舌痛症の症状と治療方法とストレス関連性

舌にヒリヒリ・ピリピリとした痛みが続く舌痛症は、見た目に異常がないのに苦しむ方が多い疾患です。原因がわからず何科を受診すべきか、あなたも悩んでいませんか?

舌痛症の症状と治療方法

舌痛症の基本情報
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定義

器質的な原因が見当たらないにも関わらず、舌に持続的な痛みや灼熱感を感じる慢性疾患

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好発年齢と性別

中高年に多く、特に女性(更年期後)に好発する

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持続期間

1日2時間以上、3カ月以上続く状態が診断の目安となる

舌痛症とは:口腔内灼熱症候群の特徴と診断基準

舌痛症(Glossodynia)は「口腔内灼熱症候群(Burning Mouth Syndrome)」とも呼ばれる病態で、口腔内、特に舌に生じる原因不明の痛みが特徴です。最大の特徴は、口腔内を専門的に診察しても明らかな原因疾患が見つからないにもかかわらず、患者さんが持続的な痛みやヒリヒリ感を訴える点にあります。

 

国際頭痛分類第3版では、口腔内に明らかな病変がなく、3カ月以上持続する口腔の灼熱感や痛みを「口腔内灼熱症候群」と分類しています。この病態では、局所的、全身的および心理社会的要因が複雑に関与していると考えられています。

 

日本心身医学会による舌痛症の定義では。
「器質的な変化や検査値の異常(貧血など)は認められないにもかかわらず、舌痛のみを訴える病態」とされています。

 

舌痛症は決して「気のせい」ではなく、実際に患者さんが感じている痛みです。脳内の痛みを制御する機能のバランスが崩れた状態と考えられており、神経障害性疼痛の一種として捉える見方が近年広まっています。

 

舌痛症の主な症状:ヒリヒリ感からピリピリ感までの特徴

舌痛症の症状は非常に特徴的で、多くの患者さんが似たような表現で痛みを訴えます。主な症状を詳しく見ていきましょう。

 

痛みの性質と部位

  • 灼熱感・刺すような痛み:「舌先が焼けるようにヒリヒリする」「ピリピリとしびれるような違和感」「針で刺すようなチクチク感」などと表現されます
  • 痛みの好発部位:舌の先端、両側縁、舌の裏側に出ることが多いのが特徴です
  • 表在性の痛み:表面的な痛みであり、日常生活に支障をきたさない程度の持続的・慢性的な疼痛が特徴です

痛みの時間的パターン

舌痛症の大きな特徴として、症状の強さが時間帯により変動することが挙げられます。

  • 朝は比較的軽く、午後から夕方にかけて痛みが悪化する傾向があります
  • 食事中や会話中は痛みが軽減:口を動かしている間は痛みを感じにくくなります
  • リラックスしているときや就寝前に痛みを強く感じることがあります

この特徴は、舌痛症の診断において重要な手がかりとなります。通常の口内炎や舌炎では食事中に痛みが増悪することが多いため、この違いは鑑別の一助となります。

 

持続期間

舌痛症の診断基準として、1日2時間以上の痛みが3カ月以上続くことが挙げられます。慢性的な経過をたどることが多く、長期にわたって症状が持続することが特徴です。

 

舌痛症の診断方法と精神科との関連性

舌痛症の診断は基本的に「除外診断」となります。つまり、舌の痛みを引き起こす可能性のある他のすべての疾患を除外した上で、舌痛症と診断します。

 

診断の流れ

  1. 詳細な問診:症状の性質、発症時期、誘因、悪化・軽快する状況などを詳しく聴取します
  2. 口腔内の視診・触診:明らかな口腔粘膜疾患がないかを確認します
  3. 血液検査:貧血、ビタミン欠乏症、甲状腺機能異常、糖尿病などの全身疾患を除外します
  4. 画像検査:必要に応じてレントゲンやCTなどで局所的な問題を除外します

鑑別すべき疾患

  • 舌炎(カンジダ性舌炎など)
  • 口内炎
  • 舌癌などの悪性腫瘍
  • 三叉神経痛
  • 舌咽神経痛
  • 口腔アレルギー症候群
  • 亜鉛欠乏症
  • ビタミンB群欠乏症

