杯細胞(goblet cell)は、腸管上皮に広く分布する粘液分泌性の単細胞腺であり、「さかずき」状の特徴的な形態を持ちます。細胞質内に大量のムチンを含む分泌顆粒を蓄積するため、核は基底部に押しやられて扁平化しています。杯細胞の主要な機能は、MUC2という糖タンパク質を主成分とする粘液を産生・分泌することです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsci/39/6/39_522/_pdf/-char/ja
腸管における杯細胞の分布には、小腸と大腸で顕著な差異が認められます。小腸上皮では杯細胞は全体の約6%を占めるのに対し、大腸では約16%まで増加します。この違いは、腸内細菌叢の密度が高い大腸において、より強固な粘膜バリアが必要とされるためです。大腸の遠位結腸では、杯細胞から分泌されるムチンが厚さ約150μmの内層と約800μmの外層からなる二層構造の粘液層を形成し、腸内細菌を上皮から分離しています。
参考)ムチン(mucin)|用語集|腸内細菌学会
杯細胞から分泌されるムチンの性質も、腸管部位によって異なります。小腸上部では中性ムチンの割合が高く、小腸下部から大腸にかけては酸性ムチンが増加します。特に遠位結腸では硫酸化糖を含む強酸性ムチンの割合が著しく高くなり、腸内細菌による分解を受けにくい性質を獲得します。この粘液層は約2μm/分の速度で上層へ拡散し、腸の蠕動運動と相まって細菌を排泄する動的システムとして機能しています。
パネート細胞(Paneth cell)は、小腸陰窩の底部に位置する特殊な分泌細胞であり、細胞質内に好塩基性の分泌顆粒を豊富に含む特徴的な形態を持ちます。この細胞は、オーストリアの生理学者Joseph Panethにちなんで名付けられました。パネート細胞は大腸には通常存在せず、小腸陰窩にのみ分布する点で杯細胞とは大きく異なります。
参考)2459腸内微生物叢最前線
パネート細胞の最も重要な機能は、α-defensin(クリプトジンとも呼ばれる)という抗菌ペプチドを大量に産生・分泌することです。ヒトのパネート細胞は2種類のα-defensin(HD5とHD6)を発現し、これらは32~36個のアミノ酸からなる塩基性ペプチドで、分子内に3個のジスルフィド結合を有します。α-defensinは、細菌の細胞膜に挿入されて膜の機能を崩壊させることで殺菌作用を発揮します。
参考)ディフェンシン(defensin)|用語集|腸内細菌学会
パネート細胞はα-defensin以外にも、リゾチーム、ホスホリパーゼA2、RegIIIγ、angiogeninなどの多様な抗菌物質を分泌します。リゾチームは特にグラム陽性菌に対して高い効果を示します。これらの抗菌物質を複数組み合わせることで、パネート細胞は細菌、寄生虫、エンベロープを持つ一部のウイルスなど、幅広い病原体に対して効果を発揮します。パネート細胞は、細菌成分であるリポ多糖やムラミールジペプチドなどへの暴露に応答して、これらの抗菌物質を腸管内腔に迅速に分泌します。
参考)パネート細胞(Paneth cell)|用語集|腸内細菌学会
小腸と大腸では、杯細胞とパネート細胞の分布パターンに明確な違いがあり、これは各部位の生理学的機能を反映しています。小腸では、杯細胞の数が大腸と比べて少なく、粘液層も薄く非連続的です。その一方で、小腸陰窩の底部には大腸に存在しないパネート細胞が配置され、抗菌ペプチドの産生に特化しています。
参考)腸管上皮細胞と腸内細菌との相互作用 : ライフサイエンス 領…
パネート細胞は十二指腸から回腸にかけて分布しますが、その数と機能には部位差があります。十二指腸や空腸と比較して、回腸の陰窩ではパネート細胞の数がより多く、細胞内顆粒中のα-defensinの発現量も高くなっています。この分布の違いは、回腸が小腸の中で最も細菌密度が高い領域であることと関連しています。
大腸では状況が大きく異なります。大腸陰窩には通常パネート細胞は存在せず、抗菌ペプチドによる防御は主に腸管上皮細胞全体が担います。その代わりに、大腸では杯細胞の数が小腸の約6%から約16%へと顕著に増加し、厚い二層構造の粘液層を形成することで物理的バリアとしての役割を強化しています。この粘液層の内層は約150μmの厚さを持ち、ほとんど無菌状態に保たれています。
