副甲状腺ホルモン(PTH)は、甲状腺の裏側に位置する副甲状腺(上皮小体)から分泌される84個のアミノ酸からなるポリペプチドホルモンです。副甲状腺は通常、甲状腺の背面に上下左右の4ヶ所に存在する米粒大の小さな内分泌器官です。ただし、個人によっては4つではなく5つ以上ある場合(約15%)や、甲状腺の背側以外の場所に存在する異所性副甲状腺の場合もあります。
PTHの化学構造は、ペプチドホルモンに分類されます。ホルモンは化学構造によって大きく3種類(ペプチドホルモン、ステロイドホルモン、アミン・アミノ酸型ホルモン)に分けられますが、PTHはペプチド結合したアミノ酸の鎖からなるタンパク質性のホルモンです。
PTHの生成過程では、まず115アミノ酸からなるプレプロPTHとして合成され、その後細胞内で前駆体のプロPTHへと変換され、最終的に84アミノ酸のPTHとして分泌されます。特に重要なのはPTHのN末端(1-34)領域で、このセグメントが生物学的活性に必須とされています。このため、テリパラチドという骨粗鬆症治療薬としてPTH(1-34)が利用されています。
副甲状腺細胞におけるPTHの分泌調節は、主に血中カルシウム濃度によって制御されています。副甲状腺細胞の表面にはカルシウム感知受容体(CaSR)があり、血中カルシウム濃度の低下を検知するとPTHの分泌が促進され、逆に血中カルシウム濃度が上昇するとPTHの分泌が抑制されるフィードバック機構が働いています。これにより、血中カルシウム濃度が一定範囲内に維持されているのです。
副甲状腺ホルモン(PTH)の最も重要な機能は、血中カルシウム濃度の調節です。具体的には、PTHは血中カルシウム濃度を上昇させる働きがあり、これは以下の3つの主要な標的臓器への作用によって実現されています。
まず骨への作用として、PTHは骨からのカルシウム放出を促進します。骨は体内最大のカルシウム貯蔵庫であり、PTHは骨芽細胞に発現するPTH受容体に結合して破骨細胞分化因子(RANKL)の発現を誘導します。これにより破骨細胞の形成・活性化が促進され、骨吸収が亢進してカルシウムが血中へ放出されます。
次に腎臓への作用として、PTHは遠位尿細管とヘンレ係蹄上行脚でのカルシウム再吸収を促進します。これにより、カルシウムの尿中排泄が減少し、血中へのカルシウム保持が強化されます。一方で、近位尿細管でのリン再吸収は抑制し、リンの尿中排泄を促進します。これにより血中のカルシウム/リン比のバランスが調整されます。
さらに腸への間接的な作用として、PTHは腎臓での1α-水酸化酵素活性を高めることで、25-ヒドロキシビタミンDから活性型の1,25-ジヒドロキシビタミンD(カルシトリオール)への変換を促進します。カルシトリオールは小腸でのカルシウム吸収を増強するため、結果的にPTHは腸からのカルシウム取り込みも増加させることになります。
PTHと拮抗的に働くのが、甲状腺C細胞から分泌されるカルシトニンです。カルシトニンは血中カルシウム濃度の上昇に応じて分泌が増加し、骨からのカルシウム放出を抑制し、腎臓でのカルシウム再吸収を減少させることで血中カルシウム濃度を低下させます。このようにPTHとカルシトニンの相互作用により、血中カルシウム濃度の恒常性が維持されているのです。
適切なカルシウム濃度の維持は、筋肉の収縮、神経伝達、細胞内シグナル伝達、血液凝固など多くの生理的プロセスに不可欠であり、PTHはこの恒常性維持の中心的な役割を担っています。
副甲状腺ホルモン関連ペプチド(PTHrP)は、副甲状腺ホルモン(PTH)と構造的・機能的に類似したペプチドで、141個のアミノ酸からなるタンパク質です。特にN末端の13アミノ酸残基のうち6個がPTHと同一であることから、PTHと同様の生物活性を示します。PTHとPTHrPは同じPTH受容体を介して作用するため、類似した生理作用をもたらしますが、その発現パターンと生理的役割には重要な違いがあります。
PTHrPは、正常な生理条件下では様々な組織(皮膚、乳腺、平滑筋、軟骨など)で局所因子として産生され、主に発生や分化の調節に関わっています。特に胎児期において重要な役割を果たし、軟骨内骨化の調節や乳腺の発達に必須です。乳癌や肺癌などの悪性腫瘍細胞によって過剰に産生されると、悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症(MAH: Malignancy-Associated Hypercalcemia)の主要な原因となります。実際、悪性腫瘍による高カルシウム血症の約80%がPTHrPによるものとされています。
PTHrPはオートクリン(自己分泌)やパラクリン(傍分泌)因子として局所的に作用することが多く、これはPTHが内分泌ホルモンとして血流を介して全身に作用するのとは対照的です。また、PTHrPは選択的スプライシングや翻訳後修飾によって複数のアイソフォームが産生され、各アイソフォームは異なる生理機能を持つ可能性があります。
