MSI-H大腸癌はStage IIにおいて予後が良好にみえる。しかし術後補助化学療法を選んでしまうと、生存率が改善しないどころか、5-FUが逆効果になるリスクがあります。

マイクロサテライト不安定性(MSI)とは、DNA修復機構の一つであるミスマッチ修復(MMR)機能が低下することで生じるゲノム不安定性のことです。特に「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High、MSI-H)」は、複数の遺伝子座において反復配列の長さが変化している状態を指します。
MSI-H大腸癌は、日本国内では大腸癌全体の約4〜7%に認められると報告されています 。切除不能大腸癌に絞ると、その割合は約4%程度です 。数は少ないものの、MSI-Hは治療方針を大きく左右するきわめて重要なバイオマーカーです。
関連)https://www.jsge.or.jp/committees/intractable_cancer/pdf/daichougan01-16.pdf
MSI-H腫瘍が生じる理由は主に2つあります。一つはリンチ症候群に代表される遺伝性の場合で、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2などのMMR遺伝子に生殖細胞系列変異を持つことによります 。もう一つは散発性で、MLH1プロモーターのメチル化などによる体細胞性の変化です。リンチ症候群に伴う大腸癌の90%以上はMSI-Hを示すため 、MSI検査はリンチ症候群スクリーニングにも活用されます。
関連)https://gan-genome.jp/treat/msi-high.html
MSI-H腫瘍は多数の遺伝子変異を持ち、高い腫瘍変異量(TMB-High)を示すことが多いです。これが豊富なネオアンチゲンを生み出し、腫瘍内へのリンパ球浸潤を促進します。つまり「免疫が働きやすい土台」が整っているわけです 。
項目 |
MSI-H(dMMR) |
MSS(pMMR) |
|---|---|---|
大腸癌全体に占める割合 |
約4〜7% |
約93〜96% |
腫瘍変異量 |
高(TMB-High) |
低〜中 |
免疫チェックポイント阻害薬の効果 |
✅ 有効 |
❌ 原則無効 |
Stage II予後 |
比較的良好 |
標準的 |
5-FU補助化学療法の効果 |
上乗せ効果なし |
有効 |
MSI-H・dMMRを検出するための検査には主に3つのアプローチがあります。それぞれ原理が異なり、臨床場面での使い分けが重要です。
KEYNOTE-177試験の主な成績は以下のとおりです。
PFS中央値16.5ヶ月という数字をイメージしやすくすると、化学療法を選んだ場合に比べて「平均してほぼ1年長く、病勢を抑えられる」ことを意味します。これは使えそうです。
さらに2024年のNEJM掲載試験では、ニボルマブ+イピリムマブ(オプジーボ+ヤーボイ)の併用療法が化学療法よりも長い無増悪生存期間を示し、新たな治療選択肢として注目されています 。転移性MSI-H大腸癌においては、複数の免疫療法オプションを比較検討する時代に入ったといえます。
関連)https://precisionclinic.jp/column/4832/
参考情報:MSI-H/dMMR転移性大腸癌に対するペムブロリズマブの詳細な臨床データについては、以下のMSD Connect情報が参考になります。
MSD Connect:MSI-High固形癌及びMSI-High結腸・直腸癌 MSI検査について
MSI-H大腸癌の治療において見落とされやすい落とし穴が、術後補助化学療法の選択です。Stage IIのMSI-H大腸癌はMSSと比べて術後の再発率が低く、予後が良好とされています 。しかしここで重要な事実があります。
関連)https://gi-cancer.net/gi/gi-pedia/vol03/page02.html
メタアナリシスの結果、MSI-H大腸癌に対する術後補助5-FU療法には生存への上乗せ効果が認められないと報告されています 。これは単に「効きにくい」という話ではなく、5-FUが相対的に無益である可能性を示す重大な所見です。一方で、オキサリプラチンベースのレジメンについては奏効する可能性があると考えられています 。
関連)https://www.kameda.com/pr/oncology/post_14.html
5-FUが効かないのは、MSI-H腫瘍が高い免疫原性を持つため、細胞障害性化学療法とは異なるメカニズムで制御されているからと考えられています。つまり5-FUによるメリットが出にくい土壌があるわけです。
これは大きなデメリット回避につながります。Stage IIの術後でMSI状態を確認せず5-FUを投与してしまうと、患者に副作用だけ与えて生存を改善できないというシナリオが生じえます。MSI検査は診断時だけでなく術後補助療法の選択場面でも意義があります。
MSI-H大腸癌の治療戦略において最先端かつ見逃せない領域が、術前免疫チェックポイント阻害薬療法です。転移のない局所進行MSI-H大腸癌に対して、手術前に免疫療法を行うことで腫瘍を消滅させる試みが急速に進んでいます。
