網膜静脈閉塞症において、医療従事者が患者から最も多く受ける質問の一つが「治らないのか」という切実な問いです。結論から申し上げると、網膜静脈閉塞症には根本的な治療法は存在しないというのが現在の医学的見解です。
この疾患の本質を理解するためには、病態生理を把握することが重要です。網膜静脈閉塞症は、網膜内の静脈が血栓などにより閉塞し、血流障害を起こすことで発症します。閉塞した静脈そのものを完全に開通させる確実な方法は現在のところ確立されていません。
🔍 臨床現場での実際
京都府立医科大学病院の報告によると、「出血や液性成分の漏出は自然に消退するため、眼科医は適当な間隔での経過観察を勧める」とされています。これは、疾患そのものが自然軽快の可能性を持つ一方で、積極的な根治療法がないことを示唆しています。
根本的治癒は困難であっても、近年の治療法の進歩により、視機能の改善や病状の安定化は期待できるようになりました。現在の主要な治療選択肢を詳しく見てみましょう。
抗VEGF療法 💉
最も注目されている治療法で、血管内皮増殖因子(VEGF)の働きを抑制します。
ステロイド療法
炎症抑制作用により黄斑浮腫を改善させます。
レーザー光凝固
従来から用いられている治療法ですが、適応は限定的になってきています。
近畿大学病院の報告では、「抗VEGF療法の効果は患者さんにより様々で、1回の注射で改善する場合もあれば年に複数回投与し続ける場合もある」とされており、治療反応性の個体差が大きいことが示されています。
長期予後について、医療従事者として正確な情報を患者に提供することは極めて重要です。最新の研究データを基に、予後の実際を解説します。
網膜静脈分枝閉塞症の長期予後
2017年の臨床研究によると、発症から平均9.5年間の長期観察において。
これらのデータから、約6割の患者で良好な視力が維持されることが分かります。しかし、約13%では視力悪化が認められ、個々の患者の予後予測は困難です。
網膜中心静脈閉塞症の予後
より重篤な病型である網膜中心静脈閉塞症では。
📊 予後決定因子
MSDマニュアルによれば、「軽症例では視力が正常近くまで自然に改善する可能性があり、改善までの期間は様々である」とされており、自然軽快の可能性も完全には否定されません。
「治らない」という患者の不安の背景には、合併症への恐怖があります。適切な病状説明と管理方針の共有が重要です。
主要な合併症 ⚠️
進行予防のための管理
全身的危険因子の管理が極めて重要で、これが二次予防の要となります。
近畿大学病院では、「早期に治療開始すれば概ね視力を維持することは可能」と報告されており、適切な時期での介入が予後改善につながることが示されています。
さいたま新都心眼科の研究では、「網膜内の動脈と静脈が交叉している部分では血管の外壁を共有している」という解剖学的特徴が病因に深く関与していることが明らかにされています。この知見は、将来的な予防的介入の可能性を示唆するものです。
医療従事者として見落としがちなのが、「治らない」という診断が患者に与える心理的影響です。適切な説明と支援が治療成功の鍵となります。
患者の心理的負担の理解 🧠
網膜静脈閉塞症の診断を受けた患者は、以下のような心理的反応を示すことが多く見られます。
効果的な患者説明のポイント
社会復帰への支援 🤝
視覚障害者手帳の申請や就労支援についても、適切な情報提供が必要です。
ユビーメディカルの調査によると、「症状が落ち着くことはあるが、自然治癒することはない。放置すると症状が進行し合併症をきたすこともある」とされており、継続的な医学的管理の重要性が強調されています。
患者教育においては、疾患の「治癒」と「管理」の違いを明確に説明することが重要です。糖尿病や高血圧と同様に、継続的な管理により良好な状態を維持できることを理解してもらいましょう。
また、広辻眼科の報告にある通り、「自然に経過観察するだけで完全に治ってしまう場合もあれば、いかなる治療をもってしても視力低下が治せない場合もある」という疾患の特性を、患者に分かりやすく説明することで、現実的な治療目標の設定が可能となります。
最終的に、網膜静脈閉塞症は「治らない病気」ではなく、「管理が必要な病気」として位置づけ、患者と医療従事者が協力して最良の視機能維持を目指すことが重要です。
日本眼科学会による網膜静脈閉塞症診療ガイドライン(眼科専門医向け詳細情報)
https://www.gankaikai.or.jp/health/61/index.html
近畿大学病院眼科による網膜静脈閉塞症の詳細解説(病態から治療まで包括的情報)
https://www.med.kindai.ac.jp/optho/veinocclusi.html
抗VEGF療法の最新情報(アイリーア®の適応と効果について)
https://www.eylea.jp/ja/patient/rvo/page09