人工アジュバントベクター細胞(aAVC:artificial Adjuvant Vector Cells、エーベック)は、理化学研究所の藤井眞一郎チームリーダーらが開発した革新的な免疫療法技術です。この細胞は、HEK293細胞をベースとして、CD1d分子と標的がん抗原分子のmRNAを遺伝子導入し、CD1d分子上にアルファガラクシトシルセラミド(α-GalCer)を発現させた人工細胞です。
aAVCの最大の特徴は、従来困難とされてきた自然免疫と獲得免疫を同時に活性化できることです。NKT細胞がα-GalCerの刺激を受けて活性化されると、生体内に存在する樹状細胞を成熟化させ、成熟樹状細胞がT細胞を誘導します。この一連の免疫活性化カスケードにより、単回投与で自然免疫、獲得免疫、さらには1年以上にわたって持続する記憶免疫を誘導する「多機能性がんワクチンシステム」として機能します。
🔬 メカニズムの詳細
特筆すべきは、aAVCが薬効を維持させつつ、放射線照射した他家細胞を用いることで誰にでも使用できるよう設計されていることです。これにより、患者個別の細胞培養が不要となり、製造コストの削減と治療の標準化が実現されています。
2017年から2020年にかけて実施された世界初のヒトへのaAVC投与による臨床試験では、再発または治療抵抗性の急性骨髄性白血病患者9名を対象として、WT1抗原を用いた「aAVC-WT1」の安全性と有効性が評価されました。この第I相試験は東京大学医科学研究所附属病院で実施され、注目すべき成果を示しています。
🎯 臨床試験の結果
シングルセルレベルでのRNAおよびT細胞受容体(TCR)のシークエンス解析により、骨髄中にエフェクターCD8陽性T細胞クローンが確認されました。特に重要な発見は、一部の骨髄中のCD8陽性T細胞が、もとから存在していた疲弊前駆T細胞から機能的T細胞へ移行したものや、新規活性化T細胞として出現したものであり、その一部が長期間維持されたことです。
💡 特異的な免疫応答の機序
WT1タンパクはAML細胞内でWT1ペプチドに断片化され、HLA分子とともにその細胞表面に提示されます。この「WT1ペプチド+HLA分子」複合体を認識してAML細胞を攻撃するCD8陽性細胞障害性Tリンパ球が、本治療法における主たるエフェクター細胞として機能します。
aAVCの治療効果をさらに向上させるため、サイトカインとの併用療法の研究が進展しています。2023年に発表された研究では、白血病マウスモデルに対するaAVCワクチンとIL-2の併用療法の開発に成功し、進行期がん患者に対する免疫療法の効果増大と生存率向上の可能性が示されました。
🔄 併用療法による効果の違い
この併用戦略により、単純な細胞傷害活性だけでなく、長期的な免疫記憶の形成と自己複製能力の高い記憶T細胞の誘導が可能となり、がんの再発防止と長期的な治療効果の維持が期待されます。
また、免疫チェックポイント阻害薬との併用についても研究が進められており、T細胞の活性化を抑制する負の共刺激分子(PD-1、CTLA-4)の阻害と組み合わせることで、さらなる治療効果の向上が期待されています。
樹状細胞(DC)は自然免疫と獲得免疫を結ぶ重要な役割を担う免疫担当細胞であり、aAVCはこの樹状細胞の機能を最大限に活用する画期的なアプローチを実現しています。従来の樹状細胞ワクチンでは、患者から樹状細胞を分離・培養し、体外で抗原をパルスした後に再投与する必要がありましたが、aAVCでは生体内の樹状細胞を直接標的とする新しいワクチン戦略を採用しています。
🧬 樹状細胞活性化の分子メカニズム
この生体内樹状細胞標的アプローチは、患者個別の細胞培養が不要であるため、治療コストの大幅な削減と治療アクセスの向上を実現します。また、樹状細胞の機能が生理的な環境下で最適化されるため、従来の体外培養樹状細胞よりも高い活性と持続性を示すことが確認されています。
aAVC技術の応用範囲は、がん治療にとどまらず感染症ワクチンの分野にも拡大しています。特に、免疫力が低下した高リスク群に対する次世代ワクチンとしての開発が進められており、SARS-CoV-2を対象としたaAVC-CoV-2の臨床試験も実施されています。
🦠 感染症ワクチンとしての特徴
B細胞悪性腫瘍症例に対するaAVC-CoV-2の医師主導型第I相治験では、がん患者のような免疫機能が低下した状態でも、aAVCが効果的に免疫応答を誘導できることが実証されています。この技術は、従来のワクチンでは十分な効果が得られない免疫不全患者や高齢者に対する革新的な予防医学の選択肢として期待されています。
さらに、aAVCはワクチンプラットフォーム技術として、他のがん抗原やウイルス抗原を発現したaAVCの開発も可能であり、将来的には様々な疾患に対応した個別化医療の実現が期待されています。理化学研究所とアステラス製薬の産学連携による開発体制も確立されており、日本発の免疫細胞製剤として新しい医療の扉を開く可能性を秘めています。