ジストロフィン遺伝子は、人間の遺伝子の中でも特に巨大で複雑な構造を持つ遺伝子です。この遺伝子は2.4Mbp(240万塩基対)という驚異的な長さを持ち、79個のエクソンから構成されています。X染色体上に位置するこの遺伝子は、筋肉の機能維持に不可欠なジストロフィンタンパク質をコードしており、その異常がデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)やベッカー型筋ジストロフィー(BMD)の原因となります。
参考)https://www.med.kobe-u.ac.jp/pediat/pdf/duchennne.pdf
興味深いことに、ジストロフィン遺伝子のエクソン変異は均等に発生するわけではありません。変異は特にエクソン45から55の範囲に集中しており、これは日本人でも外国人でも共通の傾向です。国内のRemudy患者登録制度における2,100人を超えるDMD患者の調査でも、この範囲での変異集中が確認されています。
参考)https://genetics.qlife.jp/interviews/dr-takeda-20231002
ジストロフィン遺伝子から生成されるタンパク質は、3,685個のアミノ酸から構成される巨大なタンパク質(427kDa)で、細胞膜を内側から補強する重要な役割を担っています。このタンパク質は機能的に4つの主要なドメインに分けられており、各エクソン群が特定のドメインをコードしています。
各ドメインは相互に協調して機能し、筋線維の構造的完全性を維持しています。特にN末端ドメインは骨格筋の構造と機能に重要なアクチンとの結合部位として機能し、C末端側では複数の分子と結合して複合体を形成します。
DMDでは、ジストロフィン遺伝子のエクソン変異により、ジストロフィンタンパクが完全に欠損します。この欠損により、ジストロフィンに結合していた他のタンパク質も二次的に失われ、筋線維の変性・壊死が進行します。病態の進行過程は以下のように展開されます:
この病態メカニズムの理解により、エクソンレベルでの治療介入の重要性が明らかになりました。特に、エクソン単位での欠失変異が多いことから、スキッピング治療などの遺伝子レベルでの治療法開発が進められています。
参考)https://www.childneuro.jp/general/6573/
エクソンスキッピング療法は、ジストロフィン遺伝子から産生したmRNA前駆体に作用して、機能的なジストロフィンを作らせる画期的な治療法です。この治療法では、人工的に合成された短い核酸化合物(アンチセンスオリゴヌクレオチド:AOs)を用いて、pre-mRNAからmRNAへのスプライシング過程で特定のエクソンをスキップさせます。
参考)https://www.nippon-shinyaku.co.jp/healthy/dmd/treatment/new.html
現在、エクソン53を標的としたビルトラルセン(商品名ビルテプソ®)が2020年に承認され、実際の治療に使用されています。この治療の対象となるのは、遺伝子検査によってエクソン43-52、45-52、47-52、48-52、49-52、50-52、52という特定のパターンのエクソン欠失を持つ患者で、DMD患者の約10%程度が該当します。
治療は週1回1時間の点滴で実施され、エクソン53部分に結合することでエクソン53をスキップさせ、正常より短いものの機能するジストロフィンタンパクの発現が期待されます。最新の開発では、エクソン44を標的とした『ブロギジルセン』も画期的な新薬として承認され、治療選択肢が拡大しています。
参考)https://www.ncnp.go.jp/topics/detail.php?%40uid=BPMAsjF54PnvzkeX
ジストロフィン遺伝子の診断技術も大幅に進歩しています。従来のmultiplex PCR法では19個のエクソンのみの検索でしたが、現在ではMLPA(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification)法により、より包括的な遺伝子解析が可能になっています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/7ff8c947b6ee6a76f0c9303c860525e5bea4a54d
MLPA法では、ジストロフィン遺伝子の全エクソン領域(前後数十塩基のイントロンを含む)の解析が行われ、エクソンの欠失や重複を高精度で検出できます。この技術により、レアバリアントによるエクソン22の増幅不良なども検出可能となり、診断精度が大幅に向上しました。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/0d9824262d84aa2d844ab5471df3e2dae2e0604e
診断プロセスの流れ。
ジストロフィン遺伝子のエクソン研究は、個別化医療の実現に向けて急速に発展しています。現在の研究では、エクソン45やエクソン44など、異なるエクソン欠失を対象とした新たな治療薬の臨床試験が進行中です。
革新的アプローチの展開。
特に興味深い発見として、ジストロフィン遺伝子イントロン2内に新たなエクソンが同定されており、これまで知られていなかった遺伝子構造の複雑性が明らかになっています。このような基礎研究の進歩により、将来的にはより多くの患者に適用可能な治療法の開発が期待されます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b4bcad95c72da76913d06f85c0b6433126e3b1cd
また、スプライシング・エンハンサー配列の破壊によるエクソン・スキッピングの自然発生メカニズムの解明により、治療効果を最大化するための戦略的アプローチも可能になってきています。これらの研究成果は、ジストロフィン遺伝子エクソンに関する理解を深め、筋ジストロフィー治療の新たな地平を切り開いています。
参考)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3141078
参考リンク。
日本新薬のデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療情報では、エクソンスキッピング療法の詳細なメカニズムと適応が説明されています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの新しい治療法
国立精神・神経医療研究センターの最新情報では、エクソン44スキップ薬の承認に関する詳細情報が掲載されています。