メトホルミン禁忌疾患と腎機能障害の適正使用ガイド

メトホルミンの禁忌疾患について、2019年の添付文書改訂を踏まえた最新の適正使用基準を解説。腎機能障害患者への投与制限や乳酸アシドーシスのリスク管理について、医療従事者が知っておくべき重要なポイントとは?

メトホルミン禁忌疾患の適正使用基準

メトホルミン禁忌疾患の重要ポイント
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重度腎機能障害

eGFR30未満の患者では絶対禁忌

⚠️
乳酸アシドーシス

既往歴のある患者は投与禁忌

💧
脱水状態

シックデイや過度の飲酒時は中止

メトホルミンの腎機能障害患者における禁忌基準の変遷

2019年8月、厚生労働省はメトホルミンの腎機能障害患者に対する禁忌基準を大幅に見直しました。従来は腎機能障害全般が禁忌とされていましたが、現在は重度の腎機能障害(eGFR30mL/min/1.73m²未満)のみが禁忌となっています。

 

この変更の背景には、海外での安全性データの蓄積があります。2016年に米国FDA、同年10月に欧州医薬品庁が相次いで添付文書を改訂し、軽度から中等度の腎機能障害患者でもメトホルミンの使用が可能であることを示しました。

 

腎機能別の投与量の目安は以下の通りです。

  • eGFR 60≦90:2,250mg/日まで
  • eGFR 45≦60:1,500mg/日まで
  • eGFR 30≦45:750mg/日まで
  • eGFR<30:禁忌

日本糖尿病学会の「メトホルミンの適正使用に関するRecommendation」では、eGFR30~45の患者については慎重投与とし、リスクとベネフィットを十分に検討することが推奨されています。

 

メトホルミンによる乳酸アシドーシスの発症機序と予防策

メトホルミンの最も重篤な副作用である乳酸アシドーシスは、致死率が非常に高く(約50%)、迅速な対応が必要です。発症機序は複雑で、メトホルミンが肝臓でのグルコース新生を抑制する際に、乳酸からグルコースへの変換も阻害されることが関与しています。

 

乳酸アシドーシスの危険因子

  • 腎機能障害(メトホルミンの排泄遅延)
  • 肝機能障害(乳酸代謝能の低下)
  • 脱水状態
  • 重症感染症
  • 過度のアルコール摂取
  • 心血管・肺機能障害

興味深いことに、国内で報告された乳酸アシドーシス347例の解析では、中等度腎機能障害患者(eGFR30~60)43例の大半で、腎機能以外の複数のリスク因子が認められていました。これは単一の要因ではなく、複合的な要因が重なることで発症リスクが高まることを示唆しています。

 

予防策として最も重要なのは、患者への適切な服薬指導です。特に「シックデイルール」の徹底が必要で、発熱、嘔吐、下痢などの体調不良時には一時的に服薬を中止し、主治医に相談するよう指導することが重要です。

 

メトホルミンの心血管・肺機能障害における禁忌判定

メトホルミンは以下の心血管・肺機能障害において絶対禁忌とされています。
絶対禁忌となる病態

これらの病態では組織への酸素供給が不十分となり、嫌気性代謝が亢進して乳酸産生が増加します。同時に、循環不全により腎機能も低下し、メトホルミンの排泄が遅延するため、乳酸アシドーシスのリスクが著しく高まります。

 

**外科手術時の対応**も重要なポイントです。飲食物の摂取が制限されない小手術を除き、全身麻酔や脊椎麻酔を要する手術では、術前からメトホルミンを中止する必要があります。これは手術侵襲による循環動態の変化や、術後の経口摂取困難による脱水リスクを考慮したものです。

 

肝機能障害については、軽度~中等度では慎重投与となりますが、重度の肝機能障害では禁忌です。肝臓は乳酸代謝の主要臓器であり、肝機能低下により乳酸の処理能力が著しく低下するためです。

 

