アデュヘルム(アデュカヌマブ)の添付文書は、2021年6月のFDA承認後、わずか1か月後の7月に異例の更新が行われました。この更新により、適応症と使用法のセクションが明確化され、臨床試験で対象となった病期が詳細に記載されています。
参考)https://www.eisai.co.jp/news/2021/news202156.html
添付文書によると、アデュヘルムはアルツハイマー病(AD)の治療を適応症としており、特に重要なのは「臨床試験において治療開始の対象としたADによる軽度認知障害または軽度認知症の患者において開始される必要がある」という記載です。これらの病期よりも早期または後期段階での治療開始に関する安全性と有効性のデータは存在しないため、医療従事者は患者選択において慎重な判断が求められます。
参考)https://www.biogen.co.jp/news/2022-04-01-news.html
💊 投与方法と頻度
この薬剤の特徴として、アミロイドβ(Aβ)に対するヒトモノクローナル抗体として作用し、脳内のアミロイドβプラークを減少させることでアルツハイマー病の病理に直接作用する点があります。従来のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬と異なり、疾病修飾的な効果を期待できる初めての治療薬として位置づけられています。
参考)https://www.eisai.co.jp/news/2021/news202141.html
添付文書で最も重要視されているのは、アミロイド関連画像異常(ARIA)の管理です。ARIAは多くの場合症状を引き起こさない一般的な副作用ですが、重篤化する可能性があるため、適切な監視システムの構築が不可欠です。
🔍 ARIA監視プロトコル
ARIAは主に脳内の一時的な浮腫として現れ、通常は時間の経過とともに減少します。一部の患者では浮腫とともに脳内または表面に小さな出血斑が生じることもあります。症状としては頭痛、錯乱、めまい、視力の変化、吐き気などが報告されており、これらの症状が現れた場合は直ちに医療提供者への連絡が必要です。
臨床試験データから見るARIA発現率
Phase 3試験(EMERGE試験、ENGAGE試験)のデータによると、ARIA-Eの発現率は高用量群で約35%、低用量群で約27%でした。重要なのは、多くの症例が無症候性であったという点ですが、約12%の患者で症候性ARIAが認められています。
その他の一般的な副作用として、頭痛と転倒が添付文書に記載されています。また、重篤なアレルギー反応の可能性も明記されており、投与時には十分な観察が必要です。
添付文書には、承認の根拠となった臨床試験データが詳細に記載されています。特に注目すべきは、迅速承認(Accelerated Approval)の条件として、アミロイドβプラークの減少効果に基づいて承認されている点です。
📊 主要臨床試験の概要
興味深いことに、ENGAGE試験では主要評価項目を達成できませんでしたが、post-hoc解析により、十分な投与期間と用量での効果が示唆されました。この結果は、アルツハイマー病治療における用量と投与期間の重要性を示しています。
バイオマーカーとしてのアミロイドPET画像
添付文書では、アミロイドPET画像による脳内アミロイドβプラークの定量的評価結果も記載されています。臨床試験では、78週時点で統計学的に有意かつ用量依存的なアミロイドプラーク減少が確認されています。
アミロイドβプラークの減少は、認知機能改善との相関も示されており、この代理バイオマーカーに基づく迅速承認の妥当性を支持するデータとなっています。しかし、FDA要求による第IV相検証試験(ENVISION試験)が進行中であり、臨床的有用性の最終確認が待たれています。
添付文書に基づく適切な患者選択は、治療成功の鍵となります。特に重要なのは、アミロイドβ病変の確認と認知機能レベルの評価です。
参考)https://www.ncgg.go.jp/ri/labo/01.html
🎯 患者選択の主要基準
添付文書では明記されていませんが、臨床実践においては、患者の全身状態、併存疾患、MRI禁忌の有無なども考慮すべき要因となります。特に、定期的なMRI検査が必要であることから、MRI適応のない患者(ペースメーカー植込み患者等)では使用できません。
アポリポプロテインE(ApoE)遺伝子型の考慮
臨床試験データによると、ApoE4キャリア(特にホモ接合体)では、ARIA発現リスクが高くなることが知られています。添付文書では必須ではありませんが、遺伝子検査の実施も検討事項の一つとされています。
また、患者・家族への十分なインフォームドコンセントも重要な要素です。迅速承認薬であること、長期的な臨床的有用性がまだ確認されていないこと、定期的な画像検査が必要であることなど、治療開始前に十分な説明が必要です。
2021年7月の添付文書更新は、医療界からの強い要望に応えて実施されました。当初の添付文書では、治療対象となる患者層の記載が不十分であったため、実臨床での混乱を招く可能性が指摘されていました。
参考)https://www.fsight.jp/articles/-/48090
🔄 更新された主な内容
この更新により、医療従事者は添付文書に基づいて、より適切な患者選択が可能となりました。しかし、承認から1か月という短期間での添付文書変更は異例であり、承認審査プロセスにおける課題も浮き彫りになりました。
今後の展望と課題
現在進行中のENVISION試験は、約1,500名の早期アルツハイマー病患者を対象とした検証試験です。この試験では、主要評価項目として18か月後のCDR-SB(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes)を設定しており、2026年頃に結果が公表される予定です。
また、多様性のある被験者登録を目指しており、黒人/アフリカ系およびラテン系の方々から少なくとも18%の登録を目標としています。これまでのアルツハイマー病臨床試験では、こうした集団での十分なデータが不足していたため、実臨床でのエビデンス構築において重要な意味を持ちます。
日本国内でのアデュカヌマブの承認申請は、2021年12月に薬事・食品衛生審議会で継続審議となっており、国内承認の見通しは現時点では不透明な状況です。しかし、アミロイド仮説に基づく疾病修飾薬としての意義は大きく、今後の認知症治療における重要な選択肢となる可能性があります。
参考)https://www.biogen.co.jp/news/2021-12-22-news.html
医療従事者にとっては、添付文書の内容を正確に理解し、適切な患者選択と安全管理を行うことが、この革新的な治療薬を最大限活用するための重要な要件となります。定期的な医学文献の確認と、関連学会からの最新情報の収集も継続的に行う必要があります。