顎関節の関節円板と筋肉の役割と治療アプローチ

顎関節の構造や機能障害に関する最新知見と治療アプローチを解説。関節円板や筋肉の役割から診断・治療法まで詳しく解説しますが、あなたの患者さんに適した治療法はどれでしょうか?

顎関節と症状

顎関節症の基本知識
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顎関節症の発症率

日本人の約10-15%が何らかの顎関節症状を経験

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主な症状

顎の痛み、開口障害、関節音、頭痛、耳の違和感

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治療法の多様性

スプリント療法、運動療法、薬物療法、生活指導など症状に合わせた対応が必須

顎関節の解剖学的構造と関節円板の役割

顎関節は、頭蓋骨の側頭骨と下顎骨が連結する体内でも特殊な構造を持つ関節です。体の他の関節と大きく異なる特徴として、左右一対で連動して動作することが挙げられます。この連動性が顎関節障害の複雑さをもたらす一因となっています。

 

顎関節の基本構造は、側頭骨の下顎窩と下顎骨の関節突起から成り立ち、その間に位置する関節円板がクッションの役割を担っています。関節円板は線維軟骨組織で構成され、前方部・中央部・後方部の3つの領域に区分されます。中央部は最も薄く、前後方部は厚みがあり、この形状が顎の滑らかな動きを可能にしています。

 

関節円板の主な機能は以下のように整理できます。

  • 衝撃吸収:咀嚼時の圧力から関節面を保護
  • 関節面の適合性向上:異なる形状の骨同士の動きを調整
  • 滑膜液の分布:関節腔内の潤滑を促進
  • 安定性の提供:過度の運動を制限し関節を安定化

関節円板の周囲には関節包と呼ばれる靭帯組織が存在し、顎関節全体を包み込んでいます。この関節包は外側から顎関節を保護し、内側には滑膜組織が存在して関節液を分泌しています。関節液は栄養供給と潤滑の両方の役割を果たし、正常な関節機能に不可欠です。

 

顎関節の動きを制御するのが咀嚼筋群です。主な咀嚼筋としては、開口に関わる外側翼突筋、閉口に関わる咬筋・側頭筋・内側翼突筋があります。これらの筋肉のバランスが崩れると、顎関節への負荷が偏り、関節円板の位置異常や炎症を引き起こす可能性があります。

 

顎関節症の分類と主な症状の特徴

顎関節症は単一の疾患ではなく、さまざまな病態を包括する症候群です。日本顎関節学会による分類では、顎関節症はⅠ型からⅣ型まで4つのタイプに区分されています。それぞれの特徴を理解することで、適切な診断と治療アプローチが可能になります。

 

Ⅰ型:咀嚼筋障害
咀嚼筋の過緊張や疲労、炎症などが原因となるタイプです。主な症状として以下が挙げられます。

  • 咀嚼筋の疼痛や圧痛
  • 朝起きた時の顎の強張り感
  • 咀嚼時の痛み
  • 頭痛や首・肩のこり(関連痛)

このタイプは主にストレスや歯ぎしり、食いしばりなどのパラファンクションが原因となることが多く、筋肉の過緊張が長期間続くことで慢性的な痛みへと発展します。

 

Ⅱ型:関節包・靱帯障害
顎関節の靱帯や関節包の損傷によるタイプで、「ねんざ」に近い状態です。症状

  • 顎関節の運動痛
  • 関節部の圧痛
  • 開口障害

原因としては外傷性の要因(顎への打撲、過度の開口など)と内在性の要因(咬合異常、硬いものを無理に咬むなど)があります。関節包や靱帯の炎症・伸張により、関節の不安定性が生じます。

 

Ⅲ型:関節円板障害
関節円板の位置異常や形態変化が特徴のタイプです。病態の進行に合わせて4つの段階に分けられます。
第1期(復位性関節円板前方転位)

  • 開閉口時のクリック音
  • 関節円板が一時的に前方に転位するが、開口と共に正常位置に復位する

第2期(非復位性関節円板前方転位 = クローズドロック)

  • クリック音の消失
  • 開口制限(通常25mm以下)
  • 下顎が患側に偏位

第3期

  • 関節円板の恒久的変位
  • クレピタス(摩擦音)の出現
  • 開口量の回復

第4期

  • 関節内の繊維の癒着
  • 関節円板の穿孔
  • 骨変形の始まり

Ⅳ型:変形性顎関節症
長期間にわたる関節障害の結果、骨の変形まで進行した状態です。パノラマX線やCTで確認できる骨の変化が特徴で、症状

  • 関節の運動時痛
  • 咬合時痛
  • 慢性的な関節雑音(クレピタス)