メトホルミンの脱水・アルコール摂取時の投与中止基準

脱水状態は、メトホルミン投与において特に注意が必要な病態です。脱水により腎血流量が減少し、eGFRが急激に低下することで、メトホルミンの排泄が遅延し血中濃度が上昇します。

 

脱水リスクが高い状況

  • 下痢、嘔吐などの胃腸障害
  • 発熱による発汗過多
  • 利尿薬SGLT2阻害薬との併用
  • 高温環境での作業
  • 経口摂取不良

過度のアルコール摂取も重要な禁忌要因です。アルコールは肝臓でのグルコース新生を抑制し、同時に乳酸の代謝も阻害します。さらに、慢性的な飲酒は肝機能障害を引き起こし、乳酸処理能力を低下させます。

 

患者指導のポイント

  • 日常的な適度な水分摂取の重要性
  • 体調不良時の服薬中止判断
  • アルコール摂取量の制限(適量の具体的な説明)
  • 家族への緊急時対応の説明

興味深い臨床知見として、SGLT2阻害薬との併用時には、両薬剤の利尿作用により脱水リスクが相加的に高まることが報告されています。この組み合わせでは、特に夏季や感染症罹患時の脱水予防が重要となります。

 

メトホルミンの造影剤検査時における独自の休薬プロトコル

ヨード造影剤を用いた検査時のメトホルミン休薬は、多くの医療機関で見落とされがちな重要な安全管理項目です。造影剤による腎機能障害(造影剤腎症)は、メトホルミンの排泄遅延を引き起こし、乳酸アシドーシスのリスクを高めます。

 

造影剤検査時の休薬プロトコル
eGFR≧60の患者。

  • 造影剤投与前の休薬は不要
  • 検査後48時間のメトホルミン中止
  • 48時間後のeGFR再評価で再開判定

eGFR30~60の患者。

  • 造影剤投与前からメトホルミン中止
  • 検査後48時間のeGFR再評価
  • 腎機能悪化がないことを確認後に再開

eGFR<30または肝機能低下・低酸素症合併。

  • メトホルミンは禁忌
  • 造影剤投与も避けるべき

**救急患者での特別な配慮**も必要です。意識障害や重篤な外傷患者では、メトホルミン服用歴の確認が困難な場合があります。このような状況では、造影剤投与時にメトホルミンを中止し、検査後に乳酸値とeGFRを慎重にモニタリングすることが推奨されます。

 

実際の臨床現場では、放射線科と内科の連携不足により、造影剤検査後のメトホルミン再開タイミングが不適切になるケースが散見されます。電子カルテシステムを活用した休薬アラート機能の導入や、多職種での情報共有体制の構築が重要です。

 

また、造影剤の種類によってもリスクが異なります。等張性造影剤は低張性造影剤と比較して腎毒性が低いとされていますが、メトホルミン服用患者では造影剤の種類に関わらず、統一した休薬プロトコルを適用することが安全です。

 

**高齢者における特別な注意点**として、75歳以上の患者では腎機能の予備能が低下しており、造影剤による腎機能障害のリスクが高まります。このような患者では、造影剤検査の必要性をより慎重に検討し、代替検査法の選択も含めて総合的に判断することが重要です。

 

メトホルミンの適正使用には、単一の禁忌基準だけでなく、患者の全身状態や併用薬、検査予定などを総合的に評価する臨床判断が不可欠です。特に2019年の添付文書改訂により、腎機能障害患者への適応が拡大された一方で、より細やかなリスク管理が求められるようになりました。

 

日本糖尿病学会のRecommendationに基づく適正使用基準の理解と、患者への適切な服薬指導により、メトホルミンの安全で効果的な使用が可能となります。医療従事者は常に最新のガイドラインを参照し、個々の患者に応じた最適な治療選択を行うことが重要です。

 

厚生労働省の医薬品・医療機器等安全性情報における詳細な改訂内容
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000542414.pdf
日本糖尿病学会による最新の適正使用ガイドライン
https://www.nittokyo.or.jp/modules/information/index.php?content_id=23