国立がん研究センター東病院の報告では、手術可能な進行直腸癌に対して化学放射線療法後にニボルマブを投与したところ、MSI-H患者で60%が病理学的完全奏効(切除組織でがん細胞が消滅)を達成しました 。これは驚異的な数字です。
関連)https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/gastrointestinal_oncology/040/20220127203107.html
さらに2024年の報告では、dMMR結腸癌患者(111例)に術前ニボルマブ+イピリムマブを投与した結果、95%が病理学的大奏効、68%が完全奏効を示し、追跡期間26ヶ月(中央値)において再発は1件もなかったという驚くべき成績が報告されています 。
関連)https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=11016
これが何を意味するかというと、MSI-H大腸癌の一部の患者では、手術そのものを回避できる可能性が出てきたということです。「手術して補助化学療法」という従来の治療フローが根本から変わりうる状況です。
関連)https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=11016
関連)https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=11016
関連)https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/gastrointestinal_oncology/040/20220127203107.html
臓器温存の可能性という観点からも、MSI-H腫瘍の術前における免疫療法は今後のガイドライン改訂でも重要な議論の的になると予想されます 。今後の展開に注目です。
参考情報:国立がん研究センター東病院による術前免疫療法研究の詳細はこちらをご覧ください。
国立がん研究センター東病院:直腸がんにおける術前免疫チェックポイント阻害薬の効果
参考情報:局所進行dMMR大腸がんへの術前ニボルマブ+イピリムマブ試験の詳細情報はこちら。
Medical Online:局所進行dMMR大腸がんへの術前ニボルマブ+イピリムマブで再発0件
あなたはG12Cだけ見ていると治療機会を逃します。
KRAS変異の種類を整理するとき、まず押さえたいのは「どのコドンに変化が入ったか」と「どのアミノ酸に置き換わったか」の2軸です。医療現場ではG12C、G12D、G12V、G13D、Q61系のように表記し、同じKRAS変異でも生物学的なふるまいと治療選択肢が変わります。 つまり部位別理解です。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
肺癌学会の手引きでは、RAS変異のホットスポットはG12、G13、Q61の3カ所で、全体の96〜98%を占めると整理されています。とくに肺腺がんではG12変異が80%を占め、さらにG12Cが最多、次いでG12Vが多い流れです。 ここが基本です。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
一方で大腸がん診療では、歴史的にはKRAS exon2のコドン12・13が中心でしたが、現在はそれだけでは足りません。日本臨床腫瘍学会のガイダンスでは、KRAS/NRASのコドン12、13、59、61、117、146まで測定することが望ましいと示されています。 結論は広く見ることです。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
KRAS変異の種類は、がん種が変わると顔つきも変わります。日本肺癌学会の資料では、KRAS遺伝子変異は日本の肺腺癌の約10%に見つかり、欧米の肺腺癌では約30%とされています。 地域差もあります。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
同じ資料では、肺腺がんのKRAS変異ではG12Cが最も多く、喫煙者ではG12C、次いでG12Vが多く、非喫煙者ではG12Dが多いとされています。喫煙関連の塩基置換パターンが、サブタイプ分布に反映される点は診療説明でも使いやすい視点です。 背景まで読めます。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
消化器領域では見え方がさらに違います。科研費研究概要では、KRAS変異頻度は膵癌で約90%、大腸癌で約40%、胆管癌で約15%とされ、大腸がんのJSMOガイダンスでもKRASは34.6%、NRASは3.7%と報告されています。 がん種別把握が原則です。
関連)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K15555/
