レベチラセタム(一般名)、イーケプラ(商品名)は、2010年9月に日本で販売が開始された比較的新しい抗てんかん薬です。UCBが創製し、日本では大塚製薬とUCBジャパンが販売・情報提供を行っています。近年、てんかん治療の選択肢として広く使用されるようになり、特に従来の抗てんかん薬とは異なる作用機序を持つことから注目されています。
レベチラセタムは当初、他の抗てんかん薬で効果不十分なてんかん患者に対する併用療法として承認されましたが、その後適応が拡大され、現在では部分発作(二次性全般化発作を含む)に対する単剤療法としても使用されています。また、強直間代発作に対しては他の抗てんかん薬との併用療法として使用が認められています。
2022年12月には点滴静注製剤に「てんかん重積状態」の適応が追加され、その臨床的価値はさらに高まっています。また、2023年6月にはドライシロップと点滴静注製剤の小児用量(生後1月以上)が承認され、幅広い年齢層での使用が可能になりました。
レベチラセタムの作用機序は、従来の抗てんかん薬とは全く異なる特徴を持っています。最大の特徴は、シナプス小胞タンパク質2A(SV2A)への結合です。SV2Aは神経終末のシナプス小胞に存在するタンパク質で、神経伝達物質の放出に重要な役割を果たしています。
レベチラセタムがSV2Aに結合すると、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出が抑制されます。グルタミン酸はてんかん発作の発生と伝播に関与する主要な興奮性神経伝達物質であるため、その放出を抑制することで発作を抑制する効果が得られます。
従来の抗てんかん薬のように電位依存性ナトリウムチャネルやカルシウムチャネルを直接阻害するのではなく、神経伝達物質の放出過程に作用するという点でレベチラセタムは独特です。このユニークな作用機序により、従来の抗てんかん薬が効果を示さないタイプのてんかんにも効果を発揮することが期待されています。
また、レベチラセタムはN型カルシウム受容体の抑制や細胞内カルシウムの遊離抑制にも関与していることが示唆されており、複数の作用点を持つことがその有効性に寄与していると考えられています。
レベチラセタムは比較的安全性の高い薬剤ですが、いくつかの特徴的な副作用に注意が必要です。特に精神症状は他の抗てんかん薬と比較して高頻度に出現することが報告されています。
主な副作用として以下が挙げられます。
特に注目すべきは精神症状で、イライラ感や易怒性が他の抗てんかん薬よりも高い頻度で出現することが知られています。JAMA Neurology(2019年)の報告では、以下の4つの因子が精神症状発現のリスク因子として指摘されています。
これらのリスク因子の数によって精神症状の出現頻度は変化し、リスク因子がない場合は約8%ですが、4つすべてのリスク因子を持つ患者では49%にも達するとされています。そのため、精神疾患の既往がある患者への投与は慎重に行う必要があります。
イライラや易怒性の症状は患者のQOLを著しく低下させる可能性があるため、服薬開始後の患者の精神状態の変化に注意深い観察が必要です。症状が強い場合は減量や代替薬への変更を検討する必要があるでしょう。
レベチラセタムには複数の剤形が存在し、患者の状態や年齢に応じて適切に選択することが重要です。現在、日本で使用可能なレベチラセタム製剤は以下の通りです。
錠剤は最も一般的な剤形で、成人や錠剤の服用が可能な小児に使用されます。1日2回の服用で血中濃度を維持することができます。
ドライシロップは主に錠剤の服用が困難な小児や高齢者に適しています。特に4歳以上の小児には1日量20mg/kgから最大60mg/kgの範囲で投与され、少量で効果が得られる場合と最大量が必要な場合があります。
点滴静注製剤は、以下の2つの状況で使用されます。
てんかん重積状態に対する点滴静注製剤の使用は、海外のガイドラインではLEV60mg/kg(最大4500mg/日)の用量が推奨されています。ESETT試験(NEJM 2019)では、レベチラセタムはバルプロ酸やホスフェニトインと同等の発作消失効果を示しています。
レベチラセタムの優れた特徴として、経口製剤のbioavailability(生物学的利用能)が100%であることが挙げられます。これにより、点滴静注から経口投与への切り替え時に同一用量で移行できるという利点があります。また、食事の影響を受けにくく、服薬後1.5時間程度で血中濃度がピークに達し、2日後には定常状態に到達するという薬物動態学的特性も臨床上の利点となっています。
レベチラセタムは他の抗てんかん薬と比較して、いくつかの特徴的な利点を持っています。これらの特性を理解することで、適切な薬剤選択が可能になります。
