顎関節は、頭蓋骨の側頭骨と下顎骨が連結する体内でも特殊な構造を持つ関節です。体の他の関節と大きく異なる特徴として、左右一対で連動して動作することが挙げられます。この連動性が顎関節障害の複雑さをもたらす一因となっています。
顎関節の基本構造は、側頭骨の下顎窩と下顎骨の関節突起から成り立ち、その間に位置する関節円板がクッションの役割を担っています。関節円板は線維軟骨組織で構成され、前方部・中央部・後方部の3つの領域に区分されます。中央部は最も薄く、前後方部は厚みがあり、この形状が顎の滑らかな動きを可能にしています。
関節円板の主な機能は以下のように整理できます。
関節円板の周囲には関節包と呼ばれる靭帯組織が存在し、顎関節全体を包み込んでいます。この関節包は外側から顎関節を保護し、内側には滑膜組織が存在して関節液を分泌しています。関節液は栄養供給と潤滑の両方の役割を果たし、正常な関節機能に不可欠です。
顎関節の動きを制御するのが咀嚼筋群です。主な咀嚼筋としては、開口に関わる外側翼突筋、閉口に関わる咬筋・側頭筋・内側翼突筋があります。これらの筋肉のバランスが崩れると、顎関節への負荷が偏り、関節円板の位置異常や炎症を引き起こす可能性があります。
顎関節症は単一の疾患ではなく、さまざまな病態を包括する症候群です。日本顎関節学会による分類では、顎関節症はⅠ型からⅣ型まで4つのタイプに区分されています。それぞれの特徴を理解することで、適切な診断と治療アプローチが可能になります。
Ⅰ型:咀嚼筋障害
咀嚼筋の過緊張や疲労、炎症などが原因となるタイプです。主な症状として以下が挙げられます。
このタイプは主にストレスや歯ぎしり、食いしばりなどのパラファンクションが原因となることが多く、筋肉の過緊張が長期間続くことで慢性的な痛みへと発展します。
Ⅱ型:関節包・靱帯障害
顎関節の靱帯や関節包の損傷によるタイプで、「ねんざ」に近い状態です。症状
原因としては外傷性の要因(顎への打撲、過度の開口など)と内在性の要因(咬合異常、硬いものを無理に咬むなど)があります。関節包や靱帯の炎症・伸張により、関節の不安定性が生じます。
Ⅲ型:関節円板障害
関節円板の位置異常や形態変化が特徴のタイプです。病態の進行に合わせて4つの段階に分けられます。
第1期(復位性関節円板前方転位)
第2期(非復位性関節円板前方転位 = クローズドロック)
第3期
第4期
Ⅳ型:変形性顎関節症
長期間にわたる関節障害の結果、骨の変形まで進行した状態です。パノラマX線やCTで確認できる骨の変化が特徴で、症状
これらの分類は互いに密接に関連し、複数のタイプが合併することも少なくありません。例えば、初期は筋肉の問題(Ⅰ型)から始まり、放置することで関節円板障害(Ⅲ型)へと進行するケースも見られます。
顎関節症の正確な診断には、詳細な病歴聴取(医療面接)と臨床所見の評価、そして適切な画像診断の組み合わせが不可欠です。効果的な診断プロセスを以下に示します。
医療面接(問診)のポイント
顎関節症の診断において、患者からの情報収集は非常に重要です。特に注目すべき情報には。
医療面接を通じて、患者の症状と生活習慣の関連性を探ることができます。例えば、症状が仕事やプライベートのストレスと相関している場合、心理社会的要因の関与を疑うことができます。
臨床検査
基本的な臨床検査には以下が含まれます。
特に筋触診は顎関節症Ⅰ型の診断に重要です。咬筋、側頭筋、翼突筋、顎二腹筋などの触診を行い、圧痛点や筋の緊張状態を評価します。筋触診の際には、「トリガーポイント」と呼ばれる特異的な圧痛点の存在にも注目することが重要です。
画像診断
顎関節の画像診断には様々な方法がありますが、それぞれ特徴と適応があります。
MRIは特に関節円板障害(Ⅲ型)の診断に有用で、T1強調画像とT2強調画像を組み合わせることで、関節円板の位置と形態、関節腔内の炎症所見を評価できます。閉口位と開口位の両方で撮影することにより、関節円板の復位性を確認することも可能です。
診断精度向上のために、画像診断と臨床所見を総合的に評価することが重要です。例えば、MRIで関節円板前方転位が認められても、症状がない場合(無症候性円板転位)は治療の必要性が低い場合もあります。反対に、画像所見が軽微でも強い症状がある場合は、心理社会的要因や筋障害の関与を考慮する必要があります。
顎関節症の治療は、症状の重症度や病態によって異なりますが、基本的には保存的治療が第一選択となります。治療アプローチは大きく分けて以下のようになります。
保存的治療の基本
顎関節症の初期治療としては、可逆的で侵襲の少ない保存的アプローチが推奨されています。主な保存的治療法には。