臨床的には、PTHrPの過剰産生は悪性腫瘍の存在を示唆する重要なマーカーとなります。特に、原因不明の高カルシウム血症の鑑別診断においてPTHrP測定は重要な検査となります。PTHrPが高値で、かつPTHが抑制されている場合は、悪性腫瘍による高カルシウム血症を強く疑う所見となります。
PTHrPの詳細な生理機能と臨床的意義について詳しく解説された日本内分泌学会の論文
近年の研究では、PTHrPが骨代謝以外にも多様な生理機能を持つことが明らかになっており、心血管系の調節、膵β細胞の増殖促進、脂肪組織の褐色化抑制など、様々な代謝過程に関与していることが示唆されています。このような多面的な役割から、PTHrPは単なるPTHの類似ペプチドではなく、独自の重要な生理的意義を持つことが認識されつつあります。
副甲状腺ホルモン(PTH)は骨代謝に重要な役割を果たしていることから、その特性を活かした治療薬が開発されています。特に注目すべきは、PTHのN末端34アミノ酸(PTH 1-34)を活性部分として利用したテリパラチドという骨粗鬆症治療薬です。
テリパラチドは、PTHの骨に対する作用を利用した骨形成促進薬で、従来の骨吸収抑制剤(ビスホスホネート製剤など)とは異なるメカニズムで骨粗鬆症を治療します。興味深いことに、PTHの投与方法によって骨への作用が大きく異なります。持続的な投与では骨吸収が優位となり骨密度を低下させますが、間欠的(1日1回または週1回)の投与では骨形成が優位となり骨密度を増加させます。この現象は「PTHの間欠投与効果」と呼ばれ、テリパラチドの臨床応用の基盤となっています。
テリパラチドの臨床的特徴として、特に骨折リスクの高い重症骨粗鬆症患者や、他の骨粗鬆症治療薬に反応しない患者に対して優れた効果を示します。具体的には、椎体骨折リスクを約65%、非椎体骨折リスクを約35%低減することが大規模臨床試験で証明されています。
日本骨代謝学会による骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン
テリパラチドには日本では「フォルテオ®」という1日1回皮下注射する製剤と、「テリボーン®」という週1回皮下注射する製剤があります。安全性の観点から、ラットの長期投与試験で骨肉腫発生リスクが示唆されたことから、投与期間は最長24ヶ月(テリボーンでは72週)に制限されています。ただし、ヒトでの骨肉腫発生率の増加は確認されていません。
最近の研究では、テリパラチドによる治療後にデノスマブなどの骨吸収抑制剤を続けることで、テリパラチドによって獲得された骨密度をより長期間維持できることが示されています。このような逐次療法は、骨粗鬆症の長期管理戦略として注目されています。
また、PTHの応用は骨粗鬆症治療だけではなく、骨折治癒の促進や、歯科領域でのインプラント周囲の骨形成促進など、様々な臨床応用の可能性が研究されています。PTHの骨代謝調節作用の理解が深まるにつれ、今後さらに新たな治療アプローチが開発されることが期待されています。
副甲状腺ホルモン(PTH)検査は、カルシウム代謝異常の原因鑑別において重要な診断的価値を持っています。現在の臨床検査では、主にインタクトPTH(iPTH)が測定され、これは生物学的活性を持つPTH(1-84)を検出します。正常値は通常15-65 pg/mLとされていますが、検査方法や施設により若干の差異があります。
PTH検査の解釈において最も重要なポイントは、同時に測定する血清カルシウム値との関係です。PTHとカルシウムは通常、負のフィードバック関係にあり、血清カルシウム値が高ければPTHは低下し、カルシウムが低ければPTHは上昇するのが生理的反応です。この関係に矛盾がある場合、病的状態を疑う重要な手がかりとなります。
具体的な異常パターンとしては、以下のようなものがあります。
内科学会雑誌:カルシウム代謝異常の鑑別診断アプローチ
PTH検査の臨床的意義は多岐にわたります。骨粗鬆症患者では、隠れた原発性副甲状腺機能亢進症のスクリーニングとして有用です。慢性腎臓病患者では、二次性副甲状腺機能亢進症の程度を評価し、治療方針の決定や効果判定に役立ちます。また、不明熱や全身倦怠感、骨痛などの非特異的症状の鑑別診断にも貢献します。
臨床上の注意点として、PTH値は日内変動があり、一般的に午前中が高く午後から夕方にかけて低下する傾向があります。また、食事、特にカルシウム摂取による影響を受けることがあるため、検査の標準化のために早朝空腹時の採血が推奨されています。さらに、腎機能低下患者ではPTH代謝が遅延するため、軽度のPTH上昇は慎重に解釈する必要があります。
近年では、より詳細な骨代謝評価のために、PTH以外にも骨形成マーカー(オステオカルシン、P1NPなど)や骨吸収マーカー(NTXなど)と併せて測定することが増えています。これらを総合的に評価することで、より精度の高い骨代謝異常の評価が可能となっています。