精神科との関連性

舌痛症患者さんが歯科を受診した際、精神科や心療内科への紹介を勧められることがあります。これには主に二つの理由があります。

  1. 心理社会的ストレスの関与:舌痛症患者さんは心理社会的ストレスを抱えていることが多く、不安やうつが痛みを増強していることがあります。
  2. 抗うつ薬の有効性:抗うつ薬は、うつ病だけでなく慢性痛全般に対して効果があるとされています。身体が本来持つ痛みを抑制する機序を抗うつ薬が増強する可能性が示唆されています。

これは「精神的な問題である」ということではなく、身体的症状と精神的要因が相互に影響する「心身医学的アプローチ」の一環として考えるべきものです。

 

舌痛症の効果的な治療法と認知行動療法の役割

舌痛症は原因不明の疾患であるため、原因療法ではなく対症療法が中心となります。治療の目標は「痛みをゼロにすること」ではなく、「日常生活の中で痛みをうまくコントロールし、生活の質を向上させること」に置かれます。

 

薬物療法

現在、舌痛症に対して科学的に効果が検証されている薬物療法にはいくつかの選択肢があります。

  1. 抗うつ薬(特に三環系抗うつ薬)
    • アミトリプチリンなどの低用量投与が有効とされています
    • 通常の抗うつ効果ではなく、慢性疼痛への鎮痛補助薬として作用します
    • 東京医科歯科大学の研究では、服薬を継続できた患者の約7割に効果が見られたとの報告があります
  2. クロナゼパム(抗けいれん薬)
    • 局所および内服療法が報告されています
    • 錠剤を飲み込まずに口の中に含む局所療法が推奨される場合もあります
  3. 漢方薬
    • 個々の体質や症状に合わせた処方が行われます
  4. その他の薬剤(研究段階)

舌痛症の薬物治療に関する詳細情報

認知行動療法(CBT)

認知行動療法は舌痛症に対して科学的に有効性が証明されている非薬物療法です。主に以下の手法が用いられます。

  1. マインドフルネス
    • 痛みを観察し、それを乗り越える方法を学びます
    • 自分の呼吸や身体感覚に意識を向け、客観的に自分を認知する練習をします
    • 痛みとの向き合い方を変えることで、痛みのコントロール感を得ます
  2. 自律訓練法
    • リラックス法を学習し、自律神経の緊張を緩和します
    • 不安を抑えることで痛みの軽減を図ります

研究によると、60分程度の治療を2週に1回、計4回行う短期的な認知行動療法プログラムでも効果が認められています。歯科での通常治療と比較しても優れた効果が確認されているため、治療の選択肢として検討する価値があります。

 

舌痛症に対する短期的認知行動療法プログラムの研究

星状神経節ブロック

耳鼻咽喉科領域では、舌痛症に対する星状神経節ブロックの有効性も報告されています。ある研究では、84%の患者に有効以上の結果が得られたとの報告もあります。これは交感神経の遮断により、痛みの伝達経路に影響を与える可能性が考えられています。

 

治療期間の目安

薬物療法を開始した場合、適切な薬剤が選択されれば約7割の患者さんが1カ月程度で痛みの軽減を実感します。しかし、症状が改善してもすぐに治療を中止せず、「だいぶ楽になった」と感じる時期からさらに3〜6カ月程度は服用を継続することが推奨されています。

 

総合的な治療期間としては、少なくとも半年間は必要で、多くの患者さんが1年程度治療を継続しています。適切な治療が継続できれば、7割程度の方に症状改善が期待できる疾患です。

 

舌痛症患者の心理的側面と精神分析的アプローチ

舌痛症と心理的側面の関連性については、多くの研究が行われています。特に精神分析的視点からの研究は、症状の深層にある心理的メカニズムを理解する上で重要な示唆を与えてくれます。

 

心理的特徴

日本心身医学会によれば、舌痛症患者には以下のような特徴が観察されることが多いとされています。

  • 近親者の病死(特に癌死)の体験を持ち、癌への恐怖を併せ持つ患者が多い
  • 身体的な不定愁訴を併せ持つ傾向がある
  • 自律神経機能の不安定さが見られることがある

