ワクチン接種済みの患者でも、あなたが診た「喉の白い膜」はジフテリアかもしれません。

ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)は好気性グラム陽性桿菌に分類されます。 菌のサイズは長径1.0〜8.0 μm、幅0.3〜0.8 μm と細長く、単純な直線状の桿菌ではありません。
形態は多形性を示します。棍棒状・亜鈴状・彎曲形・直線状が混在しており、菌が配列する際に「柵状(palisade)」や「松葉状(V字配列)」を取ることがあります。 これはコリネバクテリウム属に共通の"スナップ分裂"によるもので、分裂後に完全に分離せず角度をつけた独特の配列になります。
参考)https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/c.php?g=774901&p=5560074p=5560074" target="_blank" rel="noopener">グラム陽性好気性桿菌 - ★微生物の世界(検査専攻向き・細菌…
特に重要なのが異染小体(ナイセル小体)です。これは菌体の末端に存在する顆粒状構造で、リン酸ポリマーの蓄積物とされています。 通常の染色では目立たないため、ナイセル染色やレフレル(Löffler)の凝固血清培地での培養後に確認するのが基本です。
異染小体が見えるかどうかで検鏡所見の精度は大きく変わります。これは必須です。
培地選択も診断精度に影響します。選択分離培地として荒川変法培地(亜テルル酸塩含有)が用いられ、菌が亜テルル酸カリウムを還元することで黒色または暗灰色の集落を形成するのが特徴的です。 鑑別において集落の色は重要な手がかりになります。
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| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| グラム染色 | 陽性(紫色に染色) |
| 形態 | 棍棒状・柵状・松葉状(多形性) |
| 異染小体 | 菌体末端に存在(ナイセル小体) |
| 選択培地 | 荒川変法培地(黒色集落) |
| バイオタイプ | gravis型・mitis型・intermedius型 |
バイオタイプ(gravis型・mitis型・intermedius型)は歴史的に病原性との関連が論じられてきましたが、現在はバイオタイプと病原性に直接的な相関はないとされています。 この点は臨床判断を誤らせやすい落とし穴です。
ジフテリア毒素(Diphtheria toxin:DT)はジフテリア菌が産生するAB型毒素です。 この毒素の最大の特徴は、細胞内の翻訳伸長因子EF-2(Elongation Factor 2)をADPリボシル化して不活化する点にあります。
参考)https://jsbac.org/pdf/bacteria/corynebacterium_diphtheriae.pdf
EF-2が阻害されると、細胞はタンパク質を合成できなくなります。結果として細胞死が生じます。 ジフテリア毒素の50%致死量(LD₅₀)はヒト換算で約0.1 μg/kgと推定されており、毒性は非常に高い部類に入ります。
ここで重要な点があります。毒素産生能はファージ(βファージ)が保有するtox遺伝子によってコードされており、菌自体に組み込まれた情報ではなく溶原性ファージ由来です。 つまり、毒素産生株と非産生株の区別はゲノム検査もしくはELEK試験(寒天内沈降反応)で確認しなければ、培養だけでは判定できません。
参考)https://jsbac.org/pdf/bacteria/corynebacterium_diphtheriae.pdf
つまり「培養陽性=病原性あり」ではありません。
実際の臨床現場では、喉頭・咽頭に形成される偽膜(pseudomembrane)が最も視覚的に重要な所見となります。 偽膜は灰白色〜白色、厚く粘稠で、剥離しようとすると出血を伴います。偽膜内で菌が増殖し、そこから吸収された毒素が全身に作用することで心筋炎や神経麻痺といった重篤な合併症が生じます。
参考)ジフテリア(Diphtheria)|症状からアプローチするイ…
これらは毒素が血流に乗ってから数日〜数週後に発現するため、局所症状が軽快した後でも油断できません。
ジフテリアは発展途上国では依然として流行があり、WHO報告によると世界全体で年間数千件の届出症例が続いています。日本では定期予防接種(DPT/DT)の普及により患者数は激減しており、近年は年間数例以下の水準が続いています。
ただし「日本ではほとんど見ない感染症」という認識が逆に危険です。
