アサコールを服用している患者が抜け毛を訴えても、「5-ASA製剤は腸だけに効く薬だから脱毛は別の原因のはず」と判断しがちです。

アサコール(一般名:メサラジン)は、潰瘍性大腸炎の寛解導入・寛解維持における第一選択薬として広く使われている5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤です。pH応答性コーティングにより主に大腸で薬効成分を放出するよう設計されており、腸管局所での抗炎症作用が中心となります。
では、なぜ「腸の薬」であるはずのアサコールが脱毛を引き起こすのでしょうか。
添付文書(2025年9月 第4版)の「11.2 その他の副作用」を確認すると、「その他」の欄・頻度不明の項目に「脱毛症」が明記されています。同じ欄には「発熱、耳鳴、筋肉痛、体重減少、ループス様症候群、赤血球沈降速度増加、倦怠感」といった全身性の副作用が並んでいます。つまり脱毛は、局所作用薬ではなく「全身的な副反応」として現れる可能性があるということです。
「頻度不明」とは、発現頻度を算出できるほどのデータがないことを意味します。これは「起こらない」ではなく「発生したが定量化できていない」という意味です。全日本民医連の副作用モニター(2016年時点)では、メサラジン系製剤(ペンタサ含む)全体でも30件の副作用報告が集積されており、そのなかで脱毛は2件報告されています。報告件数は少なくても、実臨床では見落とされているケースが一定数ある可能性を念頭に置く必要があります。
「頻度不明」だから安全、ではありません。
薬剤性脱毛がどのように起こるかを理解するには、毛髪の成長サイクル(ヘアサイクル)を把握しておくことが重要です。毛髪は「成長期→退行期→休止期」を繰り返しており、アサコールのような非細胞毒性薬では主に「休止期脱毛」タイプが引き起こされます。薬の影響で毛包が早期に休止期へ移行し、通常は全毛髪の約10%程度である休止期の割合が増加することで、びまん性の抜け毛が生じます。脱毛が目立ち始めるまでに服用開始から2〜4か月程度のラグがあるため、投与開始直後ではなく数か月後に初めて気づかれることが多いのです。これが時間的な因果関係をわかりにくくしている要因の一つです。
アサコール錠400mg 添付文書(KEGG medicus)|副作用の詳細分類・頻度一覧を確認できます
潰瘍性大腸炎の患者が脱毛を訴えた場合、まず考えるべきことがあります。アサコールによる副作用なのか、それとも別の原因が隠れているのか、という視点です。
鑑別すべき主な原因は大きく4つに整理できます。第一に、疾患活動性による脱毛です。潰瘍性大腸炎が活動期にある場合、炎症によるタンパク質・栄養の消耗、ストレス反応として休止期脱毛が誘発されます。この場合は疾患をコントロールすることが優先されます。第二に、アザチオプリン(イムラン・アザニン)や6-メルカプトプリンによる骨髄抑制性脱毛です。これはアサコール単独の脱毛とは全く機序が異なり、より深刻です。第三に、男性型・女性型脱毛症(AGA/FAGA)や円形脱毛症などの独立した脱毛疾患の併発。第四に、甲状腺機能低下症や鉄欠乏性貧血といった内分泌・代謝異常によるびまん性脱毛です。
これは難しい鑑別ですね。
鑑別の手がかりとして重要なのが「時間軸」と「パターン」です。アサコール開始から2〜4か月後にびまん性・均等な抜け毛が増えた場合はメサラジンによる休止期脱毛が疑われます。一方、開始直後に急激な全頭脱毛に近い状態が起きた場合は、アザチオプリン併用の有無とNUDT15遺伝子多型の検査結果を確認する必要があります。皮膚科専門医との連携が有効なのはこのタイミングです。
血液検査では甲状腺ホルモン(TSH・FT4)、血清鉄・フェリチン、CBC(血球数)を確認することで内因性の原因を除外できます。脱毛が起きたからといって、すぐにアサコールを中断するのではなく、原因の絞り込みを行った上で対応方針を決めることが肝心です。
なお、2024年改訂版のアサコール添付文書では、重大な副作用として「ANCA関連血管炎」が新たに追加されています。脱毛と同時に発熱・関節痛・皮疹・血尿などが認められる場合はループス様症候群やANCA関連血管炎の可能性があり、単なる脱毛として過小評価しないことが重要です。
炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020(日本消化器病学会)|IBD治療における皮膚科連携の方針が記載されています
アサコールによる脱毛を語るうえで、ステロイド依存例などでしばしば併用されるアザチオプリン(AZA)との関係を理解しておくことは不可欠です。これが見落とすと大きなリスクにつながる点です。
アザチオプリンは、服用開始後早期に発現する重度の急性白血球減少と「全脱毛」が、NUDT15遺伝子多型と強く関連することが明らかになっています。国立成育医療研究センターの資料では「白血球数減少や重度の脱毛といった重篤な副作用が一部の患者に生じる」と明記されており、現在は保険適用のNUDT15遺伝子多型検査を投与前に行うことが推奨されています。
アサコール単独の脱毛とAZA関連脱毛では、対応がまったく異なります。前者はびまん性の休止期脱毛で軽度〜中等度であることが多く、継続投与しながら経過観察が可能なケースもあります。後者は骨髄抑制による急激かつ広範な脱毛であり、早急な投与中止・減量を要します。
