フェンタニルはフェニルピペリジン系の合成オピオイド鎮痛薬で、μオピオイド受容体に対して極めて高い選択性を示します。受容体結合試験では、ヒト・クローン化μオピオイド受容体に対するKi値は1.02nmol/Lと非常に高い親和性を示す一方、δオピオイド受容体に対してはKi=1530nmol/L、κオピオイド受容体に対してはKi=1080nmol/Lと、μ受容体への選択性が1000倍以上高いことが確認されています。
参考)医療用医薬品 : フェンタニル (フェンタニル注射液0.1m…
この高いμ受容体選択性により、フェンタニルは強力な鎮痛作用を発揮します。モルヒネの鎮痛効果の50~100倍とされ、臨床現場では中等度から高度のがん性疼痛や術後疼痛の管理に広く使用されています。作用機序としては、μオピオイド受容体を介したアゴニストとして作用し、痛覚情報伝導経路の興奮を抑制することで鎮痛作用を示します。
参考)フェンタニル|鎮痛剤|薬毒物検査|WEB総合検査案内|臨床検…
近年の研究では、フェンタニルがモルヒネとは異なる二次結合ポケットを利用してμオピオイド受容体に結合することが低温電子顕微鏡により明らかにされました。この構造的特性により、フェンタニルはβ-アレスチンの動員を促進し、これが呼吸抑制との関連性を示唆する重要な知見となっています。
参考)フェンタニルとの闘いの進展
モルヒネは天然由来のオピオイド鎮痛薬で、200年以上の使用実績を持つ強オピオイド鎮痛薬の基本薬剤です。モルヒネは肝臓において主にグルクロン酸抱合を受け、約60%がmorphine-3-glucuronide(M3G)に、約10%がmorphine-6-glucuronide(M6G)に代謝されます。残り約10%は未変化体のまま尿中に排泄されます。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/opioid/6679
M6Gはモルヒネと同様にオピオイド受容体に対して作用し、鎮痛作用を示すとともに、消化器症状・傾眠・呼吸抑制などの有害事象にも関連します。一方、M3Gは鎮痛活性を持たないものの、神経興奮性を惹起し、せん妄・ミオクローヌス・痙攣などの有害事象や痛覚過敏に関与することが報告されています。
参考)[保険診療のてびき] href="http://www.hhk.jp/gakujyutsu-kenkyu/ika/230729-100000.php" target="_blank">http://www.hhk.jp/gakujyutsu-kenkyu/ika/230729-100000.phplt;br/href="http://www.hhk.jp/gakujyutsu-kenkyu/ika/230729-100000.php" target="_blank">http://www.hhk.jp/gakujyutsu-kenkyu/ika/230729-100000.phpgt;がん疼痛への対応 ~鎮痛薬の…
腎機能障害患者では、M6GおよびM3Gの血中濃度が上昇し、有害事象のリスクが増加します。eGFR 30ml/min以下の腎機能障害合併例では、モルヒネの使用を避けることが望ましいとされています。また、尿量の減少はM6G腎クリアランスの低下と相関し、傾眠傾向などの副作用と深く関わることが明らかにされています。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-08771228/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-08771228/amp;mdash; 研究課題をさがす
フェンタニルには多様な製剤が存在し、患者の状態や疼痛の性質に応じて使い分けられます。主な製剤形態として、貼付剤(経皮吸収型製剤)、注射液、舌下錠、バッカル錠があります。
参考)フェンタニルの効果と副作用を解説!モルヒネとの比較
貼付剤は経皮的に吸収されて全身作用を示す製剤で、口から薬を飲むことや注射時に血管確保が困難な患者でも使用可能なため、在宅医療で広く活用されています。効果が3日間持続するタイプ(デュロテップMTパッチ、フェンタニル3日用テープ、ラフェンタテープ)と、1日1回貼り替えるタイプ(ワンデュロパッチ、フェントステープ、フェンタニルクエン酸塩1日用テープ)があります。貼付剤使用時の注意点として、貼付部位の温度上昇により吸収量が増加するため、40℃以上の発熱時や熱源への接触を避ける必要があります。
参考)医療用医薬品 : フェンタニル (フェンタニル3日用テープ2…
注射剤は即効性があり、持続時間が短いため持続静脈投与が行われます。心筋収縮力抑制作用が少なく、循環が不安定な場合にはモルヒネよりも推奨されます。タイトレーション(至適用量設定)にも有効で、がん性疼痛治療の導入期に使用されることがあります。
参考)ICUでよく使用される鎮痛薬と、その特徴は?
