トラフ値を15〜20 µg/mLに保てば安全と思っているなら、そのモニタリングが腎障害を増やしていた可能性があります。
バンコマイシン塩酸塩(VCM)は主に腎臓から排泄される薬剤です。VCM腎症は10〜40%の頻度で発生するとされており、決して「まれな副作用」ではありません。 2021年に発表された大規模なメタアナリシスでは、バンコマイシンによる急性腎障害の発生率が約15〜20%の患者で認められることが判明しています。kobe-kishida-clinic+1
これは意外なデータです。
急性腎障害(AKI)や間質性腎炎が具体的な発現形態として報告されています。 特に以下の患者群ではリスクが顕著に上がります。
参考)バンコマイシン塩酸塩 – 呼吸器治療薬 - 神戸…
腎毒性にはトラフ値が指標となりますが、ピーク濃度(Cpeak)は腎毒性の指標にはなりません。 これが基本です。トラフ値20 µg/mL以上は腎毒性の発現が高率となるため推奨されていません。
参考)https://kch.or.jp/yakuzai/vcm.pdf
また、腎毒性のある薬剤——特にアミノグリコシド系抗生物質——との併用では腎機能障害リスクが著しく高まります。 日々の投与で複数の腎毒性薬剤が重なっていないか確認が必須です。
2020年に米国でバンコマイシンのTDMガイドラインが大きく改訂されました。 従来の「トラフ値15〜20 µg/mLを目標に管理する」方針から、AUC/MICを指標とする管理へ移行しています。
参考)バンコマイシンのTDMガイドライン改訂版 (米国版)|40代…
なぜ変更されたのでしょうか?
トラフ値のみのモニタリングでは、有効性が担保されない患者群がいること、そしてトラフ値管理が腎毒性の増加と関連していたことが複数の研究で示されたためです。 つまりトラフ値が原因です。
| 指標 | 旧ガイドライン(〜2019年) | 新ガイドライン(2020年〜) |
|---|---|---|
| 主要モニタリング指標 | トラフ値(15〜20 µg/mL) | AUC/MIC(目標400〜600 µg·h/mL) |
| 腎毒性との関連 | トラフ値管理で腎毒性増加の報告 | AUC管理でリスク軽減が示される |
| ルーチンのピーク値測定 | 実施されていた施設あり | 推奨しない |
| 日本での対応 | トラフ値中心 | TDMソフトウェア(PAT等)でAUC推定 |
日本化学療法学会の「抗菌薬TDM臨床実践ガイドライン2022」でも、AUC-guided TDMが腎機能障害リスクを軽減することが報告されています。 実臨床では1ポイントトラフ値からAUCを推定するTDMソフトウェア(PATなど)の活用が広まりつつあります。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/uploads/files/guideline/tdm_caution_2501.pdf
腎障害発現については、AUC>600 µg·h/mLを閾値としたメタ解析で、有意に腎毒性が高くなることが示されています(オッズ比2.10、95%CI 1.13〜)。 これは覚えておけばOKです。
参考)https://med-gakkai.jp/mrsa2020/pro/data/kyoiku2.pdf
なお、1日3回以上投与・腎機能低下例・小児では、トラフ値がAUC/MIC≧400達成の指標にならないことも多いため注意が必要です。
バンコマイシンTDMガイドラインの概要(抗菌薬TDM学会)についてはこちらが参考になります。
抗菌薬TDM臨床実践ガイドライン2022 エグゼクティブサマリー(日本TDM学会)
レッドマン症候群(現在は「Vancomycin Infusion Reaction:VIR」と呼ばれることも多い)は、バンコマイシンのヒスタミン遊離作用によって引き起こされる特徴的な副作用です。 顔面・頸部・上部体幹の紅潮やそう痒感、血圧低下が主な症状です。
参考)♦️ Red man症候群(Va…
1時間以内の急速静脈投与で5〜13%に発生するとされています。 意外なことに、経口投与でも発症例が報告されています。
参考)松下 ER ランチ・カンファレンス: レッドマ…
