人工アジュバントベクター細胞による革新的免疫療法の治療戦略

人工アジュバントベクター細胞(aAVC)は自然免疫と獲得免疫を同時に活性化する新しいがん免疫療法です。急性骨髄性白血病の臨床試験では記憶免疫の誘導も確認され、従来の治療法を変革する可能性を秘めています。この革新的技術はがん治療の未来をどう変えるのでしょうか?

人工アジュバントベクター細胞による免疫システム活性化

人工アジュバントベクター細胞の革新的機能
🔬
自然免疫と獲得免疫の同時活性化

NKT細胞を介した樹状細胞の成熟化により二つの免疫システムを連動させる

🎯
WT1抗原を標的とした治療効果

多くのがん細胞で発現するWT1タンパク質を特異的に攻撃する

🛡️
長期記憶免疫の誘導

1年以上持続するキラーT細胞による継続的な監視機構を確立

人工アジュバントベクター細胞の基本原理とメカニズム

人工アジュバントベクター細胞(aAVC:artificial Adjuvant Vector Cells、エーベック)は、理化学研究所の藤井眞一郎チームリーダーらが開発した革新的な免疫療法技術です。この細胞は、HEK293細胞をベースとして、CD1d分子と標的がん抗原分子のmRNAを遺伝子導入し、CD1d分子上にアルファガラクシトシルセラミド(α-GalCer)を発現させた人工細胞です。
aAVCの最大の特徴は、従来困難とされてきた自然免疫と獲得免疫を同時に活性化できることです。NKT細胞がα-GalCerの刺激を受けて活性化されると、生体内に存在する樹状細胞を成熟化させ、成熟樹状細胞がT細胞を誘導します。この一連の免疫活性化カスケードにより、単回投与で自然免疫、獲得免疫、さらには1年以上にわたって持続する記憶免疫を誘導する「多機能性がんワクチンシステム」として機能します。
🔬 メカニズムの詳細

  • CD1dタンパク質を介してaAVCに付着した糖脂質がNKT細胞を活性化
  • aAVC自体は体内で破壊されて樹状細胞に取り込まれる
  • 樹状細胞の機能が最大限に強化され、ワクチンとして作用

特筆すべきは、aAVCが薬効を維持させつつ、放射線照射した他家細胞を用いることで誰にでも使用できるよう設計されていることです。これにより、患者個別の細胞培養が不要となり、製造コストの削減と治療の標準化が実現されています。

人工アジュバントベクター細胞による急性骨髄性白血病治療の臨床成果

2017年から2020年にかけて実施された世界初のヒトへのaAVC投与による臨床試験では、再発または治療抵抗性の急性骨髄性白血病患者9名を対象として、WT1抗原を用いた「aAVC-WT1」の安全性と有効性が評価されました。この第I相試験は東京大学医科学研究所附属病院で実施され、注目すべき成果を示しています。
🎯 臨床試験の結果

  • 用量制限毒性は認められず、安全性が確認
  • 全例において自然免疫および獲得免疫が活性化
  • 5例で客観的な白血病細胞の減少を確認
  • 一部の患者では完全寛解に至るケースも観察

シングルセルレベルでのRNAおよびT細胞受容体(TCR)のシークエンス解析により、骨髄中にエフェクターCD8陽性T細胞クローンが確認されました。特に重要な発見は、一部の骨髄中のCD8陽性T細胞が、もとから存在していた疲弊前駆T細胞から機能的T細胞へ移行したものや、新規活性化T細胞として出現したものであり、その一部が長期間維持されたことです。
💡 特異的な免疫応答の機序
WT1タンパクはAML細胞内でWT1ペプチドに断片化され、HLA分子とともにその細胞表面に提示されます。この「WT1ペプチド+HLA分子」複合体を認識してAML細胞を攻撃するCD8陽性細胞障害性Tリンパ球が、本治療法における主たるエフェクター細胞として機能します。

人工アジュバントベクター細胞と他の免疫療法との併用戦略

aAVCの治療効果をさらに向上させるため、サイトカインとの併用療法の研究が進展しています。2023年に発表された研究では、白血病マウスモデルに対するaAVCワクチンとIL-2の併用療法の開発に成功し、進行期がん患者に対する免疫療法の効果増大と生存率向上の可能性が示されました。
🔄 併用療法による効果の違い

  • aAVC-OVA単独投与群:エフェクターCD8陽性T細胞(CD44highCD62L-)が優位に誘導
  • IL-2Cx(S4B6)併用群:セントラルメモリーCD8陽性T細胞(CD44highCD62L+)が誘導
  • 幹細胞様記憶免疫CD8陽性T細胞の誘導も確認

この併用戦略により、単純な細胞傷害活性だけでなく、長期的な免疫記憶の形成と自己複製能力の高い記憶T細胞の誘導が可能となり、がんの再発防止と長期的な治療効果の維持が期待されます。

 

また、免疫チェックポイント阻害薬との併用についても研究が進められており、T細胞の活性化を抑制する負の共刺激分子(PD-1、CTLA-4)の阻害と組み合わせることで、さらなる治療効果の向上が期待されています。

人工アジュバントベクター細胞の樹状細胞機能への革新的影響

樹状細胞(DC)は自然免疫と獲得免疫を結ぶ重要な役割を担う免疫担当細胞であり、aAVCはこの樹状細胞の機能を最大限に活用する画期的なアプローチを実現しています。従来の樹状細胞ワクチンでは、患者から樹状細胞を分離・培養し、体外で抗原をパルスした後に再投与する必要がありましたが、aAVCでは生体内の樹状細胞を直接標的とする新しいワクチン戦略を採用しています。
🧬 樹状細胞活性化の分子メカニズム

  • NKT細胞の活性化により樹状細胞の成熟化が促進
  • 樹状細胞の抗原提示能力が大幅に向上
  • 自然免疫と獲得免疫の効率的な連携が実現

この生体内樹状細胞標的アプローチは、患者個別の細胞培養が不要であるため、治療コストの大幅な削減と治療アクセスの向上を実現します。また、樹状細胞の機能が生理的な環境下で最適化されるため、従来の体外培養樹状細胞よりも高い活性と持続性を示すことが確認されています。

 

人工アジュバントベクター細胞技術の感染症ワクチンへの応用展開

aAVC技術の応用範囲は、がん治療にとどまらず感染症ワクチンの分野にも拡大しています。特に、免疫力が低下した高リスク群に対する次世代ワクチンとしての開発が進められており、SARS-CoV-2を対象としたaAVC-CoV-2の臨床試験も実施されています。
🦠 感染症ワクチンとしての特徴

  • 多機能性免疫誘導による長期間の防御効果
  • 免疫不全患者でも有効な免疫応答の誘導
  • 静脈内投与による全身免疫の活性化

B細胞悪性腫瘍症例に対するaAVC-CoV-2の医師主導型第I相治験では、がん患者のような免疫機能が低下した状態でも、aAVCが効果的に免疫応答を誘導できることが実証されています。この技術は、従来のワクチンでは十分な効果が得られない免疫不全患者や高齢者に対する革新的な予防医学の選択肢として期待されています。
さらに、aAVCはワクチンプラットフォーム技術として、他のがん抗原やウイルス抗原を発現したaAVCの開発も可能であり、将来的には様々な疾患に対応した個別化医療の実現が期待されています。理化学研究所とアステラス製薬の産学連携による開発体制も確立されており、日本発の免疫細胞製剤として新しい医療の扉を開く可能性を秘めています。