鉄欠乏性貧血は世界で最も多い栄養欠乏症の一つであり、医療従事者にとって正確な診断基準の理解は不可欠です。日本鉄バイオサイエンス学会が定める診断基準では、ヘモグロビン値の低下に加えて、総鉄結合能(TIBC)360μg/dL以上、血清フェリチン値12ng/mL未満という3つの条件を満たす必要があります。この診断基準は、鉄欠乏の進行段階を反映した合理的な設定となっており、貯蔵鉄の枯渇から機能鉄の不足へと至る病態生理を理解した上で評価することが重要です。
参考)Ⅱ 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の診断指針:3. 鉄欠乏・鉄欠乏性貧…
臨床現場では、貧血の程度を示すヘモグロビン値として、成人男性では13g/dL未満、成人女性では12g/dL未満を基準値として用います。WHOの国際基準もこれに準じており、小児では年齢によって基準値が若干異なることに注意が必要です。ヘモグロビン値単独では貧血の原因を特定できないため、後述する鉄代謝マーカーとの組み合わせによる総合的な評価が求められます。
参考)鉄欠乏性貧血の診断について|医師が解説する検査と診断基準
血清フェリチンは貯蔵鉄欠乏の診断において最も重要な指標であり、鉄欠乏性貧血の診断における特異性が非常に高いとされています。日本鉄バイオサイエンス学会では12ng/mL未満を鉄欠乏の基準としていますが、WHOガイドラインでは5歳未満の小児で12ng/mL未満、5歳以上では15ng/mL未満を採用しており、国際的には基準値に若干の違いがあります。一部の研究では、カットオフ値を30ng/mL未満とすることで感度が92%に改善したとの報告もあり、今後のガイドライン改訂が期待されています。
参考)鉄欠乏性貧血 - 11. 血液学および腫瘍学 - MSDマニ…
血清フェリチンの解釈には注意が必要で、発熱や感染症、炎症性疾患が存在する場合には急性期反応によりフェリチン値が上昇することがあります。このため慢性炎症を伴う患者では、フェリチン値が100ng/mL(慢性腎臓病では200ng/mL)を下回る場合に鉄欠乏症の合併を疑う必要があります。また、フェリチンは肝臓などの貯蔵器官に蓄積された鉄を反映しており、鉄欠乏の最も早期に低下する指標であるため、潜在性鉄欠乏の診断にも有用です。
参考)鉄分不足の症状は?フェリチンとは|ララクリニック柏の葉|柏市
総鉄結合能(TIBC)は血清フェリチンに次いで特異性が高く、鉄欠乏性貧血の補助診断指標として重要な役割を果たします。TIBCは血中でトランスフェリンと結合できる鉄の総量を示し、基準値は300~360μg/dLですが、鉄欠乏性貧血では360μg/dL以上に上昇します。これは体内の鉄が不足した際に、鉄を運搬するトランスフェリンが代償的に増加する生理的反応を反映しています。
参考)2024年2月 鉄欠乏性貧血
トランスフェリン飽和度(TSAT)は血清鉄/TIBC×100(%)で算出され、鉄欠乏の早期診断に有用な指標です。通常、血清中トランスフェリンの約1/3が鉄と結合し、残りの2/3が未結合の不飽和鉄結合能(UIBC)として存在していますが、鉄欠乏状態ではこの比率が変化します。トランスフェリン飽和度が16%以下になると鉄欠乏を疑い、20%未満を慢性炎症性疾患における鉄欠乏の診断基準とする報告もあります。血清鉄は日内変動が大きく単独での評価は困難ですが、TIBC・UIBCとの組み合わせにより診断精度が向上します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8912638/
ゼリア新薬の鉄欠乏性貧血診断ガイドには、血清鉄・TIBC・UIBCからTSATを導き出す換算表が掲載されており、臨床現場での実践的な参考資料として有用です
参考)https://medical.zeria.co.jp/product/ferinject/%E3%82%A8%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E8%A8%BA%E3%81%8B%E3%81%9F%E9%89%84%E6%AC%A0%E4%B9%8F%E6%80%A7%E8%B2%A7%E8%A1%80%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%84.pdf
鉄欠乏性貧血では、鉄不足によりヘモグロビン合成が障害されるため、赤血球が小型化し色素濃度が低下する小球性低色素性貧血を呈します。赤血球指数として測定される平均赤血球容積(MCV)、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)はいずれも低値を示し、貧血の鑑別診断において重要な情報を提供します。MCVの基準値は80~98fL、MCHは28~32pg、MCHCは30~36%であり、これらが基準値より低い場合には鉄欠乏性貧血を強く疑います。
