下のような特徴的な皮膚症状が見られます。
- 疥癬トンネル:診断の決め手となる重要な所見です。メスのヒゼンダニが皮膚の角質層に掘った曲がりくねった線状の隆起で、長さは数ミリから1cm程度です。皮膚の柔らかい部分に好発し、手首の屈側、指間、指側面、手掌尺側、肘、足側縁、陰部などによく見られます。トンネルの先端部には小さな水疱(虫体を含む)が見られることもあります。
- 丘疹・小水疱:腹部、胸部、わき、大腿内側などに赤い粟粒大(1〜2mm)の発疹が散在します。これらは二次的な掻爬により湿疹化することも多く、かゆみの主な原因となります。
- 結節性病変:陰嚢、陰茎、大陰唇、臀部などに赤褐色の小結節(数mm大)を形成することがあります。これらはヒゼンダニに対するアレルギー反応と考えられ、強いかゆみを伴います。
症状の好発部位と特徴は以下のとおりです。
部位 |
特徴的な症状 |
手指間・手首 |
疥癬トンネル、小水疱 |
腹部・胸部・わき |
紅斑性丘疹 |
外陰部・臀部 |
結節、強いかゆみ |
肘・膝・足首 |
疥癬トンネル、丘疹 |
一方、角化型疥癬では症状の様相が大きく異なります。厚い灰白色から黄白色の角質増殖が手・足・肘・膝・臀部などに生じ、顔面や頭部にも症状が見られることが特徴的です。通常疥癬と異なり、かゆみを訴えない患者も多いため、見逃されやすく施設内感染の原因となることがあります。
疥癬の症状は他の皮膚疾患(アトピー性皮膚炎、皮脂欠乏性湿疹など)と類似点が多いため、鑑別診断が重要です。特に以下のポイントが診断の助けになります。
- 夜間に増強する激しいかゆみ
- 家族や同居者に同様の症状がある
- 特徴的な部位(指間、手首、外陰部など)の皮疹
- 施設内や病院での集団発生との関連
疥癬を疑う場合、早期に皮膚科専門医に相談することで、適切な診断と治療につながります。
疥癬の確定診断とその難しさ
疥癬の確定診断は、ヒゼンダニ、その卵、または糞便を検出することで行われます。しかし、この検出作業は専門的な知識と技術を要するため、診断の難しさがしばしば課題となります。
診断のための検査法には主に以下のようなものがあります。
- 顕微鏡検査:疥癬トンネルや丘疹から皮膚を少量採取し、水酸化カリウム(KOH)溶液で処理後、顕微鏡下で観察します。虫体、卵、糞便(茶褐色の小点)が確認できれば確定診断となります。
- ダーモスコープ検査:非侵襲的に皮膚表面を拡大観察できる器具を用いて、疥癬トンネル内のヒゼンダニを「デルタ・ジェットサイン」(黒い三角形状の虫体の頭部)として確認する方法です。近年、診断精度の高い方法として注目されています。
- 掻爬標本の検査:丘疹や水疱の屋根を小さなメスで削り取り、スライドグラス上で検鏡します。
診断の難しさとして特筆すべき点は、皮膚科専門医が行った場合でも、ヒゼンダニの検出率は60%前後にとどまることです。これには複数の理由があります。
- 通常疥癬では寄生しているヒゼンダニの数が少なく(半数の患者で5匹以下)、検体採取部位の選択が難しい
- 患者がすでに掻破しているため、ダニが検出しにくい状態になっている
- 他の皮膚疾患との症状の類似性から、診断が紛らわしい
- 非典型例、特に高齢者や免疫不全患者では特徴的な症状を呈さないことがある
診断の精度を高めるためには、以下のアプローチが有効です。
- 疥癬トンネルが疑われる部位(手指間、手首など)から優先的に検体を採取する
- 陰性であっても、臨床的に疑わしい場合は繰り返し検査を行う
- 疫学的情報(接触歴、集団発生との関連など)を診断の参考にする
- 不確実な場合は、治療的診断(診断的治療)も考慮する
特に医療機関や介護施設での集団発生が疑われる状況では、確定診断を待たずに感染対策を開始することも重要です。検査で陰性であっても、典型的な臨床像を呈する場合は疥癬の可能性を念頭に置いた対応が求められます。
疥癬治療に用いられる内服薬と外用薬
疥癬の治療は、ヒゼンダニの駆除を主目的とし、症状の緩和も図ります。現在、日本で使用されている治療薬は内服薬と外用薬に大別され、それぞれに特徴があります。治療薬の選択と適切な使用方法を理解することが、効果的な治療につながります。
内服薬による治療
- イベルメクチン(ストロメクトール®)
- 作用機序:ヒゼンダニの神経伝達物質に作用し、麻痺・死滅させる
- 用法・用量:体重1kgあたり200μgを空腹時に単回経口投与
- 治療スケジュール:初回投与後、1〜2週間後に2回目の投与を行うのが一般的
- 適応:特に角化型疥癬や広範囲の感染例、外用薬が使いづらい部位の多い患者に有効
- 注意点:妊婦・授乳婦・体重15kg以下の小児には禁忌