見落としやすい点として皮膚ジフテリアがあります。 呼吸器症状を示さず、皮膚の潰瘍や鱗状発疹として現れるため、ジフテリアとは診断されにくい形態です。特に熱帯・亜熱帯地域の渡航歴がある患者の皮膚病変では念頭に置く必要があります。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=22804
保菌者(不顕性感染者)も感染源になりえます。保菌者は咽頭に菌を保有していながら症状がなく、集団生活の場での拡散リスクを持ちます。 菌は唾液や水中では数日〜10数日間、暗所では数ヵ月にわたり感染力を保持します。
参考)https://jsbac.org/pdf/bacteria/corynebacterium_diphtheriae.pdf
感染ルートは主に飛沫感染と接触感染です。医療従事者として患者への対応時には、標準予防策に加え飛沫予防策を取ることが原則です。
参考)ジフテリア(Diphtheria)|症状からアプローチするイ…
日本感染症学会:ジフテリアの病原体・疫学・臨床・治療の公式ガイドライン
ジフテリアの臨床診断は症状と検査所見の組み合わせで行います。 偽膜形成・発熱・咽頭痛が揃えばジフテリアを強く疑い、確定診断には以下の検査が必要です。
治療の根幹は抗毒素血清(ジフテリア抗毒素)と抗菌薬の早期併用です。 抗毒素血清は血流中の毒素を中和しますが、すでに細胞内に取り込まれた毒素には効果がありません。そのため、発症から投与までの時間が短いほど予後が改善します。疑いの段階で培養結果を待たずに投与開始を検討することが重要です。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=22804
抗菌薬はペニシリン・セファロスポリン・エリスロマイシンが有効で、約2週間投与します。 化学療法の目的は菌の除菌(毒素産生の停止)と保菌者化の防止にあります。血清療法と抗菌薬を併用すれば、治癒後に保菌者になることはほとんどないとされています。
参考)https://jsbac.org/pdf/bacteria/corynebacterium_diphtheriae.pdf
| 治療 | 目的・ポイント |
|---|---|
| 抗毒素血清 | 血中毒素を中和。早期投与が命綱 |
| ペニシリン系 | 菌の除菌。2週間継続が原則 |
| エリスロマイシン | ペニシリンアレルギー時の代替 |
| 気道管理 | 偽膜の気道閉塞時は緊急挿管も視野に |
ジフテリア毒素による合併症(心筋炎・神経麻痺)は治療後も注意が必要です。心電図モニタリングと神経学的観察を継続することが求められます。
日本細菌学会:ジフテリア菌の基礎情報・病原性・治療の要点(公式PDF)
コリネバクテリウム属は「ジフテロイド菌」と総称されることがあり、ジフテリア菌以外の菌種が多数存在します。 臨床検体、特に鼻咽頭・皮膚・血液培養ではコリネバクテリウム属のコンタミネーションや常在菌として検出されることが多く、鑑別が重要です。
注意が必要なのはC. ulceransです。これは意外ですね。
これらは形態的にジフテリア菌と類似しているため、コリネバクテリウム属として検出されたすべての菌株に対して毒素産生検査(ELEK試験またはPCR)を行うことが推奨されます。 形態だけで「ジフテリア菌ではない」と判断するのは危険です。
参考)ジフテリア(Diphtheria)|症状からアプローチするイ…
また、リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)もグラム陽性短桿菌として検出されることがあり、コリネバクテリウム属との混同が起きやすい菌種です。リステリアは冷蔵温度(4℃)でも増殖できるという特性(低温増殖性)があり、免疫不全者・妊婦・新生児での髄膜炎・敗血症の原因となります。コリネバクテリウム属との鑑別としてCatalaseの有無・運動性・溶血性を確認することが基本です。
グラム陽性桿菌の鑑別が条件です。
| 菌種 | 特徴的な違い | 重要疾患 |
|---|---|---|
| C. diphtheriae | 異染小体、棍棒状、荒川培地黒色 | ジフテリア(偽膜・毒素症状) |
| C. ulcerans | ジフテリア毒素産生あり(tox類似遺伝子) | ジフテリア様疾患(人獣共通) |
| Listeria | 低温増殖性・運動性・β溶血 | 髄膜炎・敗血症(免疫不全者) |
| Bacillus anthracis | 芽胞形成・非運動性・竹節状連鎖 | 炭疽(皮膚・肺・腸管) |
九州大学附属図書館ガイド:グラム陽性好気性桿菌の分類と各菌の特性まとめ(検査専攻向き)