エラストグラフィーとは、臓器や組織の硬さを非侵襲的に評価する画像診断技術です。古くから医師は触診によって組織の硬さを評価してきましたが、エラストグラフィーはこの「触診」を画像化・数値化する革新的な技術と言えます。
組織の硬さは疾患の進行度と密接に関連することが多く、例えば肝臓疾患では炎症や線維化の進行に伴い組織が硬くなっていきます。エラストグラフィーはこのような変化を客観的に評価することを可能にします。
主なエラストグラフィー技術は以下の3種類に分類されます。
これらの技術は主に超音波装置やMRI装置に実装されており、臨床現場で広く利用されています。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、疾患が進行しても自覚症状が現れにくいという特徴があります。ウイルス性肝炎、アルコール性肝障害、脂肪肝炎、原発性胆汁性胆管炎、自己免疫性肝炎などの慢性肝疾患では、炎症が持続することで徐々に線維化が進行し、最終的に肝硬変へと至ります。
肝臓の線維化の程度を評価する従来のゴールドスタンダードは肝生検でした。しかし肝生検は侵襲性が高く、出血などの合併症リスクがあり、患者負担も大きいため、反復して行うことが難しいという欠点があります。また、肝臓全体のごく一部(約1/50,000)しか評価できないというサンプリングエラーの問題も存在します。
エラストグラフィーは、このような肝生検の欠点を克服する非侵襲的評価法として注目されています。肝臓の硬さを数値化することで、線維化ステージ(F0〜F4)の推定が可能となり、以下のような臨床的メリットがあります。
肝臓エラストグラフィーの実施方法は使用する機器によって異なりますが、一般的には以下のようなプロセスで行われます。
超音波エラストグラフィーの場合。
M2BPGi、ヒアルロン酸などの血液マーカーと併用することで、より信頼性の高い評価が可能になります。
エラストグラフィーの実施方法として、超音波を用いる方法とMRIを用いる方法があります。それぞれに特徴があり、臨床状況に応じて使い分けることが重要です。
1. 超音波エラストグラフィー
メリット。
デメリット。
超音波エラストグラフィーは一般的な超音波診断装置に特殊なソフトウェアを組み込むことで実施可能です。ただし、検査の信頼性は適切な測定部位の選択や十分な経験を持つ検査者の技術に左右される面があります。
2. MRエラストグラフィー(MR Touch)
メリット。
デメリット。
MRエラストグラフィーは1.5テスラ以上のMRI装置を用いて実施されます。特殊な振動装置で微小な機械波を発生させ、その伝播を可視化することで組織の硬さを評価します。2024年には国内初のMRエラストグラフィ技術「MR Touch」が導入され、臨床応用が拡大しています。
どちらの方法を選択するかは、施設の設備状況、患者の状態、必要とされる情報の種類によって判断されます。理想的には両者を相補的に使用することで、より正確な評価が可能になります。
エラストグラフィーは肝臓疾患の評価だけでなく、様々な臓器・組織の評価に応用されています。主な臨床応用例と診断精度について解説します。
肝臓疾患
肝臓の線維化ステージ評価における診断精度は、メタアナリシスによると以下の通りです。
肝硬変患者における門脈圧亢進や食道静脈瘤の存在予測にも有用とされています。また、C型肝炎治療後の線維化改善の評価にも活用されており、治療によって肝臓が徐々に柔らかくなる過程を追跡できます。
乳腺疾患
乳がん診断におけるエラストグラフィーは、従来のB-モード超音波検査に追加することで、良悪性鑑別の特異度を向上させることが示されています。特に、BI-RADS分類カテゴリー3(おそらく良性)と4a(悪性の可能性低い)の病変の鑑別に有用です。
その他の臓器・組織
特に整形外科領域では、投球側の後方関節包の硬化・肥厚評価や、筋線維と腸脛靭帯の間の力学的相互作用の評価などに応用されています。
エラストグラフィーの診断精度は測定方法や対象臓器、検査者の経験などに影響されるため、他の検査所見や臨床情報と総合的に判断することが重要です。単一の検査で100%の診断は困難であり、複数のモダリティを組み合わせることで診断精度を高めることが推奨されます。
エラストグラフィーは非常に有用な検査技術ですが、その結果を適切に解釈し、臨床判断に活かすためにはいくつかの注意点があります。
測定値に影響を与える因子
エラストグラフィーの測定値は以下の要因によって影響を受ける可能性があります。
これらの要因を考慮し、適切な条件下で検査を実施することが重要です。
エラストグラフィー結果の過信に注意
エラストグラフィーは非常に有用なツールですが、その結果のみで診断を確定することは避けるべきです。以下の点に注意が必要です。
柔らかさが必ずしも健康状態を意味するわけではなく、過度な柔軟性がかえって不安定性を招く可能性もあります。特に運動器の評価では、適切な硬さのバランスが重要となります。スポーツ選手の例では、股関節の可動域を過度に拡大したことで、ぎっくり腰を引き起こしたケースも報告されています。
保険診療上の注意点
日本の保険診療制度では、エラストグラフィーの算定方法に注意が必要です。
肝エラストグラフィ加算の施設基準には、1.5テスラ以上のMRI装置の保有、画像診断管理加算2または3の施設基準を満たすこと、画像診断を専ら担当する10年以上の経験を持つ常勤医師を3名以上配置することなどが含まれます。
エラストグラフィー技術は進化を続けており、最新の技術動向と将来の展望について考察します。
最新の技術革新
新たな臨床応用領域
エラストグラフィーは従来の応用領域を超えて、次のような分野への展開が期待されています。
将来展望
エラストグラフィー技術は、さらなる高精度化と使いやすさの向上により、以下のような展開が予想されます。
エラストグラフィーは非侵襲的に組織特性を評価できる画期的な技術として、今後も医療の様々な分野で活用され、患者QOLの向上と医療の質的向上に貢献することが期待されます。特に日本では高齢化社会の進展に伴い、非侵襲的かつ効率的な検査法としての重要性がさらに高まるでしょう。