また、添付文書の相互作用欄を確認すると、アサコール(メサラジン)はアザチオプリンやメルカプトプリンとの「併用注意」が設定されています。「メサラジンがチオプリンメチルトランスフェラーゼ(TPMT)活性を抑制し、これら薬剤の代謝を阻害する」との報告があり、骨髄抑制があらわれるおそれがあると記載されています。つまりアサコールがAZAの毒性を増強する可能性があるのです。
AZA併用中の患者が脱毛を訴えた場合、単に「副作用として様子を見ましょう」では済まされない場面があります。定期的な血球数モニタリング(CBC)と脱毛の程度・経過の観察を組み合わせて評価することが、医療従事者として必須の対応です。AZA開始後は少なくとも最初の3か月は2週間ごとの血液検査が推奨されており、脱毛の有無もこの観察期間に合わせて確認する姿勢が求められます。
国立成育医療研究センター 潰瘍性大腸炎|NUDT15遺伝子多型と脱毛・骨髄抑制リスクの説明があります
患者から「最近抜け毛が多い気がする」「髪が薄くなってきた」と訴えがあったとき、医療従事者として何を伝え、どう動くべきか。ここが臨床での具体的な判断ポイントです。
まず確認すべきことがあります。「いつから抜け毛が増えたか」「アサコール開始・増量のタイミングと一致しているか」「AZAや他の薬剤を併用しているか」「全身症状(発熱・関節痛・皮疹・血尿)の有無」。これら4点を初期確認として押さえておくと、その後の対応が格段にスムーズになります。
次に重要なのが、自己判断での服薬中断を防ぐ点です。厚生労働省難病情報センターのデータによると、潰瘍性大腸炎は寛解維持のために長期的な薬物療法継続が必要であり、自己中断は再燃を招きやすいとされています。炎症が遷延することで大腸がんのリスクも増大します。長期的なIBD管理において、アドヒアランスの維持は治療の根幹です。
「脱毛が怖くて薬をやめてしまった」という患者は実際に存在します。脱毛の副作用を事前に説明しておくことで、患者の不安を事前に軽減し、症状が出たときに速やかに医療者に相談するという行動につなげられます。服薬指導の場でのこの一言が、将来の重篤な再燃を防ぐ可能性があります。
脱毛の原因がアサコールによる休止期脱毛と判断された場合、①継続投与しながら3〜6か月の経過観察、②必要に応じて処方医に報告・用量調整の検討、③皮膚科への紹介を通じた鑑別診断の補完、という3ステップが実際的な対応として機能します。自己中断より、まず相談が原則です。
患者向けに副作用情報を確認する際は「くすりのしおり」(RAD-AR)が患者にとってわかりやすい情報源であり、脱毛が副作用として記載されていることを確認したうえで一緒に見ながら説明するという方法も有効です。
アサコール錠400mg くすりのしおり(RAD-AR)|患者向けの副作用説明に活用できます
ここで触れておきたいのが、実臨床においてアサコール関連の脱毛が「副作用として記録されにくい」という構造的な問題です。これは見落としやすい盲点です。
潰瘍性大腸炎の患者が活動期に入ると、疾患そのものによる全身炎症、栄養障害、ストレスなどで休止期脱毛が起こり得ます。つまり、疾患活動性が高い時期にアサコールを使用していると、「脱毛の原因は病気の悪化のため」と判断されやすく、薬剤性脱毛の可能性が除外されやすい傾向があります。これが「偽陰性バイアス」として作用します。
逆に寛解期にアサコールを継続投与している患者が脱毛を訴えた場合、医師・薬剤師ともにアサコールの副作用より「AGA・甲状腺疾患・更年期」などを先に疑う傾向があります。これは臨床的な観点からは合理的ですが、アサコールによる休止期脱毛を後回しにすることで、適切な副作用モニタリングが行われないリスクを生む可能性があります。
薬剤師の立場から提案できることとして、潰瘍性大腸炎患者に対する定期的なアドヒアランス確認の中に「頭髪の変化についての問いかけ」を組み込むことが有効です。具体的には、「最近抜け毛が増えたり、髪が薄くなったと感じることはありますか?」という一文を服薬確認時に追加するだけで、早期発見の可能性が高まります。
また、長期にわたりアサコールを服用している女性患者では、びまん性脱毛を更年期の症状として患者本人も医療従事者も見過ごしやすい傾向があります。女性のIBD患者は潰瘍性大腸炎全体の約半数を占めており(男女比約1:1)、30〜40代の活動期世代では更年期前でも脱毛が生じうる年齢層です。服薬歴と脱毛の時間軸を丁寧に確認することが、この見落としを防ぐための基本対応となります。
IBDの多職種連携チーム(医師・薬剤師・看護師・管理栄養士)が定期的にカンファレンスを行う体制では、副作用の早期検出がより効率的に行えます。北里大学北里研究所病院のIBD専門センターのように、週次カンファレンスで患者の状態を共有する仕組みは、薬剤性脱毛のような「目立ちにくい副作用」の発見に有効です。
薬剤師が抑えておくべき炎症性腸疾患(IBD)最新治療(credentials.jp)|IBD治療における薬剤師の役割と副作用管理のポイントが詳しく解説されています
全日本民医連 副作用モニター情報 潰瘍性大腸炎治療薬の副作用|メサラジン製剤全体の副作用報告30件の内訳(脱毛含む)を確認できます

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