興味深いことに、大腸陰窩にはパネート細胞は存在しませんが、幹細胞を支持する機能を持つCD24+c-kit+細胞というパネート細胞様の細胞が存在することが報告されています。これは、小腸におけるパネート細胞の幹細胞ニッチ形成機能が、大腸では別の細胞種によって代替されていることを示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3911891/
パネート細胞は単なる抗菌物質の産生細胞ではなく、腸管上皮幹細胞のニッチを構成する重要な細胞として認識されています。小腸陰窩の底部では、Lgr5陽性の腸管上皮幹細胞とパネート細胞が交互に配置されており、パネート細胞は幹細胞に直接隣接しています。この特殊な空間配置が、幹細胞の維持と機能に重要な役割を果たしています。
参考)Paneth細胞は腸管上皮幹細胞のニッチを構成していた : …
パネート細胞は、Wnt3、EGF、Dll4などの幹細胞増殖因子を発現し、特にWntの産生を介してLgr5幹細胞の幹細胞機能を強力にサポートしています。Wnt3の発現は、in situハイブリダイゼーションによりパネート細胞に特異的に確認されています。細胞組織体培養の実験では、Wntシグナルを阻害すると細胞が死滅することが示され、パネート細胞からのWnt供給が幹細胞の生存に必須であることが明らかになりました。
遺伝子操作によりパネート細胞を減少または欠損させたマウスでは、それに相関してLgr5幹細胞も減少または消失することが確認されています。この知見は、パネート細胞が腸管上皮幹細胞のニッチとして機能していることの直接的な証拠です。パネート細胞は、Notchシグナルを幹細胞に入力することで、幹細胞の機能を維持するニッチとしても重要な役割を担っています。
パネート細胞自体は、腸管上皮幹細胞から分化した細胞であり、分化後は下方へ移動して陰窩底部に定着します。この独特の移動パターンは、吸収上皮細胞や杯細胞が上方へ移動するのとは対照的です。パネート細胞の寿命は他の上皮細胞と比べて長く、この特性により幹細胞ニッチとしての安定した環境提供が可能となっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10036411/
炎症性腸疾患(IBD)、特にクローン病では、杯細胞とパネート細胞の両方に異常が認められ、これらが病態の発症や進行に関与していることが示されています。クローン病の回腸炎では、パネート細胞によるα-defensin(HD5とHD6)の発現と分泌が低下しており、これはパネート細胞の分化障害によるものと考えられています。この分化障害は、Wnt転写因子の発現低下と関連しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5895641/
パネート細胞の数の減少や異所性出現も、炎症性腸疾患の特徴的な所見です。パネート細胞の機能低下は、腸内細菌叢の制御不全を引き起こし、炎症の悪化につながります。さらに、パネート細胞の顆粒形態の異常や脱顆粒障害も報告されており、これらの変化が疾患の起点となる可能性が示唆されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7791172/
杯細胞に関しても、炎症性腸疾患では数や機能の変化が観察されます。SAMP1/YitFcマウスという自然発症性回腸炎モデルでは、杯細胞とパネート細胞の両方が局所的に増加していることが確認されています。これは、炎症に対する代償的な応答として、上皮細胞の分化パターンが変化することを示しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1602382/
オートファジー(自食作用)の障害も、パネート細胞の機能不全を介して炎症性腸疾患の発症に関与しています。ATG16L1などのオートファジー関連遺伝子の変異を持つ患者では、パネート細胞の顆粒形態異常や抗菌ペプチド分泌の障害が生じます。ミトコンドリア機能障害もパネート細胞の異常を引き起こし、腸管幹細胞から機能不全のパネート細胞への転換を促進することで、クローン病の再発を予測する指標となることが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7569388/
これらの知見は、杯細胞とパネート細胞の正常な機能が腸管の恒常性維持に不可欠であり、これらの細胞の異常が炎症性腸疾患の病態に深く関与していることを示しています。