参考)MCV/MCH/MCHC
ただし、ビタミンB12欠乏や肝障害などの大球性貧血を合併する場合には、相殺されて小球性を呈さないこともあるため注意が必要です。また、赤血球分布幅(RDW)は鉄欠乏性貧血では増大しますが、慢性炎症性疾患による貧血では正常範囲にとどまることが多く、両者の鑑別に有用とされています。網状赤血球数は通常低値を示し、骨髄での赤血球産生が抑制されていることを反映しています。末梢血塗抹検査では低色素性の小型赤血球が観察され、進行例では標的赤血球や鉛筆状赤血球などの形態異常も認められることがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/7/104_1375/_pdf
潜在性鉄欠乏(隠れ貧血)は、ヘモグロビン値が正常範囲(12g/dL以上)にもかかわらず血清フェリチン値が12ng/mL未満の状態と定義されます。この病態では貯蔵鉄が枯渇しているものの、まだヘモグロビン鉄が保たれているため明らかな貧血には至っていません。鉄欠乏が進行すると、まず肝臓などに貯蔵されたフェリチンが減少し、次いで血清鉄、最後にヘモグロビン鉄が減少して貧血が顕在化するという段階的な病態進行が特徴です。
参考)あなたは大丈夫?『隠れ貧血』① ~潜在性鉄欠乏症~|サプリメ…
潜在性鉄欠乏は成長期の年齢層や閉経前の女性に高頻度で認められ、疲労感や集中力低下などの非特異的症状を呈することがありますが、自覚症状に乏しく見逃されやすいという問題があります。診断には血清フェリチン測定が必須であり、一般的な健康診断項目には含まれていないため、医師に相談して追加検査を依頼する必要があります。潜在性鉄欠乏の段階で早期発見・早期治療を行うことで、鉄欠乏性貧血への進行を予防し、患者のQOL向上につながります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8744124/
鉄欠乏性貧血と慢性炎症性疾患に伴う貧血(ACD)の鑑別は、臨床上しばしば問題となる重要な課題です。両者とも小球性または正球性貧血を呈し、血清鉄が低下するため、血清フェリチンとTIBCの測定が鑑別の鍵となります。鉄欠乏性貧血では血清フェリチンが12ng/mL未満と著明に低下しTIBCが360μg/dL以上に上昇しますが、ACDでは血清フェリチンは正常または高値を示しTIBCは正常または低値となります。
参考)慢性疾患に伴う貧血 - 11. 血液学および腫瘍学 - MS…
慢性炎症性疾患では、炎症性サイトカインの影響により鉄調節ホルモンであるヘプシジンが増加し、マクロファージ内への鉄の隔離(iron sequestration)が起こります。この結果、血清鉄は低下しますが貯蔵鉄は保たれるため、フェリチン値は正常以上に維持されます。また、ACDではCRPの増加や血清アルブミン値の低下など慢性炎症を反映する所見が認められることがあります。慢性炎症がある場合、フェリチン値が100ng/mL(慢性腎臓病では200ng/mL)を下回る時には、ACDに鉄欠乏症が合併している可能性を考慮する必要があります。
参考)フェリチン上昇から考える - みやけ内科・循環器科【総合内科…
MSDマニュアルの慢性疾患に伴う貧血の項には、鉄欠乏性貧血との鑑別診断における詳細なアルゴリズムが解説されており、臨床判断の参考として推奨されます
近年、網状赤血球ヘモグロビン含量(Ret-He)や低色素赤血球比率(%Hypo)などの新しい診断マーカーが注目されています。Ret-Heは赤芽球へのヘモグロビン合成に利用可能な機能鉄を直接反映する指標であり、従来の鉄代謝マーカーよりも早期に鉄欠乏状態を検出できる可能性があります。最新のhematology analyzerでは自動測定が可能となり、鉄欠乏性貧血の診断および鉄剤治療効果のモニタリングに有用とされています。
参考)https://www.mdpi.com/2077-0383/11/19/5675/pdf?version=1664193225
%Hypoは赤血球中のヘモグロビン濃度が低い低色素赤血球の割合を示し、鉄利用障害の程度を評価する指標として特に透析患者などで活用されています。これらの新規マーカーは、炎症の影響を受けにくく、従来のフェリチンやトランスフェリン飽和度と比較して鉄欠乏の早期診断における感度が高いという利点があります。ただし、まだ標準化された基準値が確立されておらず、施設間でのカットオフ値の違いや測定機器の差異などの課題も残されており、今後の臨床研究の蓄積が期待されます。これらの新規マーカーを従来の鉄代謝検査と組み合わせることで、より正確で迅速な鉄欠乏性貧血の診断が可能になると考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10048437/

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