味覚障害は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の基本五味に対する感受性の異常として現れます。臨床的には量的味覚異常と質的味覚異常に大別され、それぞれ特徴的な症状パターンを示します。
量的味覚異常の症状
質的味覚異常の症状
最も頻度が高いのは味覚減退で、患者は「何を食べてもおいしく感じない」「味が薄く感じる」といった訴えをします。舌の一部や片側のみに限局する場合もあれば、舌全体に及ぶ場合もあり、病変の局在を推測する重要な手がかりとなります。
味蕾は舌乳頭に存在し、味細胞の集合体として機能します。これらの味蕾は舌のみならず軟口蓋や下咽頭、喉頭の粘膜にも広く分布しており、複数の神経経路を経て大脳の味覚中枢に情報を伝達します。
亜鉛欠乏は味覚障害の最も重要な原因として位置づけられており、日本人の食生活では特に不足しやすいミネラルです。味細胞の新陳代謝には亜鉛が必須であり、欠乏状態では味細胞の正常な再生が阻害されます。
亜鉛欠乏のメカニズム
厚生労働省の推奨摂取量は成人男性12mg、成人女性9mgですが、高齢者では吸収能力の低下により、より多くの摂取が必要となります。加齢による消化吸収機能の衰えに加え、多剤併用による薬物相互作用も亜鉛の生体利用率を低下させる要因となります。
亜鉛を多く含む食品
動物性タンパク質との同時摂取により亜鉛の吸収率が向上し、ビタミンCは亜鉛の働きを高める効果があります。一方、食物繊維や茶・コーヒーに含まれるタンニンは亜鉛の吸収を阻害するため、摂取タイミングの調整が重要です。
薬剤性味覚障害は、特定の薬物投与により引き起こされる医原性の味覚異常です。発症までの期間は薬剤により異なりますが、多くは服用開始から2-6週間以内に症状が出現します。
味覚障害を引き起こす主要薬剤
薬剤性味覚障害の特徴として、服用中止後も症状が数ヶ月にわたって持続することがあります。これは薬物が体内に蓄積し、徐々に排泄される過程で味覚機能の回復が遅延するためです。
高齢者では複数の慢性疾患に対する多剤併用が一般的であり、薬物相互作用による亜鉛の吸収阻害や排泄促進が味覚障害のリスクを高めます。特に利尿薬は亜鉛の尿中排泄を促進し、長期投与により亜鉛欠乏状態を惹起する可能性があります。
診断においては詳細な服薬歴の聴取が不可欠であり、症状の発症時期と薬剤開始時期の関連性を慎重に評価する必要があります。疑われる薬剤の減量や変更が可能な場合は、主治医と連携して治療方針を検討することが重要です。
近年、心因性要因による味覚障害の増加が注目されています。過度なストレスや自律神経の失調は、味覚処理に関わる神経伝達や脳機能に影響を与え、味覚異常を引き起こします。
ストレス関連味覚障害の病態
自律神経は全身の臓器機能をコントロールしており、バランスの崩れは味覚以外にも頭痛、めまい、動悸、発汗、食欲不振などの多彩な症状を引き起こします。特に現代社会では、仕事や人間関係のストレス、不規則な生活リズムにより自律神経の失調を来す患者が増加しています。
心因性味覚障害の特徴
診断には心理社会的要因の詳細な評価が必要であり、必要に応じて精神科や心療内科との連携を検討します。治療においては亜鉛補充などの従来のアプローチに加え、ストレス管理や心理的サポートが重要な役割を果たします。
味覚障害の適切な診断には、症状の詳細な把握と系統的な原因検索が不可欠です。早期診断と治療介入により、症状の改善と生活の質の向上が期待できます。
診断に必要な評価項目
血清亜鉛値の正常範囲は60-130μg/dlですが、軽度の低下でも味覚障害を引き起こす可能性があります。また、亜鉛と競合的に吸収される銅や鉄の状態も併せて評価することが重要です。
受診を推奨するタイミング
風邪や感染症に伴う一過性の味覚障害は自然回復することが多いですが、症状が遷延する場合は器質的な原因を検索する必要があります。特に高齢者では複数の要因が重複していることが多く、包括的な評価が求められます。
耳鼻咽喉科は味覚障害診療の専門科として位置づけられており、全身の医学的知識を有する医師による総合的な診断と治療が可能です。症状の程度や原因に応じて、亜鉛補充療法、薬物調整、生活指導などの適切な治療選択肢を提供することができます。