インテグリンは細胞表面に存在する接着分子であり、細胞内の細胞骨格と細胞外の細胞外基質をつなぐ架け橋として機能しています。この膜貫通タンパク質は、α鎖とβ鎖の2つのサブユニットからなるヘテロダイマー構造を持ち、ヒトではα鎖が18種類、β鎖が8種類存在し、これらの組み合わせにより24種類の異なるインテグリン分子が形成されます。
インテグリンの基本構造は、大きく3つの部分に分けられます。
最も興味深い特性の一つは、インテグリンが「休止状態」と「活性化状態」の間で構造変化を起こすことです。休止状態では、インテグリンは折りたたまれた構造をとり、リガンド結合部位が膜の中に埋もれています。一方、活性化状態では構造が開き、リガンド結合部位が細胞表面から伸びて対象分子と結合できるようになります。
この構造変化は「インサイドアウトシグナル」と「アウトサイドインシグナル」という双方向のシグナル伝達を可能にします。細胞内からの信号がインテグリンを活性化する場合(インサイドアウト)と、リガンドの結合が細胞内へのシグナル伝達を引き起こす場合(アウトサイドイン)があります。
白血球インテグリンには特徴的な性質があり、炎症反応において重要な役割を果たしています。白血球インテグリンは刺激依存的に親和性が変化し、細胞表面上での凝集が起こることで接着性が亢進します。
この機構により、通常は血管内を循環している白血球が、必要に応じて血管内皮細胞に接着し、炎症部位へと遊走することが可能になります。白血球の接着と遊走のプロセスは以下の段階に分けられます。
白血球インテグリンの代表的な例として、LFA-1(αLβ2)やVLA-4(α4β1)があります。これらのインテグリンは、それぞれICAM-1やVCAM-1などの接着分子と結合します。
特に興味深いのは、B細胞やT細胞などのリンパ球に発現するα4β1インテグリンです。このインテグリンを介した細胞接着では、細胞内でタンパクのチロシンリン酸化シグナルが生じ、細胞の機能や動態に重要な影響を与えます。
基底膜は、上皮組織や内皮組織の基部にある薄いシート状の特殊な細胞外マトリックスで、組織の構造維持と機能調節に重要な役割を果たしています。基底膜の主要な構成成分の一つがラミニンであり、ラミニンはα、β、γの3つの鎖からなるヘテロ3量体タンパク質です。
ラミニンとインテグリンの相互作用は、基底膜の形成と上皮細胞の接着において中心的な役割を担っています。特に、インテグリンα6β1はラミニン511に高い親和性を示す代表的なラミニン受容体です。
2021年の研究では、インテグリンα6β1とラミニン511の複合体の立体構造が初めて明らかにされました。この研究では、Fv-claspという抗体の応用技術を利用して結晶構造を決定し、さらにクライオ電子顕微鏡を用いて複合体の立体構造を解析しました。
この構造解析により、ラミニンの結合に伴いインテグリンβ1の「脚」の部分が大きく広がるような構造変化が生じることが示されました。また、ラミニンのγ鎖のC末端部分とインテグリンの間のピンポイントの結合が可視化され、インテグリンを介したシグナル伝達の分子メカニズムの詳細が明らかになりました。
さらに、インテグリンα6の上部とラミニン511の底部の間に形成される広い範囲での静電相互作用が、両者の結合において極めて重要であることも判明しました。この静電相互作用は、結合特異性の獲得だけでなく、結合の初期段階において離れた位置にいる両者が互いを引き寄せ合う上でも重要な役割を果たしていると考えられています。
ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞の表面にはインテグリンα6β1が多く発現しており、この特性を利用した培養技術が開発されています。ラミニン511を培養基質として用いると、これらの細胞を効率よく培養できることが知られています。
従来の多能性幹細胞の培養には、マウス胎児線維芽細胞(MEF)のフィーダー細胞や、マトリゲルといった動物由来の基質材料が使用されてきました。しかし、これらの材料は成分が不明確であり、異種タンパク質によるコンタミネーションリスクや、ロット間のばらつきなどの問題がありました。
ラミニン511を用いた培養基質は以下のような利点があります。
インテグリンα6β1とラミニン511の相互作用に関する構造研究の結果は、より効率的で安価な培養基質の開発に貢献すると期待されています。例えば、ラミニン511の機能的なフラグメントや、インテグリンα6β1との結合に必須な領域のみを含むペプチドなどが開発されれば、より経済的な培養システムが実現する可能性があります。
このような技術革新は、再生医療における細胞製造コストの削減や、スケールアップの課題解決につながり、将来の臨床応用に大きく貢献することでしょう。
インテグリンを介したシグナル伝達の異常は、様々な疾患の発症や進行に関与しています。特に注目すべき疾患領域として、炎症性疾患、がん、および線維症が挙げられます。
炎症性疾患とインテグリン
炎症性腸疾患(IBD)に対する治療法として、インテグリンを標的とした治療が開発されています。基礎研究および臨床試験の結果、インテグリンに対する抗体製剤を用いて本経路を遮断する治療は、IBDに対する腸管選択的な治療法として有効であることが示されています。
代表的な抗インテグリン製剤には、ベドリズマブ(抗α4β7インテグリン抗体)やナタリズマブ(抗α4インテグリン抗体)があります。これらの薬剤は、白血球の腸管への遊走を阻害することで炎症を抑制します。従来の全身性の免疫抑制剤と比較して、より選択的な作用を持つため、副作用プロファイルの改善が期待されています。
がんとインテグリン
がん細胞が新たな病巣を形成するためには、原発巣から離れた組織に移動する必要があります。この過程において、がん細胞は強力な運動能を獲得しており、インテグリンがその運動能を制御する重要な分子であることが示されています。
特に、非小細胞肺がんにおいては、がん関連線維芽細胞(CAF)の活性化にインテグリンα11が関与しているという報告があります。CAFはがん微小環境において重要な役割を果たし、がんの進行や薬剤耐性の獲得に寄与します。インテグリンα11を標的とした治療法の開発は、がん治療の新たなアプローチとなる可能性があります。
線維症とインテグリン
臓器の線維化は様々な慢性疾患の共通経路であり、インテグリンはこのプロセスでも重要な役割を担っています。特に、αvβ6インテグリンは、TGF-βの活性化を介して線維化を促進することが知られています。
線維症に対する治療法として、インテグリンを標的とした治療薬の開発が進められています。例えば、特発性肺線維症(IPF)に対するαvβ6インテグリン阻害薬の臨床試験が行われています。
インテグリンを標的とした治療法の課題と展望
インテグリンを標的とした治療法は有望である一方、いくつかの課題も存在します。
これらの課題を克服するために、インテグリンの構造と機能に関する基礎研究の継続が重要です。最近の研究で明らかになったインテグリンα6β1とラミニン511の複合体構造のような成果は、より特異的かつ効果的な治療薬の開発につながる可能性があります。
また、インテグリンを標的とした診断法の開発も進められています。特定のインテグリンの発現パターンや活性化状態は、疾患の診断や治療効果のモニタリングに利用できる可能性があります。
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インテグリンの構造と機能に関する研究の進展は、疾患の分子メカニズムの理解を深めるだけでなく、より特異的で効果的な治療法の開発にも貢献しています。今後も基礎研究と臨床応用の両面からの研究が進むことで、インテグリンを標的とした医療技術のさらなる発展が期待されます。