ドルテグラビルは耐性変異が出にくいはずが、1日2回投与にすると耐性既往でも再び有効になります。

HIVウイルスは感染後、自身のRNAを逆転写してDNAを合成し、宿主細胞のゲノムに組み込もうとします。この「組み込み」の最終ステップを担う酵素がインテグラーゼです。インテグラーゼ阻害薬(INSTI:Integrase Strand Transfer Inhibitor)は、このインテグラーゼの「Strand Transfer(鎖転移)」反応を特異的に阻害することで、HIVの増殖を抑えます。
インテグラーゼは宿主細胞には存在しない酵素です。これが重要です。つまり、正常細胞を傷つけることなくHIVだけを選択的に攻撃できる、クラスとして副作用プロファイルが比較的良好な理由の一つになっています。
他の抗レトロウイルス薬(逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬)と作用機序が異なるため、多剤併用療法(ART)の中核薬として組み合わせに利用されます。現在のガイドラインでは、初回治療レジメンとしてINSTI+NRTIの2剤または3剤が標準的な選択肢です。
2025年3月現在、日本で承認されているINSTI単剤・配合剤は以下のとおりです。
参考)治療の現状と問題点 - 薬剤耐性HIVインフォメーションセン…
| 一般名 | 商品名(略称) | 用法 | 承認年(日本) | 世代 |
|---|---|---|---|---|
| ラルテグラビル | アイセントレス(RAL) | 400mg 1日2回 または 600mg 1日1回 | 2008年 | 第1世代 |
| エルビテグラビル配合(STB) | スタリビルド(EVG/cobi/TDF/FTC) | 1錠 1日1回 | 2013年 | 第1世代 |
| エルビテグラビル配合(GEN) | ゲンボイヤ(EVG/cobi/TAF/FTC) | 1錠 1日1回 | 2016年 | 第1世代 |
| ドルテグラビル | テビケイ(DTG) | 1錠 1日1回(耐性例は1日2回) | 2014年 | 第2世代 |
| DTG/ABC/3TC配合 | トリーメク(TRI) | 1錠 1日1回 | 2015年 | 第2世代 |
| DTG/RPV配合 | ジャルカ(DTG/RPV) | 1錠 1日1回 | 2018年 | 第2世代 |
| ビクテグラビル配合(BVY) | ビクタルビ(BIC/TAF/FTC) | 1錠 1日1回 | 2019年 | 第2世代 |
| DTG/3TC配合 | ドウベイト(DVT) | 1錠 1日1回 | 2020年 | 第2世代 |
| カボテグラビル(経口) | ボカブリア錠(CAB) | 1錠 1日1回(導入期) | 2022年 | 第2世代 |
| カボテグラビル(筋注) | ボカブリア水懸筋注(CAB i.m.) | 1〜2か月ごと | 2022年 | 第2世代 |
配合剤の多さが目立ちます。これが今の処方環境の特徴です。1日1錠で完結するSTR(Single Tablet Regimen)が主流になっており、患者のアドヒアランス向上に大きく貢献しています。
なお、スタリビルドはTDFを含むためビクタルビやゲンボイヤと比べ腎機能への影響に注意が必要です。ゲンボイヤはTAFに変更されており、腎・骨への影響が軽減されています。
参考)治療の現状と問題点 - 薬剤耐性HIVインフォメーションセン…
参考:日本で承認されている抗HIV薬の一覧(2025年3月現在・薬剤耐性HIVインフォメーションセンター)
治療の現状と問題点 - 薬剤耐性HIVインフォメーションセン…
INSTIを理解するうえで外せない概念が「Genetic barrier(遺伝的障壁)」です。これは、薬剤耐性を獲得するために必要な変異の数・頻度を示す指標であり、高いほど耐性変異が出にくいことを意味します。
第1世代のRALとEVGはGenetic barrierが低い薬剤です。具体的には、N155H・Q148H/R/Kなどの1〜2か所の変異で、有意な耐性が生じることが報告されています。 さらに問題なのは、RALとEVGには交差耐性があるため、一方に耐性が出ると他方も使えなくなる点です。
参考)HIV感染症「治療の手引き」を読み直す │ KANSEN J…
一方、第2世代のDTG・BIC・CABはGenetic barrierが高い薬剤です。治療歴のない患者においては、これらの薬剤への耐性変異は臨床試験でほとんど検出されていません。つまり、適切なアドヒアランスが保たれれば耐性は出にくいということです。
| 比較項目 | 第1世代(RAL・EVG) | 第2世代(DTG・BIC・CAB) |
|---|---|---|
| Genetic barrier | 低い | 高い |
| 主な耐性変異 | N155H、Q148H/R/K | R263K(DTG)など |
| 交差耐性 | RAL↔EVGで高い | DTG→BICは部分的交差あり |
| 食事の影響 | EVGは食後推奨 | ほぼ食事非依存(DTG・BIC) |
| 腎機能への影響 | EVG/cobi/TDFは要注意 | TAF配合製剤は比較的安全 |
