膜タンパク質とは、細胞膜に存在する全てのタンパク質の総称であり、生体膜を構成する重要な要素です。ヒトゲノムの約30%が膜タンパク質をコードしており、細胞の機能維持に不可欠な役割を果たしています。膜タンパク質は、その膜への結合様式によって内在性膜タンパク質と周辺性膜タンパク質に大別されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10608922/
内在性膜タンパク質は、ラウリル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤を用いなければ膜から引き離すことができない強固な結合を持ち、膜貫通型タンパク質として膜を完全に貫通しています。膜貫通部位はαヘリックス構造またはβバレル構造を取り、αヘリックスは全ての生体膜に存在する一方、βバレルはグラム陰性細菌の外膜やミトコンドリア外膜など特定の膜にのみ見られます。
参考)膜タンパク質 - Wikipedia
膜タンパク質の膜貫通回数によっても分類され、一回膜貫通型タンパク質(I型、II型)、複数回膜貫通型タンパク質、テイルアンカー型タンパク質などが存在します。テイルアンカー型はC末端に膜貫通ドメインを持ち、翻訳終了後に細胞質に一度放出されてから膜に挿入される特殊な経路を取ります。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
輸送タンパク質は、膜タンパク質の一種であり、特に物質の輸送機能に特化したタンパク質群を指します。細胞膜のリン脂質二重層を貫通し、水溶性物質やイオンなど極性を持つ分子を細胞内外に輸送する役割を担っています。
参考)受動輸送と能動輸送、チャネルとポンプの違いは?【生体物質と細…
膜輸送タンパク質の分子機構についての詳細な解説(生命科学データベース)
輸送タンパク質は、その輸送機構によって大きくチャネルタンパク質とキャリアタンパク質(担体タンパク質)に分類されます。チャネルタンパク質は細胞膜に固定された孔を形成し、主にイオンを高速で輸送します。一方、キャリアタンパク質(トランスポーター)は、グルコースやアミノ酸などの大きな分子を結合させ、タンパク質の構造変化を伴って輸送する特徴があります。
参考)細胞内外間の物質の移動(2)|細胞の基本 
ヒトにおいては、ATPの加水分解エネルギーを利用するABCファミリー(48種類)と、エネルギーを用いないで輸送を行うSLCファミリー(319種類)の2つに大別される367種類の輸送タンパク質遺伝子が同定されています。
参考)トランスポーターとは? - JTRA(トランスポーター研究会…
膜タンパク質は輸送機能以外にも多様な役割を持ち、細胞の生命活動全般に関与しています。主な機能として、細胞外からの情報を受け取る受容体、細胞同士や細胞と細胞外マトリックスを結びつける接着分子、化学反応を触媒する膜結合酵素などがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9820270/
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、細胞外の分子を感知してシグナル伝達経路を活性化する代表的な膜タンパク質であり、7回膜貫通構造を持つ特徴的な形態をとります。細胞接着分子にはカドヘリンや免疫グロブリンスーパーファミリー、インテグリンファミリーなどがあり、細胞同士の結合や細胞外マトリックスとの接着を媒介します。
参考)Signalway Antibody社 抗体製品特集 
膜タンパク質の構造形成原理は、水溶性タンパク質とは大きく異なり、膜中での静電相互作用が水中の約40倍強く、疎水性相互作用が存在しないという特徴があります。このため、膜タンパク質の研究には特殊な技術が必要とされ、X線結晶構造解析、クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)、核磁気共鳴分光法(NMR)などの最先端技術が用いられています。
参考)https://www.mdpi.com/1420-3049/28/20/7176/pdf?version=1697713759
輸送タンパク質が媒介する物質移動は、エネルギー消費の有無によって受動輸送と能動輸送に分類されます。受動輸送は濃度勾配や電気化学的勾配に従って物質が移動する現象で、細胞自身のエネルギーを必要としません。
参考)膜輸送タンパク質の分子機構の構造基盤 : ライフサイエンス …
受動輸送は、さらに単純拡散と促進拡散に分けられます。単純拡散は脂溶性物質や酸素、二酸化炭素などが膜タンパク質を介さずに直接リン脂質二重層を通過する現象です。促進拡散は、チャネルやキャリアなどの輸送タンパク質を利用して物質が移動する現象であり、水溶性物質やイオンの輸送に不可欠です。
参考)【細胞膜の輸送まとめ】イオンチャネルとキャリアの違い - リ…
能動輸送は、ATPなどのエネルギーを消費して濃度勾配に逆らって物質を輸送する機構です。代表的な例として、ナトリウム-カリウムポンプがあり、ATPを消費してナトリウムイオンを細胞外へ、カリウムイオンを細胞内へ輸送することで、細胞内外のイオン濃度差を維持します。能動輸送にはさらに、共輸送体(シンポート)と逆輸送体(アンチポート)があり、それぞれ異なる物質を同方向または逆方向に同時輸送します。
膜タンパク質と輸送タンパク質の異常は、多様な疾患の原因となるため、医療における重要性が高まっています。市販薬の約60%が膜タンパク質を標的としており、創薬開発における主要なターゲットとなっています。
参考)細胞膜タンパク質 - 23. 臨床薬理学 - MSDマニュア…
輸送タンパク質の遺伝子異常による疾患は「トランスポーター病」とも呼ばれ、CFTR(嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンス制御因子)遺伝子変異による嚢胞性線維症が代表例です。トランスポーターの異常によって生ずる疾患は加齢とともに増加し、50歳以降の高齢化疾患関連遺伝子の約10%にトランスポーターが関連するとされています。
胃癌における膜輸送体タンパク発現の臨床研究(京都府立医科大学)
膜輸送体は、薬物の吸収、分布、代謝、排泄を媒介することで薬理活性に影響を与え、複数の薬物が競合して結合する際には薬物間相互作用が生じます。癌治療においても、膜輸送体タンパクの発現パターンは予後の層別化に利用される可能性があり、個別化医療への応用が期待されています。
参考)https://www.h.kpu-m.ac.jp/doc/departments/clinical-departments/files/9511.pdf
アルツハイマー病の研究では、小胞輸送に関連するBIN1やCALMといったタンパク質が、アミロイドβを産生する酵素の細胞内輸送を制御することが明らかになり、新たな創薬標的として注目されています。このように、細胞内輸送システムの理解は、神経発達障害や繊毛病など様々な疾患の分子基盤解明と治療法開発に不可欠です。
参考)細胞内の輸送の乱れがアルツハイマー病を引き起こす 
膜タンパク質と輸送タンパク質の関係を正しく理解することは、医療従事者にとって疾患メカニズムの把握と適切な治療選択のために重要です。輸送タンパク質は膜タンパク質の機能的サブセットであり、両者を区別して認識することで、より深い病態理解と臨床応用が可能となります。