突出痛に対しては、速効性フェンタニル製剤(rapid onset opioid: ROO)として舌下錠やバッカル錠が使用されます。これらは痛みの発生からピークまでが急速で、持続時間が15~30分程度の突出痛に対して特に有効です。
参考)https://www.ra.opho.jp/wp-content/uploads/2021/05/seminar_2017_02_b.pdf
フェンタニルとモルヒネの副作用プロファイルには明確な違いがあります。モルヒネの主な副作用は眠気、吐き気、便秘とされ、投与初期には約40%の患者に悪心、15~25%に嘔吐が発生します。これらの消化器系副作用は、中枢性および末梢性の消化管運動抑制に起因し、通常1~2週間で耐性が生じて改善されることが多いですが、便秘については持続的な対策が必要となります。
参考)Q&A(よくある質問) href="https://kobe.hosp.go.jp/teammedicine/relaxationcare-team/qa.html" target="_blank">https://kobe.hosp.go.jp/teammedicine/relaxationcare-team/qa.htmlamp;#8211; 国立病院機構 神戸医…
一方、フェンタニルはモルヒネと比較して副作用が有意に少ないとされています。特にμ2受容体に対する親和性がモルヒネと比較して極めて低いため、便秘は軽度であることが多いという特徴があります。消化器系副作用が最小限であり、安全性および忍容性に優れているため、消化器癌患者の疼痛管理として有用とされています。
参考)302 Found
しかし、両薬剤ともに呼吸抑制のリスクがあり、特にフェンタニルは強力な呼吸抑制作用を持つため注意が必要です。フェンタニルによる呼吸抑制は、β-アレスチンの動員に関連していることが示唆されており、モルヒネとは異なる機序で生じる可能性があります。重篤な呼吸抑制の場合は、気道確保とオピオイド拮抗薬(ナロキソン)の投与を考慮します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7176292/
モルヒネ特有の副作用として、血管拡張作用やヒスタミン遊離作用による血圧低下があり、循環器への影響が懸念されます。腎障害がある場合は作用が遷延しやすく、M6GおよびM3Gの蓄積により有害事象が増加します。
フェンタニルとモルヒネ間のオピオイド換算は、適切な疼痛管理を行う上で重要な知識です。一般的な換算比として、経口モルヒネ60mg=フェンタニル皮下・静注600μg=フェントステープ2mg1枚(25μg/hr)が基本とされています。フェントステープ1mg≒経口モルヒネ30mgと覚えておくとレスキュー計算時にも役立ちます。
参考)https://www.okiyaku.or.jp/item/2885/original/%E5%8C%BB%E7%99%82%E9%BA%BB%E8%96%AC%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%80%9C%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E8%A3%BD%E5%89%A4%E3%81%AE%E7%89%B9%E5%BE%B4%E3%81%A8%E6%9C%8D%E8%96%AC%E6%8C%87%E5%B0%8E%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%84%E3%80%9C.pdf
注射剤の換算では、フェンタニル注射剤0.24mg/day(1日量)がモルヒネ注12mg/day(1日量)に相当します。ただし、換算比には個人差があり、実際の臨床では患者の反応を観察しながら用量調整を行う必要があります。
参考)http://www.kanwa.med.tohoku.ac.jp/study/pdf/index/2018/no01.pdf
レスキュードーズ(突出痛に対する追加投与)は、定期投与されているオピオイドの1日投与量の10~20%の量に設定するのが一般的です。フェンタニル貼付剤が投与されている場合、モルヒネ製剤やオキシコドン製剤を換算してレスキューとして使用することがあります。予測される体動時痛には予防的にレスキューを使用し、より効果発現の早いROO(rapid onset opioid)を使いこなすことが重要です。
参考)経口レスキュー薬の上手な使い方
オピオイド注射剤からフェンタニル貼付剤への切り替えでは、貼付後12~24時間は効果が十分に得られないため、フェンタニル貼付剤の効果発現までの間は注射剤を継続し、段階的に減量することが推奨されます。
参考)フェンタニル注射剤持続静脈内投与と貼付剤(リザーバー型)の投…
参考リンク。
がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(日本緩和医療学会)- オピオイド鎮痛薬の薬理学的知識について詳細に解説されています
強オピオイド4種の使い分けポイント(m3.com)- モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォンの臨床的使い分けが分かりやすくまとめられています
ICUでよく使用される鎮痛薬の特徴(看護roo!)- フェンタニルとモルヒネの循環器・呼吸器・消化器への影響について詳述されています