アクチビンは卵胞刺激ホルモン(FSH)の合成・分泌を活性化(activate)する因子として1986年に発見されたTGF-βスーパーファミリーに属する分泌タンパク質です。アクチビンは2つのβ-インヒビンサブユニットがジスルフィド結合により結合したホモ二量体構造をとります。この構造により、ActRII受容体およびALK4/ALK7受容体への結合が可能となり、Smad2/3シグナル伝達経路を活性化します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11234865/
アクチビンの分子的特徴として、熱安定性が高く、試薬としての取り扱いが容易であることが挙げられます。この性質により、再生医療研究において多能性幹細胞の培養に頻繁に使用されています。また、アクチビンは生体内で広範囲に分布し、FSH調節以外にも多様な生物学的機能を示します。
参考)https://www.brh.co.jp/research/hisato_kondo/7/
アクチビンの受容体複合体は複数のタンパク質から構成されており、特にβグリカンと呼ばれる補助受容体との相互作用が重要です。この複合体形成により、アクチビンは高い特異性でシグナル伝達を行うことができます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3318740/
ノーダルは胚発生期に極めて限定的な時空間パターンで発現する分泌因子です。特にマウス胚では、3体節期からノード近傍の左側側板中胚葉で局所的に発現が開始し、頭尾軸に沿って発現域が拡張します。この発現は6体節期には消失するため、わずか数時間という極めて短い時間窓での一過性発現が特徴的です。
参考)https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/11/80-09-03.pdf
ノーダルの発現には厳密な階層制御があり、βカテニンとVegTなどの協調作用により活性化されます。ノーダル5は最も早期に発現し、他のノーダル遺伝子を制御する上位調節因子として機能します。この制御カスケードにより、中胚葉分化が段階的に進行します。
参考)https://www.try-it.jp/chapters-15244/sections-15293/lessons-15307/practice-4/
興味深いことに、ノーダルの左右非対称発現は種間で相違があります。アフリカツメガエルやゼブラフィッシュでは左右対称に発現しますが、ニワトリでは左側のみで発現し、マウスでは最初左右対称でありながら次第に左側優位の非対称性を示すようになります。
アクチビンは濃度依存的に異なる中胚葉組織を誘導する能力を持ちます。この特性は**モルフォゲン(形態形成因子)**としての機能を示しており、濃度勾配に応じて異なる細胞運命を決定します。高濃度では背側中胚葉(脊索)を、中濃度では体節を、低濃度では側板中胚葉を誘導します。
参考)https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/gf_02/2/notes/ja/asashima02.pdf
アクチビンの作用メカニズムには、細胞表面受容体を介したSmad2/3リン酸化による転写調節があります。このシグナル伝達には負のフィードバック機構が組み込まれており、Smad6/7がI型受容体に結合してSmad2/3のリン酸化を阻害します。
再生医療分野では、アクチビンがES細胞から中胚葉系組織への分化誘導に利用されています。しかし、これは非生理的な高濃度での使用であり、実際の胚発生におけるアクチビンの役割とは異なることが指摘されています。
ノーダルの最も特異的な機能は左右体軸形成における役割です。ノーダルシグナルは方向性を伴う左右非対称な形態形成を制御し、肺の分葉数や心房形態の左側特徴を規定します。この機能はアクチビンには見られない、ノーダル固有の生物学的意義です。
ノーダルの左右軸形成機構には、BMP(骨形成タンパク質)シグナルとの相互作用が重要です。左側側板中胚葉でNodal発現によりChordin、NogginなどのBMPアンタゴニストが誘導され、一過的にBMPシグナルが抑制されます。この抑制がNodal発現に必要であり、正のフィードバックループを形成します。
ノーダルの下流では転写因子Pitx2が発現し、左側特異的な遺伝子発現プログラムが活性化されます。このカスケードにより、内臓器官の左右非対称配置が決定されます。興味深いことに、この機構の破綻は先天性心疾患や内臓逆位症の原因となります。
アクチビンの医療応用は多岐にわたります。特に生殖医療分野では、FSH分泌調節機能を利用した不妊治療への応用が期待されています。アクチビンはFSH産生を促進するため、排卵誘発や卵胞発育の調節に治療的価値があります。
再生医療分野では、アクチビンがiPS細胞の維持培養に重要な役割を果たします。多能性幹細胞はノーダルと同じ受容体系を利用してアクチビンに応答するため、ノーダルの人工的代用品として使用されています。この応用により、幹細胞の多分化能維持が可能となります。
参考)https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/180824-170000.html
最近の研究では、アクチビン/ノーダル/TGF-βシグナル阻害剤の組み合わせにより、多能性幹細胞を神経方向へ効率的に分化誘導できることが報告されています。これは進行性骨化性線維異形成症(FOP)などの難治性疾患の病態解明や治療法開発につながる可能性があります。
肝疾患研究においても、アクチビンは肝細胞の増殖・分化調節因子として注目されています。肝線維化の進行抑制や肝再生促進への応用が期待されており、慢性肝疾患の新たな治療標的となる可能性があります。