医療従事者が誤解しやすいのは、「KRAS変異陽性なら全部同じ」という見方です。実際には、治療標的として確立が進んでいるのは主にKRAS G12Cで、ルマケラスの解説でも非小細胞肺がんではG12Cが主要サブタイプとして扱われています。 ここは重要です。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
日本肺癌学会の手引きでは、既治療KRAS G12C陽性非小細胞肺癌126例に対するソトラシブで、奏効率37.1%、無増悪生存期間中央値6.8カ月、全生存期間中央値12.5カ月と報告されています。さらにCodeBreaK 200では、ドセタキセルに対して無増悪生存期間の有意延長が示されました。 G12Cは別格です。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
ただし、大腸がんにそのまま当てはめるのは危険です。NEJM日本語要約では、KRAS p.G12C変異陽性進行固形腫瘍に対するソトラシブで、大腸癌サブグループの奏効率は7.1%、病勢コントロール率73.8%、無増悪生存期間中央値4.0カ月でした。 同じG12Cでも差があります。
関連)https://www.nejm.jp/abstract/vol383.p1207
大腸がんで12・13だけ測って安心するのは危険です。JSMOガイダンスでは、KRAS exon2以外のKRAS exon3・4やNRAS exon2・3・4の変異を持つ患者群は、従来のKRAS exon2野生型患者の約20%と無視できない集団だと説明されています。 痛いですね。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
しかも、これらのRAS変異を持つ患者では抗EGFR抗体薬の利益が得られない可能性が高いとされます。つまり、拡張RASを見ずに抗EGFR抗体薬へ進むと、効きにくい治療に時間を使い、皮膚障害や通院負担だけが残る構図になりえます。 時間損失に直結します。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
検体面でも注意が必要です。JSMOガイダンスでは、原発巣と転移巣のRAS変異一致率は93%、手術検体と内視鏡生検のKRAS exon2一致率は97%以上とされる一方、ホルマリン固定は6〜48時間が目安で、1週間超ではDNA断片化が進み遺伝子変異検査に不向きとされています。 検体管理が条件です。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
肺がんでも検査法の違いは無視できません。日本肺癌学会の手引きでは、Guardant360 CDxのKRAS G12C検出で、therascreenとの陰性一致率は100.0%でも陽性一致率は69.8%にとどまるとされ、初回診断時の使い分けに留意が必要です。 リキッドで十分とは限りません。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
検査導線を整えるなら、前治療開始時点でマルチ遺伝子検査の結果確認欄にKRASサブタイプも明記する運用が有効です。見落とし回避という場面では、電子カルテの定型文や病理返却時チェックリストを1枚作るだけでも再確認の手間を減らせます。これは使えそうです。
臨床で役立つ整理法は、「頻度」「薬剤」「注意点」を1セットで覚えることです。たとえば肺腺がんならG12Cが多く、既治療ではソトラシブ適応を意識する、大腸がんなら12・13だけでなく59・61・117・146まで確認する、という形です。 これだけ覚えておけばOKです。
関連)https://www.amgenpro.jp/products/brand/lumakras/kras
もう一つ大切なのは、同じKRASでも患者説明を変えることです。G12Cだからといって全がん種で同じ反応は期待できず、肺がんと大腸がんで奏効率や開発状況が違うため、「変異がある」ではなく「どの種類か」まで伝えると納得感が上がります。 伝え分けが基本です。
関連)https://www.nejm.jp/abstract/vol383.p1207
検索上位記事はG12C中心にまとまりがちですが、現場では「測る範囲」と「がん種ごとの差」の理解が実務的価値になります。あなたが病理、腫瘍内科、呼吸器、消化器のどこにいても、KRAS変異の種類をサブタイプ単位で扱うだけで、治療提案の精度は一段上げられます。
関連)https://www.jsmo.or.jp/about/doc/20140410Daichogan.pdf
KRAS G12C検査法や感度差の確認に有用です。
日本肺癌学会「肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き 4-7.KRAS」
大腸がんで見るべきRASコドン範囲と抗EGFR抗体薬の考え方の確認に有用です。
日本臨床腫瘍学会「大腸がん患者におけるRAS遺伝子変異の測定に関するガイダンス」
【第3類医薬品】キューピーコーワゴールドαプレミアム 280錠