トロンボモジュリンリコモジュリン:DIC治療の新展開と作用機序

遺伝子組換えトロンボモジュリン製剤であるリコモジュリンのDIC治療における効果と安全性について詳しく解説。血液凝固制御における革新的な治療法とその応用について知りたくありませんか?

トロンボモジュリンリコモジュリンの作用機序と臨床応用

リコモジュリンの概要と特徴
⚕️
世界初のDIC治療薬

遺伝子組換え技術により開発された唯一のDIC治療薬として2008年に承認

🧬
生理的抗凝固因子

血管内皮細胞上に存在する天然のトロンボモジュリンと同様の作用を発揮

トロンビン依存性制御

血中トロンビン濃度に応じた抗凝固機能により安全性を確保

トロンボモジュリンの生理的機能と血液凝固制御

トロンボモジュリン(TM)は1982年に米国のEsmonらによってウサギ肺の血管内皮細胞から単離された糖タンパク質であり、血液凝固の制御において極めて重要な役割を担っています 。血管内皮細胞表面に存在するTMは、血中に出現したトロンビンと高親和性で結合し、トロンビン-TM複合体を形成します 。
参考)https://www.jsth.org/publications/pdf/tokusyu/20_1.009.2009.pdf

 

この複合体形成により、トロンビンには2つの重要な変化が起こります。第一に、トロンビンの凝固促進活性(フィブリノーゲンのフィブリンへの変換、第Ⅴ・第Ⅷ因子の活性化、血小板活性化)が失われ、第二にプロテインCに対する活性化能を獲得します 。活性化プロテインC(APC)は、プロテインSを補酵素として活性化第Ⅴ因子(FVa)および活性化第Ⅷ因子(FVIIIa)を分解・不活化し、トロンビン生成を強力に阻害します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/35/3/35_2024_JJTH_35_3_391-398/_html/-char/ja

 

TMの構造は5つの領域から構成され、レクチン様領域(D1)、上皮増殖因子(EGF)様領域(D2)、O型糖鎖結合領域(D3)、細胞膜貫通領域(D4)、細胞質領域(D5)に分けられます 。このうち、トロンビンによるプロテインC活性化の補助機能を担うのは6個連続するEGF様領域のうち、特に4、5、6番目のEGF様領域です 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/25/1/25_55/_pdf

 

さらに、TMはthrombin activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)の活性化を介した線溶制御も担っており、凝固と線溶のバランス維持において中核的な役割を果たしています 。
参考)https://med.toaeiyo.co.jp/contents/cardio-terms/pathophysiology/2-103.html

 

トロンボモジュリンの研究開発と遺伝子組換え技術

日本におけるトロンボモジュリンの研究は1986年に旭化成が開始し、鹿児島大学の丸山征郎先生、三重大学の鈴木宏治先生との共同研究により1987年に世界に先駆けてヒトトロンボモジュリン遺伝子の単離に成功しました 。この画期的な成果により、TMの活性部位が細胞外ドメインに存在することが明らかになりました。
参考)https://akp-pharma-digital.com/products/recomodulin/development

 

遺伝子工学技術を用いて細胞外ドメインのみを動物細胞で産生させることに成功し、この可溶性ヒトトロンボモジュリン(rTM)が現在のリコモジュリンの基礎となりました 。遺伝子組換え型ヒト可溶性トロンボモジュリンは、生体内TMと同様の機能を持ちながら、血管内の活性化トロンビンと結合してその凝固機能を不活化させ、形成されたトロンビン-TM複合体がプロテインCを活性化します 。
rTMの特徴として、血中トロンビン濃度に応じた抗凝固機能を発揮するため、出血などの重篤な合併症を最小限に抑制できる可能性があることが挙げられます 。これは従来の抗凝固薬とは異なる画期的な特性であり、DIC治療における安全性向上に大きく貢献しています。

トロンボモジュリンを用いたDIC診断と病態評価

DIC(播種性血管内凝固症候群)の病態では、血管内皮細胞の障害により内皮細胞表面に存在するTMの発現量が低下し、本来TMが持つトロンビン量に応じた抗凝固機能が発現できなくなります 。内皮細胞が傷害を受けると、TMは細胞内のプロテアーゼにより分解されて血中に遊離され、可溶性TMとなって尿中にも排泄されます 。
参考)https://test-directory.srl.info/akiruno/test/detail/00A000300