精神分析的解釈

精神分析理論を用いた舌痛症の解釈では、以下のような観点が示されています。

  • 対象喪失の経験を持ち、抑圧された感情を言語化する機会を失っている場合が多い
  • 口腔に関わる嗜好を持ち、口唇期的な依存的性格の特徴が見られることがある
  • 口腔に現れた症状は、分離・個別化の過程で生じた未解決な問題に根ざしている可能性がある
  • 症状は抑圧された攻撃性と同一化への願望を無意識のうちに表出している可能性がある

舌痛症の精神分析的研究に関する論文

心理療法的アプローチ

これらの知見を踏まえ、舌痛症の治療においては以下のような心理療法的アプローチも有効と考えられています。

  1. カウンセリング
    • 疾患に対する正しい理解を促す心理教育
    • 家族を含めた情報共有と病状の共通理解
    • 生活指導(十分な睡眠、規則正しい食事、適度な運動など)
  2. 精神分析的心理療法
    • 抑圧された感情の言語化を促す
    • 対人関係のパターンと症状との関連を探る
  3. 支持的精神療法
    • 患者の苦痛を理解し、共感的な姿勢を示す
    • 症状に対する不安を軽減する

多くの舌痛症患者さんは「どこの病院でもなんともないといわれる」だけでなく、「家族や友達にも理解されなかった」という二重の苦痛を抱えています。症状の見えない痛みに苦しむ患者さんの心理的側面への理解と適切な支援は、総合的な治療において非常に重要な要素です。

 

舌痛症と生活の質:患者のセルフケア方法とストレス管理

舌痛症は慢性的な経過をたどることが多く、患者さん自身による日常生活の工夫と自己管理が症状コントロールに大きく影響します。ここでは、患者さんが日常生活で実践できるセルフケア方法について解説します。

 

生活習慣の調整

以下のような生活習慣の調整が症状緩和に役立つことがあります。

  • 刺激物の回避:アルコール、喫煙、カフェイン、辛い食べ物などの摂取を控える
  • 食事習慣の改善:ゆっくりとよく咀嚼することを心がける
  • 口腔内の保湿:水分摂取を心がけ、必要に応じて保湿ジェルを使用する
  • 過剰な舌のケアを避ける:過度な舌磨きは粘膜を刺激するため控える

ストレス管理技法

舌痛症の症状はストレスによって悪化することが多いため、以下のようなストレス管理技法が有効です。

  • 呼吸法:深呼吸やリズム呼吸などのリラクゼーション法を取り入れる
  • 気分転換活動:趣味や軽い運動など、気分を切り替える活動を定期的に行う
  • 睡眠の質の向上:規則正しい就寝・起床時間を心がけ、睡眠環境を整える
  • 思考の切り替え:痛みへの過度な注意を避け、他の活動に意識を向ける工夫をする

注意の向け方の工夫

舌痛症の特徴として、「注意の向け方(注意集中)」が症状の強さに影響することが知られています。

  • 食事や会話など、集中する活動中は痛みを感じにくくなります
  • 逆に、何もしていない時間や就寝前など、舌の状態に注意が向きやすい状況では症状が強くなりがちです

この特性を活かし、意識的に注意をコントロールする練習も有効です。

  1. 痛みを感じたときに、別の活動に集中する
  2. 「痛みに反応している自分」を客観的に観察する視点を持つ
  3. 痛みの強さを10段階で評価し、変動を記録する

家族・周囲の理解とサポート

舌痛症は外見上の変化がないため、周囲から理解されにくい疾患です。患者さんの苦痛を理解し、適切なサポートを提供することが重要です。

  • 家族に疾患の特徴を説明し、理解を得る(可能であれば診察に同席してもらう)
  • 辛いときは家事の分担を依頼するなど、具体的なサポートを求める
  • 患者会や同じ症状を持つ人との交流の場を探す

専門家へのアクセス

症状が改善しない場合や悪化した場合は、以下の専門家への相談を検討しましょう。

  • 歯科口腔外科:舌痛症の診断・基本的治療
  • 心療内科・精神科:薬物療法、心理療法
  • ペインクリニック:疼痛管理の専門的アプローチ

舌痛症は完全に治癒が難しい場合もありますが、適切な自己管理と専門的治療の組み合わせによって、多くの患者さんが症状のコントロールと生活の質の改善を実現しています。症状に振り回されるのではなく、症状と共存しながら充実した生活を送ることを目指しましょう。