手袋を二重にすれば感染リスクはほぼゼロになると思っていませんか?
接触感染予防策とは、患者の皮膚・粘膜・体液・排泄物、あるいはそれらに汚染された環境表面を介して病原体が伝播するリスクを遮断するための一連の対策です。WHO(世界保健機関)および米国CDC(疾病予防管理センター)のガイドラインでは、標準予防策(Standard Precautions)を基盤としつつ、感染経路別予防策の一つとして接触感染予防策を位置づけています。
PPE(Personal Protective Equipment:個人防護具)は、この接触感染予防策を実践するための中心的なツールです。具体的には手袋、ガウン・エプロン、マスク、フェイスシールドまたはゴーグルが含まれます。これらはセットで運用することが基本です。
医療現場でPPEが特に重要視されるのは、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)、Clostridioides difficile(クロストリジウム・ディフィシル)などの多剤耐性菌への対策が求められるためです。日本の院内感染対策サーベイランス(JANIS)の報告では、MRSAによる菌血症の発生件数は年間数千件規模に達しており、接触感染対策の徹底が感染拡大防止に直結します。
つまり、PPEは「念のため着ける装備」ではなく、感染連鎖を断ち切る最後の防壁です。
PPEを適切に使いこなすには、選択・着用・脱着のすべてのフェーズで正確な知識が必要です。どれか一つが崩れると、残りの努力が無意味になるリスクがあります。これは非常に重要なポイントです。
厚生労働省|院内感染対策に関する情報(MRSAや耐性菌への対策指針を確認できます)
PPEを着用する際には、決められた順序があります。順番を守ることで、清潔な状態のまま着用を完了できます。
推奨される着用順序は次の通りです。
着用順序が前後すると、すでに着けたPPEが汚染される場合があります。たとえば手袋を先に着けた後にガウンを着ると、ガウンの袖口から手袋の表面に触れてしまい、手袋の清潔度が失われます。順序は厳守が原則です。
手袋の選択については、ニトリル製・ラテックス製・ビニール製の3種類が主流です。ラテックスアレルギーを持つスタッフや患者が存在する環境では、ニトリル製またはビニール製の使用が推奨されます。また、穿刺リスクがある処置(採血・ドレーン管理など)では、二層構造のニトリル手袋や厚みのある製品を選ぶことで針刺しリスクを多少軽減できます。
サイズ選びも重要です。小さすぎる手袋は破れやすく、大きすぎると指先の感覚が鈍り操作ミスを招きます。自分の手に合ったサイズを事前に確認しておくことが大切です。
国立感染症研究所|院内感染サーベイランス(JANIS)(耐性菌の発生動向と予防策の根拠データが確認できます)
PPEの脱着は、着用よりもはるかに感染リスクが高い工程です。これは多くの医療従事者が見落としているポイントです。
CDCのガイドラインに基づく推奨脱着順序は以下の通りです。
脱着の「手順②の手指衛生」を省略しているケースが現場では散見されます。手袋を外した直後に素手が汚染されている可能性があるため、この中間消毒は省略厳禁です。省略すると次のステップでの二次汚染につながります。
実際、ある研究では医療従事者がPPEを脱着する際に自己汚染が起こる確率は、適切な手順を守らない場合に約70%にのぼるというデータも報告されています。これは非常に高い確率です。
また、ガウン脱着時に最も汚染が起きやすい部位は、袖口・腰部・前身頃の3箇所です。これらの部位は患者ケア中に最も多く接触する部分であり、ガウンの表面には複数の病原体が付着している可能性があります。脱ぐ際は「内側しか触らない」という意識を徹底しましょう。
CDC(米国疾病予防管理センター)|PPEの着脱手順ガイド(英語・PDF)(着脱のイラスト付き手順書として現場教育に活用できます)
接触感染の経路は患者との直接接触だけではありません。ここが意外と知られていないポイントです。
環境表面、すなわちベッド柵・ナースコール・点滴スタンド・ドアノブ・電子カルテ端末のキーボードなども重要な感染源となります。CDCの報告によれば、MRSA・VRE・C.difficileなどの多剤耐性菌は、病室内の環境表面で数時間から数日間生存できることが確認されています。特にC.difficileは芽胞を形成するため、アルコール消毒が無効であり、次亜塩素酸ナトリウムによる清拭が必須です。
PPEを正しく着用していても、手袋をした状態でナースコールや電子カルテに触れた後、その手袋のまま次の患者ケアに移れば、環境を介した交差感染が成立してしまいます。手袋は患者との接触ごとに交換することが原則です。
病室を出る前の環境清拭のタイミングと担当の明確化も、接触感染予防の重要な一環です。「誰かがやるだろう」という認識のズレが清拭漏れを生む原因となります。清拭担当・タイミング・使用薬剤を施設内で標準化しておくことが望ましいです。
電子カルテ端末やモバイル機器は感染対策で見落とされやすい盲点です。タブレット端末やスマートフォンは定期的なアルコール清拭が推奨されますが、画面コーティングへの影響もあるため、施設の感染管理部門と連携して清拭方法を統一しておくとよいでしょう。これは現場で即実践できる対策です。
日本環境感染学会|感染対策ガイドライン(環境清拭・消毒薬の選択根拠が詳細に解説されています)
正しい知識があっても、現場での運用が伴わなければ意味がありません。これが最も本質的な課題です。
多くの医療機関では、新人研修時にPPEの着脱訓練を実施しますが、その後の定期的なフォローアップが不十分なケースが多く見られます。米国の複数の研究では、PPEの着脱に関する研修を受けた医療従事者でも、実際の臨床現場では手順の省略や誤りが6割以上のスタッフで観察されたという報告があります。知識と実践の間には大きなギャップがあるということです。
この「知識と実践のギャップ」を埋めるためには、座学だけでなく、シミュレーション訓練(模擬脱着演習)と定期的な観察フィードバックの組み合わせが有効です。蛍光塗料(グロームゲルなど)を使った汚染可視化訓練では、スタッフ自身が「どこが汚れるか」を視覚的に体験することで行動変容につながりやすいとされています。
また、PPEの配置・備蓄の整備も運用改善に直結します。手袋・ガウンが使用場所のすぐ近くに配置されていない場合、「取りに行くのが面倒」という心理的ハードルがPPEの未使用につながることがあります。患者室入口や処置トレー周辺への分散配置が推奨されます。
施設全体の運用を見直したい場合は、日本環境感染学会が提供している「医療機関における感染対策指針」や、各都道府県の感染管理認定看護師(CNIC)のコンサルテーション機能を活用することが一つの選択肢です。内部だけで抱え込まず、外部の専門知識を積極的に取り込む姿勢が、PPE運用の質向上につながります。
感染管理認定看護師(CNIC)は現在日本全国で約1,600名以上が活動しており、院内教育・マニュアル整備・現場コンサルティングのすべてに対応できる専門人材です。自施設にCNICが在籍しているかどうかを確認し、PPE運用改善の相談窓口として活用することを検討してみてください。
日本看護協会|感染管理認定看護師(CNICの役割・活動内容・相談窓口の情報が確認できます)