 

血中TM濃度の測定は血管内皮細胞の障害マーカーとして極めて有用であり、内皮細胞産生機能や障害度の推測が可能です 。TM高値を示す疾患には、DIC、全身性エリテマトーデス(SLE)、リウマチ熱、非代償期肝硬変、血管内凝固症、血栓性血小板減少性紫斑病、腎不全(腎炎・ネフローゼ症候群)、成人呼吸窮迫症候群、糖尿病、肺血栓塞栓症などがあります 。
逆に脳血栓の新鮮例では低値を示すことが知られており、血管内皮機能の評価において重要な指標となっています 。DIC病態時には大量のトロンビンが生成され、血管内壁のTM発現量低下により抗凝固機能が著しく障害されるため、外部からのrTM補充により血管内の抗凝固機能を回復させることが治療の基本戦略となります 。
参考)https://inouesho.jp/jyusyou/36/doc/DIC_TM.pdf

 

トロンボモジュリンの敗血症治療における革新的アプローチ

敗血症は世界的に重要な医療課題であり、過剰な炎症反応により全身の血管内皮障害が引き起こされ、多臓器不全が進行する致命的な病態です 。リコンビナントトロンボモジュリンは抗凝固作用に加えて重要な抗炎症作用を有することが基礎研究により明らかになっています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16K20381/

 

動物実験において、敗血症モデルマウスにrTMを投与した結果、LPS投与48時間後の生存率が有意に改善し、心臓、肺、肝臓、腎臓の臓器障害も有意に抑制されました 。さらに興味深いことに、各臓器の微小血管の超微形態観察では、敗血症マウスで認められた血管内皮内腔構造の破綻や血管内皮グリコカリックスの逸脱がrTM投与マウスで抑制されていました 。
このことから、rTMは血管内皮傷害から臓器を保護し、敗血症患者の生存率改善に寄与する可能性が示唆されています 。海外では敗血症関連凝固障害に対するSCARLET試験が実施されましたが、28日全原因死亡率において有意差は認められませんでした 。しかし、ヘパリン非投与サブグループでは死亡差が大きく、予定されているSCARLET-2試験では有効集団の絞り込みが期待されています 。
参考)https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=1868

 

トロンボモジュリンの臨床効果と安全性プロファイル

リコモジュリンの臨床効果は、造血器悪性腫瘍あるいは感染症を基礎疾患とするDIC患者232例を対象とした第3相臨床試験により検証されました 。リコモジュリン(380U/kg を1日1回30分静脈内持続投与)とヘパリン(8U/kg/hr 24時間静脈内持続投与)を6日間比較した結果、DIC離脱率の差の点推定値は16.2%(95%信頼区間:3.3%~29.1%)であり、統計学的非劣性が検証されました 。
特筆すべきは出血症状の経過において優れた効果を示し(p=0.0271)、同時に出血症状の消失率も高いという結果でした 。凝血学的検査値(TAT、D-ダイマー、PAI-1)についても高い改善効果を示し、これらは既存のDIC治療薬の臨床試験では検証できなかった画期的な成果です 。
参考)https://akp-pharma-digital.com/products/recomodulin/clinical-trial-1

 

安全性に関して、投与期間中7日目までの出血症状に関連する有害事象発現率は、リコモジュリン群で有意に低く、現時点でDICに対して最もしっかりとした臨床試験のエビデンスを持つ抗凝固薬であると評価されています 。ただし、臨床試験において7日間以上の投与経験は無いため、長期投与については慎重な検討が必要です 。
2008年の承認以降、使用成績調査(全例調査方式)、特定使用成績調査、製造販売後臨床試験が実施され、2017年12月に再審査結果が通知されました 。アンチトロンビン製剤との併用療法に関する後方視的解析では、1198例の感染誘発性DIC患者のデータから、特定のサブグループにおいて併用療法の有用性が示されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8851499/