ミューズ細胞(Muse cell: Multilineage-differentiating Stress Enduring cells)は、2010年に東北大学の出澤真理教授によって発見された多能性幹細胞です。この細胞は、従来の幹細胞治療における課題を克服する可能性を秘めた革新的な細胞として注目されています。
🔬 体内に自然存在する多能性幹細胞
ミューズ細胞は、骨髄、末梢血、臍帯、全身の臓器の結合組織に自然に存在しています。骨髄単核球細胞のうち、およそ3000個に1個の割合で存在することが確認されており、培養操作により獲得したものではなく、生体内に元から存在する天然の多能性幹細胞です。
💡 ES細胞とiPS細胞を超える安全性
ES細胞やiPS細胞と比較して、ミューズ細胞は腫瘍形成能の指標の一つであるテロメラーゼ活性が低いことが特徴です。HeLa細胞やiPS細胞ではテロメラーゼ活性が高いことが報告されているのに対し、ミューズ細胞では線維芽細胞のような正常体細胞と同程度の活性を示します。この特性により、腫瘍化の危険性が極めて低いとされています。
ミューズ細胞は、外胚葉系、中胚葉系、内胚葉系のすべての細胞系統に分化可能な多分化能を有しています。
外胚葉系細胞への分化
中胚葉系細胞への分化
内胚葉系細胞への分化
特筆すべき点は、ミューズ細胞が傷害細胞・死細胞を貪食し、取り込んだ分化に必要なシグナル(転写因子等)を再利用することで、傷害細胞・死細胞と同じタイプの細胞に日単位で迅速分化する能力を持つことです。
ミューズ細胞は、血管保護作用、臓器の保護効果、細胞死抑制効果、線維化抑制効果などの多面的な効果を発揮します。これらの作用により、投与された組織において長期間にわたって治療効果を維持することが可能です。
🩸 血管新生と血管保護
ミューズ細胞は損傷した臓器に集積した後、その臓器に栄養や酸素を供給する血管の新生を促進します。この血管新生作用により、虚血状態にある組織の機能回復を支援し、組織の生存性を向上させます。
🛡️ 組織保護メカニズム
ミューズ細胞は抗炎症作用を有し、炎症による二次的な組織損傷を防ぐ働きがあります。さらに、細胞死抑制効果により、損傷を受けた細胞の生存率を向上させ、組織の機能維持に貢献します。
ミューズ細胞における多能性関連遺伝子の発現パターンはES細胞やiPS細胞とほぼ同じですが、その発現レベルは低く抑えられています。一方、細胞増殖関連遺伝子の発現は正常体細胞と同レベルであり、ES細胞やiPS細胞と比べて低い水準を維持しています。
📊 テロメラーゼ活性の比較
🔒 遺伝的安定性
ミューズ細胞は自己複製能を持ちながらも、その核型は正常が維持されることが報告されています。多能性幹細胞マーカーの発現を維持したまま増殖し、1細胞から3胚葉性の細胞への分化能力も自己複製されます。
これまで行われてきた多くの間葉系幹細胞移植では、現在までのところヒトに投与して腫瘍形成の報告はありません。間葉系幹細胞内にはミューズ細胞も含まれており、ミューズ細胞の安全性には実績もあります。
ミューズ細胞は損傷組織が発する警告シグナル「スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)」を検知して、損傷した臓器まで移動する特性を持ちます。この自律的な治療標的認識能力により、全身投与でも治療が必要な部位に効率的に集積します。
🎯 疾患への適応可能性
現在、以下の疾患に対する治療応用が研究されています。
💉 治療の簡便性
ミューズ細胞は点滴による静脈内投与が可能で、分化誘導が不要です。そのまま生体内に投与するだけで自分で判断して損傷した組織の細胞に分化するため、複雑な前処理や培養操作を必要としません。
🌐 他家移植の可能性
ミューズ細胞は分離が容易で、細胞数の確保が容易であり、他人からの移植も可能とされています。この特性により、治療を必要とする患者に対して迅速な治療提供が可能になると期待されています。
🔬 研究の進展
東北大学をはじめとする研究機関では、ミューズ細胞を用いた臨床試験が進行中です。特に急性心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性疾患に対する治療効果の検証が行われており、従来の治療法では限界があった疾患に対する新たな治療選択肢として期待されています。
ミューズ細胞は、その独特な特徴により再生医療分野に革新をもたらす可能性を秘めています。高い安全性、多分化能、自律的修復機能を兼ね備えたこの細胞は、多くの難治性疾患に対する新たな治療戦略の基盤となることが期待されます。