薬物相互作用の観点。
レベチラセタムの最大の特徴の一つは、他の薬剤との相互作用がほとんどないことです。多くの従来の抗てんかん薬(カルバマゼピン、フェニトイン、バルプロ酸など)は薬物代謝酵素の誘導や阻害を介して他の薬剤と相互作用を起こすことが知られていますが、レベチラセタムはCYP(シトクロムP450)を介さない代謝経路(腎臓から2/3、肝臓から1/3)を持つため、多剤併用が必要な患者に適しています。
有効性の比較。
部分発作に対する単剤療法としては、従来はカルバマゼピン(テグレトール)が第一選択薬として使用されていましたが、近年はレベチラセタムやラモトリギン(ラミクタール)が第一選択薬として使用されることが増えています。
ラモトリギンとの比較では、レベチラセタムは薬疹などの重篤な皮膚障害のリスクが低く、用量調整が容易という利点があります。一方でラモトリギンは精神症状の副作用が少ないという特徴があります。
特殊な患者集団での使用。
レベチラセタムとラモトリギンはどちらも新規抗てんかん薬として使用頻度が高いですが、患者の背景因子(精神疾患の有無、併用薬剤、腎機能など)を考慮して適切に選択する必要があります。
レベチラセタムは優れた薬物動態特性を持ち、臨床使用において大きな利点となっています。ここではレベチラセタムの薬物動態と適切な投与量設定について詳細に解説します。
薬物動態の特徴。
標準的な投与量設定。
成人の部分発作に対する標準的な投与量は以下の通りです。
小児(4歳以上)の場合。
特殊な状況での投与量調整。
薬物濃度モニタリング(TDM)。
レベチラセタムのTDMはグレードCとされており、ルーチンでの測定は必須ではありませんが、有効血中濃度域は12-46μg/mlとされています。服用開始2日後には定常状態に達するため、必要に応じてこのタイミングでの測定が参考になります。
レベチラセタムの薬物動態特性により、投与量の設定と調整が比較的容易であることは臨床的に大きなメリットです。しかし、副作用の出現や患者の臨床症状に応じて柔軟な用量調整が必要であることも忘れてはなりません。
レベチラセタムは、その独自の作用機序と良好な忍容性から、てんかん治療における臨床的位置づけが年々高まっています。特に従来の抗てんかん薬で効果不十分な患者や、薬物相互作用のリスクが高い患者に対して重要な選択肢となっています。
部分発作における位置づけ。
レベチラセタムは部分発作(二次性全般化発作を含む)に対する第一選択薬としての地位を確立しつつあります。従来の第一選択薬であったカルバマゼピン(テグレトール)に代わり、多くの神経内科医や小児神経科医がレベチラセタムを初発部分発作の治療に選択するようになっています。これは薬物相互作用の少なさや副作用プロファイル、使いやすさなどの利点によるものです。
強直間代発作における位置づけ。
強直間代発作に対しては、他の抗てんかん薬との併用療法として承認されています。特に従来の薬剤(バルプロ酸、カルバマゼピンなど)で効果不十分な場合の追加薬としての位置づけが明確になっています。
てんかん重積状態の治療。
てんかん重積状態は神経学的緊急事態であり、迅速な治療介入が必要です。従来、てんかん重積の第一選択薬はベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパム、ミダゾラムなど)、第二選択薬はフェニトイン(ホスフェニトイン)やバルプロ酸とされてきました。
レベチラセタム点滴静注製剤は、2022年12月に日本でてんかん重積状態の適応を取得し、第二選択薬の一つとして位置づけられるようになりました。ESETT試験(NEJM 2019)では、レベチラセタムはバルプロ酸やホスフェニトインと同等の有効性を示しています。
特に以下のような状況でレベチラセタム点滴静注が有用とされています。
てんかん重積状態に対するレベチラセタムの投与量は、海外のガイドラインでは60mg/kg(最大4500mg/日)が推奨されていますが、日本での承認用量に注意が必要です。重積状態では十分な投与量を確保することが重要とされています。
特定の患者群での優先的選択。
レベチラセタムが特に有用と考えられる患者群には以下が含まれます。
一方で、うつ病・不安障害・精神疾患を有する患者ではイライラなどの精神症状の副作用リスクが高いため、使用を控えるか慎重に投与する必要があります。
てんかん重積状態における第二選択薬の比較研究(ESETT試験)の詳細はこちら
レベチラセタムの臨床的位置づけは今後もさらに進化していくことが予想され、てんかん診療のスタンダードな選択肢として確立されつつあります。特に薬物相互作用の少なさは、多くの併存疾患を持つ患者の増加傾向がある現代において、非常に重要な特性といえるでしょう。