ただし、DTGとBIC間には部分的な交差耐性が存在することが報告されており、DTGに治療失敗した症例でBICをスイッチする場合は慎重な耐性検査が推奨されます。第2世代だから完全に安心というわけではありません。
参考)HIV感染症「治療の手引き」を読み直す │ KANSEN J…
INSTIの副作用として教科書的によく挙げられるのは悪心・頭痛・下痢といったGI症状ですが、実際の臨床で問題になることが多いのは精神神経系の副作用です。これは意外に見落とされています。
DTG(ドルテグラビル)では不眠・悪夢・情動不安定・うつ症状などの精神神経系副作用の報告が蓄積されています。 頻度は数%程度とされていますが、HIV感染患者はもともとメンタルヘルスの問題を抱えているケースが多く、実臨床での影響は統計数字以上に大きいことがあります。就寝前投与から朝投与に変更することで改善する例もあり、服用タイミングの調整も一つの対策です。
参考)治療の現状と問題点 - 薬剤耐性HIVインフォメーションセン…
BIC(ビクテグラビル)でも同様の神経精神系副作用が報告されていますが、DTGより頻度が低い可能性が示唆されています。ただし、どちらも個人差が大きいため、患者に事前に説明しておくことが重要です。
また、DTGには妊婦への使用について注意が必要です。妊娠初期(受胎前後)のDTG投与と神経管閉鎖障害との関連が2018年のボツワナのデータで示唆され注目されました。その後の大規模データでリスクは低い(0.1〜0.3%程度)とされていますが、妊娠を希望する女性患者への説明と選択肢の提示は欠かせない点です。
参考:テビケイ(ドルテグラビル)の作用機序と副作用(パスメド)
https://passmed.co.jp/di/archives/96
INSTIで最も実臨床に影響する相互作用は、CYP阻害ではなくキレート形成(chelation)です。これが見落とされがちなポイントです。
INSTIはMg²⁺やCa²⁺などの2価・3価金属イオンとキレートを形成し、吸収が著しく低下します。具体的には以下のような製品・食品が問題になります。
RAL(ラルテグラビル)では、制酸剤との同時服用でAUCが最大57%低下するとの報告があります。DTGやBICは食事の影響は受けにくいとされますが、高用量の鉄剤・カルシウム製剤との同時服用は避け、少なくとも2時間の間隔を空けることが推奨されています。
薬剤師として患者が鉄剤やサプリメントを自己判断で追加していないか確認する習慣が重要です。HIV患者では貧血や骨粗しょう症の管理のために補充療法が行われることも多く、相互作用が見落とされやすい環境にあります。
EVGはCYP3A4阻害薬であるコビシスタット(ブースター)との配合剤として使用されるため、CYP3A4基質の薬剤との相互作用も多く確認が必要です。スタリビルドやゲンボイヤを使用している患者では、スタチン・抗不整脈薬・免疫抑制剤などの用量調整が必要になる場合があります。
参考:HIV感染症「治療の手引き」解説(The IDATEN 感染症内科セミナー)
HIV感染症「治療の手引き」を読み直す │ KANSEN J…
INSTIの臨床応用は、経口薬の多剤配合剤から、さらに「注射製剤」「2剤レジメン」へと広がっています。これは服薬管理の概念を根本から変えるものです。
カボテグラビル筋注(ボカブリア筋注)はリルピビリン筋注(リカムビス)と組み合わせて、1〜2か月ごとの投与で維持療法が可能な長時間作用型注射(LA-ART)として2022年に日本で承認されました。 毎日の内服を要する経口ARTと比較して、アドヒアランスへの負担が大幅に軽減されます。とくに「飲み忘れ」「錠剤の隠蔽」(開示できない環境での服薬)が問題になっている患者層への有用性が期待されています。
参考)治療の現状と問題点 - 薬剤耐性HIVインフォメーションセン…
一方、GEMINI試験で実証された「DTG+3TC(2剤レジメン)」も注目されています。これはドウベイト(DTG/3TC)として2020年に日本で承認されており、NRTIの骨格となるTAFやTDFを含まない点でTAF関連の長期副作用(骨・腎への影響)を回避できる選択肢です。ただし、B型肝炎の合併例・HIV-RNA 50万コピー/mL以上・3TC耐性がある場合には使用できないため、適応の確認が必須です。
また、現在開発中の長時間作用型INSTIとしてレナカパビル(カプシド阻害薬)との組み合わせ療法や、経口2剤・注射レジメンの研究が進んでいます。今後10年でHIV治療の「頻度」はさらに下がる可能性があり、患者の生活の質向上という観点でINSTIの役割はますます重要になります。
参考:頻用される抗HIV薬一覧(国立病院機構大阪医療センター薬剤部 2025年4月版)
https://osaka.hosp.go.jp/wp-content/themes/osaka-iryou/img/department/khac/knowledge/kou_hiv/hivmedicine_list.pdf
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