アスナプレビルは、2014年9月にブリストル・マイヤーズから発売されたC型肝炎治療薬で、日本で初めてインターフェロンおよびリバビリンを必要としない経口薬のみによる治療を可能にした画期的な薬剤でした。セログループ1(ジェノタイプ1)のC型慢性肝炎又はC型代償性肝硬変に適応を持ち、ダクラタスビル塩酸塩(ダクルインザ)と併用して24週間投与する治療法として確立されました。
参考)https://www.bms.com/jp/media/press-release-listing/press-release-listing-2014/20140903.html
製品名スンベプラカプセル100mgとして薬価基準に収載され、1カプセルあたり3,280.70円という高額な薬価が設定されていました。この薬剤は特に以下の患者群を対象としていました:
当時としては革新的な治療選択肢であり、注射剤を使用しない経口のみの治療として多くの期待を集めていました。
アスナプレビルの販売中止には、深刻な副作用の発現が大きな要因として関与していました。特に注目すべき副作用として、2015年に厚生労働省の医薬品・医療機器等安全性情報で報告された多形紅斑があります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000185250.pdf
販売開始から約7ヶ月間(平成26年9月〜平成27年3月)での副作用報告データによると、多形紅斑関連症例が6例報告されており、推定使用患者数約2万人に対して看過できない発現率を示していました。これらの症例はダクラタスビル塩酸塩およびアスナプレビルの併用療法との因果関係が否定できないものとして評価されました。
多形紅斑以外にも、以下のような重篤な副作用が懸念されていました。
特にCYP3A阻害作用による他薬剤との相互作用は臨床現場で大きな問題となり、併用禁忌薬剤が多数存在することが処方上の制約となっていました。これらの安全性上の懸念が、より安全性の高い新薬への移行を促進する要因となりました。
参考)https://npi-inc.co.jp/medical/info/file/944
日本肝臓学会C型肝炎治療ガイドラインにおけるアスナプレビルの位置づけは、治療薬の進歩とともに段階的に変化してきました。2024年5月に発行された第8.3版では、「ダクラタスビル、アスナプレビルの販売中止に伴い治療推奨からダクラタスビル、アスナプレビルの記載を削除」と明記されています。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/C_v8.3_20240605.pdf
このガイドライン変遷における重要なポイントとして。
第7版(2019年6月)の主な変更点:
第8版(2020年7月)以降の変化:
これらの変遷は、C型肝炎治療における薬剤選択の変化を如実に表しており、第一世代DAAから第二世代、第三世代へと治療体系が急速に進歩したことを示しています。アスナプレビルは第一世代DAAとして重要な役割を果たしましたが、治療効果と安全性のバランスを考慮した結果、より優れた薬剤に置き換えられることとなりました。
アスナプレビルの販売中止は段階的に実施され、経過措置期間を経て完全に市場から撤退しました。この過程は医療現場の混乱を避けるため、慎重に計画・実行されました。
経過措置期間中の主要な動き:
2023年における各製薬企業の添付文書改訂では、「アスナプレビル(製品名:スンベプラ、ジメンシー)の記載を販売中止(経過措置期間の満了)のため削除」という記載が相次いで見られました。これは相互作用情報から該当薬剤を削除する必要があったためです。
参考)https://dsu-system.jp/dsu/320/11268/notice/notice_11268_20230823193034.pdf
藤永製薬株式会社の改訂情報(2023年11月)では、「販売が中止されたダクラタスビル・アスナプレビル・ベクラブビル(ジメンシー)、アスナプレビル(スンベプラ)を削除しました」と明記されています。このような各社の対応は、医薬品医療機器総合機構情報提供ホームページより添付文書が削除されたことを受けての措置でした。
参考)https://fujinaga-pharm.co.jp/medical/pdf/revi/2311revi_cbz.pdf
製薬企業が直面した課題:
ブリストル・マイヤーズ株式会社は、アスナプレビル販売開始時に「C型肝炎と闘われている日本の皆さまのニーズにお応えする新たな治療オプション」として位置づけていましたが、より効果的で安全性の高い治療法の登場により、その役割を終えることとなりました。
アスナプレビル販売中止後のC型肝炎治療は、より高い治療効果と安全性を持つ第三世代DAA(直接作用型抗ウイルス薬)が主流となっています。現在の治療ガイドラインでは、グレカプレビル/ピブレンタスビル配合錠(マヴィレット)やソホスブビル/ベルパタスビル配合錠(エプクルーサ)が推奨治療の中心となっています。
参考)https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/hepatitis_c.html
現代治療法の革新的特徴:
特にグレカプレビル/ピブレンタスビル配合錠は、腎機能障害・透析例に対する安全性データも蓄積されており、患者背景に関わらず幅広く使用可能な治療選択肢として確立されています。
治療戦略の多様化:
代償性肝硬変から非代償性肝硬変まで、病態に応じた細やかな治療選択が可能となりました。DAA前治療不成功例に対する救援治療法も確立され、アスナプレビル時代には困難だった難治例への対応も大幅に改善されています。
小児例への適応拡大も進み、3歳以上12歳未満への適応を持つグレカプレビル水和物/ピブレンタスビル配合顆粒の登場により、年齢を問わない包括的な治療体系が構築されています。
さらに、肝発癌後症例や肝移植後再発例といったSpecial populationに対する治療戦略も詳細に策定され、アスナプレビル時代と比較して治療選択肢の幅と深さが飛躍的に向上しています。
これらの進歩により、C型肝炎は「治癒可能な疾患」として位置づけられ、患者のQOL向上と長期予後の改善に大きく貢献しています。アスナプレビルが果たした先駆的役割を基盤として、現代のC型肝炎治療は新たな段階へと発展を遂げているのです。