イベルメクチンは高い効果と安全性を示し、近年疥癬治療の第一選択薬として位置づけられています。通常1〜2回の服用で効果が見られますが、角化型疥癬では追加投与が必要な場合もあります。
外用薬による治療
- フェノトリン(スミスリン®ローション)
- 種類:ピレスロイド系殺虫剤
- 使用方法:入浴後に全身(頭頸部を含む)に塗布し、12時間後に洗い流す
- 特徴:2014年に日本で承認された比較的新しい治療薬で、効果が高く副作用が少ない
- クロタミトン(オイラックス®クリーム)
- 使用方法:首から下の全身に塗布し、3日連続使用後に入浴
- 特徴:かゆみ止め効果も併せ持つが、ペルメトリンと比較すると効果がやや劣る
- 安息香酸ベンジル(疥癬治療薬)
- 使用方法:入浴後に全身に塗布し、24時間後に洗い流す
- 特徴:古くから使用されている薬剤で比較的安価だが、皮膚刺激性がある
- 注意点:特殊製剤のため、処方には患者または代理人の同意が必要
- イオウ製剤
- 濃度:10%程度のイオウ含有軟膏を使用
- 特徴:比較的安全だが、刺激性と独特の臭気がある
- 適応:妊婦や小児など他剤が使用できない場合の選択肢
治療を成功させるための重要なポイントは以下の通りです。
- 全身治療の原則:外用薬は症状の有無にかかわらず首から下の全身(角化型疥癬では顔面や頭部も)に確実に塗布する必要があります。隅々まで塗布するために、自分で届かない部分は介助者の協力を得ることが重要です。
- 治療期間と判定:治療開始から1〜2週間程度で症状改善がみられますが、完全に症状が消失するまでには数週間を要することがあります。2回連続して疥癬虫が検出されず、疥癬トンネルの新生がない場合を治癒と判断します。
- 併用療法の考慮:重症例や角化型疥癬では、内服薬と外用薬の併用が効果的な場合があります。
- 注意すべき併用薬:ステロイド外用薬はヒゼンダニに対する免疫反応を抑制し、症状を悪化させる可能性があるため、疥癬の治療中は避けるべきです。
- かゆみへの対応:抗ヒスタミン薬を併用することで夜間のかゆみが緩和され、睡眠の質改善につながります。
治療効果の判定には専門医による定期的な経過観察が重要です。治療後も疥癬後遺症として一時的にかゆみが続くことがありますが、これは必ずしも治療失敗を意味するものではありません。
疥癬治療後の経過と再発予防策
疥癬は適切な治療により完治する疾患ですが、治療後の経過観察と再発予防策も重要です。以下に、治療後の経過と再発防止のためのポイントを解説します。
治療後の経過と注意点
疥癬の治療を開始すると、一般的に以下のような経過をたどります。
- 治療開始後1〜2週間で症状の改善が見られる
- 完全に症状が消失するまでには通常疥癬で約1ヶ月、角化型疥癬で約2ヶ月程度要する
- ヒゼンダニが駆除された後も、「疥癬後遺症」としてかゆみや皮疹が残存することがある
特に「疥癬後遺症」について理解しておくことが重要です。これは、死滅したヒゼンダニの成分に対するアレルギー反応が持続するためで、追加の駆虫治療が必要ないケースが多いものの、患者の不安につながりやすい症状です。このため、治療前から患者にこの可能性について説明し、治療後も適切な経過観察を行うことが重要です。
感染拡大防止と再発予防のための環境整備
疥癬の再発予防と施設内感染拡大防止には、以下の対策が有効です。
- 寝具・衣類の適切な処理
品目 |
処理方法 |
洗濯可能な衣類・寝具 |
50℃以上のお湯に10分以上浸した後に洗濯、または乾燥機を使用 |
洗濯不可能な物品 |
ビニール袋に密封し、1週間以上経過後に使用 |
日常的に使用する物品 |
定期的に高温処理または洗浄を行う |
- 居住環境の清掃と管理
- 掃除機での丁寧な清掃(特にベッド周囲やソファなど)
- モップや粘着シートでのホコリ・皮膚片の除去
- 共有スペースの定期的な清掃
- 医療・介護施設での感染対策
- 患者の個室管理(特に角化型疥癬の場合)
- 接触予防策の実施(手袋・ガウン着用)
- 接触者の定期的なスクリーニングと予防的治療の検討
- 医療従事者への教育と情報共有
- 家族内での予防対策
- 密接な身体接触の制限(特に治療初期)
- 共用タオルの使用禁止
- 家族全員の注意深い症状観察
再発の早期発見と対応
疥癬は治療後に再発することもあるため、以下の点に注意して経過を観察することが重要です。
- 治療完了後も2〜4週間は定期的な皮膚観察を継続する
- 新たなかゆみや皮疹が出現した場合は早期に医療機関を受診する
- 家族や同居者に疑わしい症状が出現した場合も速やかに受診する
特に注目すべき点として、疥癬は通常疥癬と角化型疥癬で感