アブサンス重積状態(absence status epilepticus)は、非痙攣性てんかん重積状態の代表的な病型で、臨床現場では意外にも見逃されることが多い疾患です。この状態では、通常数秒から数十秒で終了するはずのアブサンス発作が30分以上持続し、患者さんは夢の中にいるような朦朧とした意識状態に陥ります。
病態の根底にあるのは、視床皮質回路における異常な神経発射です。正常な意識を司る神経ネットワークが、3Hz前後の規則正しい異常放電によって「ハイジャック」された状態と考えると理解しやすいでしょう。患者さんの脳内では、まるでラジオの周波数が合っていないかのように、正常な意識活動がノイズに埋もれてしまっているのです。
特に注目すべきは、この状態では明らかな痙攣は認められないという点です。そのため、単なる意識障害や認知症の急性憎悪、精神科疾患と誤診されるケースが後を絶ちません。救急外来でよく遭遇する「なんとなく反応が悪い患者さん」の中に、実はアブサンス重積状態が潜んでいる可能性があることを、私たち医療者は常に念頭に置く必要があります。
アブサンス重積状態の臨床症状は、一見すると地味で非特異的に見えるため、診断の難しさがここにあります。最も特徴的なのは、患者さんがぼんやりとした表情で、こちらの呼びかけに対してワンテンポ遅れて反応する様子です。
典型的な症状として以下が挙げられます。
・意識レベルの軽度から中等度の低下(JCS I-20〜II-10程度)
・反応性の低下と動作の緩慢化
・軽度の認知機能障害
・瞬目の増加や軽微な自動症
・発語の減少や単調化
患者さんは完全に意識を失っているわけではなく、簡単な指示には従えることも多いのですが、複雑な思考や判断が困難になります。家族からは「いつもと様子が違う」「ぼーっとしている時間が長い」といった訴えで受診することが多く、症状の微妙さから診断に至るまでに時間を要するケースが珍しくありません。
興味深いことに、アブサンス重積状態では年齢によって症状の現れ方が異なります。小児では学習能力の一時的な低下や集中力の欠如として現れることが多く、成人では軽度の意識障害や記憶障害が前面に出ることが多いのです。
アブサンス重積状態の確定診断において、脳波検査は絶対に欠かせない検査です。典型的な脳波所見は、3Hz前後の全般性棘徐波複合が持続的に出現することで、この所見を見つけた瞬間、診断がほぼ確定します。
脳波の特徴的パターンには以下があります。
・3Hz棘徐波複合の持続(時に2-4Hzの範囲で変動)
・両側対称性で全誘導に出現
・過呼吸により増悪することが多い
・ベンゾジアゼピン投与により速やかに改善
診断のコツとして、脳波記録中にベンゾジアゼピン(ジアゼパム5-10mg静注)を投与し、異常波の消失と同時に意識レベルが改善することを確認する方法があります。この「治療的診断」は、アブサンス重積状態の診断において非常に有用で、臨床現場では「魔法のような」効果を目の当たりにすることができます。
画像診断では、頭部CTやMRIで明らかな異常を認めないことがほとんどですが、これも診断の一助となります。むしろ、構造的異常がないにも関わらず意識障害を呈している場合には、アブサンス重積状態を強く疑う必要があるのです。
最近の研究では、functional MRIやPETを用いた検討により、アブサンス重積状態時の脳内ネットワークの変化が詳しく解明されてきており、将来的にはより精密な診断が可能になることが期待されています。
アブサンス重積状態の治療は、迅速性と的確性が求められる領域です。第一選択薬はベンゾジアゼピン系薬剤で、特にジアゼパムやロラゼパムが推奨されています。これらの薬剤は、GABA受容体を介して速やかに異常放電を抑制し、多くの場合30分以内に症状の改善が期待できます。
治療のステップは以下のように進めます。
第一段階(初期治療)
・ジアゼパム 5-10mg 静注(効果不十分時は10-15分後に追加投与)
・またはロラゼパム 2-4mg 静注
第二段階(初期治療無効時)
・バルプロ酸ナトリウム 20-30mg/kg 静注
・またはレベチラセタム 20-30mg/kg 静注
第三段階(難治例)
・プロポフォール持続静注による麻酔
・ペントバルビタール持続静注
治療選択において重要なのは、患者さんの背景疾患や併存症を考慮することです。例えば、高齢者では呼吸抑制のリスクを考慮してベンゾジアゼピンの投与量を慎重に調整する必要がありますし、肝機能障害がある場合にはバルプロ酸の使用に注意が必要です。
また、最近注目されているのは、レベチラセタムの有効性です。この薬剤は肝代謝を受けにくく、薬物相互作用も少ないため、特に高齢者や多剤併用患者において選択しやすい治療選択肢となっています。
アブサンス重積状態の予後は、一般的に良好とされていますが、これは適切な診断と治療が行われた場合の話です。早期に診断され適切な治療を受けた患者さんの多くは、後遺症を残すことなく完全に回復します。しかし、診断の遅れや不適切な治療により、認知機能の低下や記憶障害が残存するケースも報告されており、注意が必要です。
長期的な管理において考慮すべきポイントがいくつかあります。まず、アブサンス重積状態を経験した患者さんでは、将来的に再発のリスクが高いことが知られています。そのため、基礎疾患としてのてんかんに対する長期的な抗てんかん薬治療の検討が必要になります。
また、興味深いことに、アブサンス重積状態は特定の誘因によって引き起こされることがあります。睡眠不足、過度のストレス、薬物の急激な中断、感染症などが引き金となることが多く、患者さんや家族への教育において、これらの誘因を避けることの重要性を伝える必要があります。
最近の研究では、アブサンス重積状態を繰り返す患者さんにおいて、軽微な認知機能の変化や学習能力への影響が報告されています。これは、見た目には完全に回復したように見える患者さんでも、より詳細な神経心理学的評価を行うと微細な変化が検出される場合があることを示しており、フォローアップの重要性を物語っています。
治療の成功は単に発作の停止だけでなく、患者さんが元の生活に戻れるかどうかにかかっています。そのため、急性期の治療だけでなく、社会復帰に向けた長期的なサポートも含めた包括的なアプローチが求められる疾患なのです。
(続く)