投与速度が原則です。添付文書では「1回の投与は60分以上かけて点滴静注」とされており、投与量が多い場合は以下のように時間を延長します。
参考)MRSA感染症とバンコマイシンのTDM戦略|N.T ユキミナ…
| 投与量 | 推奨投与時間 |
|---|---|
| 500mg〜1g | 60分以上 |
| 1.2〜1.5g | 90分以上 |
| 2g | 120分以上 |
500mg増えるごとに30分延長が目安です。 高リスク患者では抗ヒスタミン薬(H1+H2ブロッカー)の前投与も有効な予防策です。classicanesthesia+1
発症した場合の対処は「投与を一時中断→投与速度を落とす→抗ヒスタミン薬投与→再開時はさらに時間を延長」の流れです。 症状が出たら迅速な対応が大切です。
レッドマン症候群の詳細(Classic Anesthesia)はこちらが参考になります。
Red man症候群(Vancomycin infusion reaction)の最新知見(Classic Anesthesia)
腎毒性と比較して耳毒性は見落とされがちです。耳毒性の主な症状は以下のとおりです。
重要な点として、TDMガイドラインでは「耳毒性の指標としてのTDMの有用性にはコンセンサスが得られていない」とされています。 つまり、血中濃度だけで耳毒性リスクを予測できるわけではないということです。
とりわけアミノグリコシド系薬など耳毒性を持つ薬剤との併用時には耳毒性リスクが高まるため、TDMとあわせて聴力の経過観察が重要です。 血液透析患者では半減期が著しく延長されるため、投与設計にも注意が必要です。note+1
過量投与時には急性腎不全などの腎障害に加え、難聴などの第8脳神経障害を起こすおそれがあります。 これは必須の知識です。
バンコマイシンによる血液学的副作用は、臨床現場での認知度がやや低い分野です。好中球減少(無顆粒球症)・汎血球減少・血小板減少が重大な副作用として報告されています。 感染リスクの増加や出血傾向につながる可能性があります。
参考)https://www.nichiiko.co.jp/medicine/file/79010/interview/79010_interview.pdf
その他の重大な副作用として、中毒性表皮壊死融解症(TEN)・皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)が添付文書に記載されています。 頻度は低いものの、見逃せません。
特殊病態として「過大腎クリアランス(Augmented Renal Clearance:ARC)」を持つ患者——例えばICU管理中の若年外傷患者など——では、VCMの排泄が通常より速く、標準投与量では治療目標濃度に達しないリスクがあります。 近年の系統的レビューでは、こうした患者への持続投与が間欠投与よりも目標濃度達成のばらつきを抑え、腎毒性も低減できる可能性が示されています。
参考)【コラム】バンコマイシンの持続投与—過大腎クリアランス患者に…
| 副作用の種類 | 主な症状・検査値変化 | 特に注意すべき患者層 |
|---|---|---|
| 腎毒性 | BUN上昇、クレアチニン上昇、AKI | 高齢者、腎機能低下例、ICU患者 |
| 耳毒性 | 耳鳴り、難聴、めまい | アミノグリコシド系薬併用例 |
| レッドマン症候群 | 上半身紅潮、そう痒感、血圧低下 | 急速投与例、初回投与時 |
| 血液毒性 | 好中球減少、血小板減少、汎血球減少 | 長期投与例(3%未満) |
| 重篤な皮膚障害 | TEN、SJS | アレルギー歴がある患者 |
肝機能への影響としてAST上昇(3%以上)やALT上昇も報告されています。 長期投与では肝機能検査値の定期的なモニタリングも推奨されます。
参考)バンコマイシン塩酸塩散0.5g「NIG」の効能・副作用|ケア…
TDMを実施する際の具体的な投与設計方法については、亀田感染症ガイドラインも参考になります。
抗MRSA薬の使い方(亀田感染症ガイドライン):バンコマイシンの投与設計と副作用管理
バンコマイシン塩酸塩の副作用を最小化するためには、最新のAUC/MIC基準に基づいたTDM、適切な投与速度の遵守、腎機能・聴力・血液検査の定期的なモニタリングが三本柱となります。chemotherapy+2