これらの分類は互いに密接に関連し、複数のタイプが合併することも少なくありません。例えば、初期は筋肉の問題(Ⅰ型)から始まり、放置することで関節円板障害(Ⅲ型)へと進行するケースも見られます。

 

顎関節症の診断方法とCT・MRIの活用

顎関節症の正確な診断には、詳細な病歴聴取(医療面接)と臨床所見の評価、そして適切な画像診断の組み合わせが不可欠です。効果的な診断プロセスを以下に示します。

 

医療面接(問診)のポイント
顎関節症の診断において、患者からの情報収集は非常に重要です。特に注目すべき情報には。

  • 症状の発現時期と経過
  • 痛みの性質(鋭痛、鈍痛、持続性、間欠性)
  • 開口障害の有無とその程度
  • 関節音の有無と性質(クリック、クレピタス)
  • 日常生活での支障の程度
  • ストレス要因や歯ぎしり・くいしばりの自覚
  • 既往歴(特に顎への外傷歴)

医療面接を通じて、患者の症状と生活習慣の関連性を探ることができます。例えば、症状が仕事やプライベートのストレスと相関している場合、心理社会的要因の関与を疑うことができます。

 

臨床検査
基本的な臨床検査には以下が含まれます。

  • 開口量測定:正常は40-50mm程度、30mm未満は開口障害と判断
  • 開口路の観察:開口時の下顎の偏位は関節円板障害を示唆
  • 関節音の聴診:聴診器や触診による関節音の評価
  • 筋触診:咀嚼筋群の圧痛、緊張、肥大の評価
  • 咬合検査:早期接触や咬合干渉の確認

特に筋触診は顎関節症Ⅰ型の診断に重要です。咬筋、側頭筋、翼突筋、顎二腹筋などの触診を行い、圧痛点や筋の緊張状態を評価します。筋触診の際には、「トリガーポイント」と呼ばれる特異的な圧痛点の存在にも注目することが重要です。

 

画像診断
顎関節の画像診断には様々な方法がありますが、それぞれ特徴と適応があります。

  1. パノラマX線写真
    • 顎関節の骨構造の概観に有用
    • 変形性顎関節症(Ⅳ型)の骨変化の検出に有効
    • 利点:広く普及し、被曝量が少ない
    • 限界:軟組織(関節円板など)の評価不可
  2. CT(コンピュータ断層撮影)
    • 骨構造の詳細な評価が可能
    • 骨折、骨棘形成、硬化性変化などの検出に優れる
    • 三次元再構成により立体的な評価も可能
    • 限界:軟組織のコントラスト不足、被曝量が比較的多い
  3. MRI(磁気共鳴画像)
    • 関節円板の位置・形態評価の標準的手法
    • 関節液の貯留、滑膜の炎症など軟組織の評価に優れる
    • 開口・閉口時の動的撮影も可能
    • 限界:骨構造の詳細評価には不向き、設備が高価
  4. 超音波検査
    • 非侵襲的でリアルタイム評価が可能
    • 関節円板の位置評価や炎症の検出に有用
    • 利点:繰り返し検査が容易、放射線被曝なし
    • 限界:検者の技術に依存、深部構造の評価が困難

MRIは特に関節円板障害(Ⅲ型)の診断に有用で、T1強調画像とT2強調画像を組み合わせることで、関節円板の位置と形態、関節腔内の炎症所見を評価できます。閉口位と開口位の両方で撮影することにより、関節円板の復位性を確認することも可能です。

 

診断精度向上のために、画像診断と臨床所見を総合的に評価することが重要です。例えば、MRIで関節円板前方転位が認められても、症状がない場合(無症候性円板転位)は治療の必要性が低い場合もあります。反対に、画像所見が軽微でも強い症状がある場合は、心理社会的要因や筋障害の関与を考慮する必要があります。

 

顎関節症の治療アプローチとナイトガードの効果

顎関節症の治療は、症状の重症度や病態によって異なりますが、基本的には保存的治療が第一選択となります。治療アプローチは大きく分けて以下のようになります。

 

保存的治療の基本
顎関節症の初期治療としては、可逆的で侵襲の少ない保存的アプローチが推奨されています。主な保存的治療法には。

  1. 患者教育と自己管理
    • 過度の開口を避ける
    • 硬い食物の咀嚼を控える
    • パラファンクション(歯ぎしり・食いしばり)の自覚と対策
  2. 理学療法
    • 温熱療法:温湿布による筋弛緩効果
    • 寒冷療法:急性炎症期の疼痛・腫脹軽減
    • 運動療法:適切な開閉口訓練
  3. 薬物療法