IHC(免疫組織化学)だけで判定した場合、約15%のケースでMSI-Hを見逃すリスクがあります。
マイクロサテライトとは、ゲノム上に散在する1〜6塩基の短い反復配列のことです。正常な細胞ではDNAミスマッチ修復(MMR)機構がこの部分の複製エラーを修正しますが、MMR機能が低下すると反復回数にばらつきが生じます。この状態をマイクロサテライト不安定性(MSI:Microsatellite Instability)と呼びます。
MMR機能の喪失には、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2という4つの主要なMMRタンパク質のいずれかが関与していることが多いです。これらの遺伝子に生殖細胞系列の変異がある場合はリンチ症候群と診断され、大腸がん・子宮体がん・胃がんなどのリスクが顕著に上昇します。つまりMSI検査は、治療選択だけでなく遺伝カウンセリングにも直結する検査です。
MSIの状態は大きく3段階に分類されます。
- MSI-H(High):解析マーカーの30〜40%以上に不安定性が認められる高度不安定型
- MSI-L(Low):一部のマーカーにのみ不安定性が認められる低度不安定型
- MSS(Stable):マーカーに不安定性が認められない安定型
MSI-Hは免疫チェックポイント阻害薬の適応と直結します。ここを見誤ると、治療機会を逃すことになります。
PCRフラグメント解析は、MSI検査の歴史的なゴールドスタンダードです。腫瘍組織と正常組織(通常は末梢血や非腫瘍粘膜)のペアを使い、特定のマーカー座位における反復配列の長さを比較することでMSI-Hを判定します。
米国のNCI(国立がん研究所)が1997年に提唱した「Bethesdaパネル」では、BAT-25・BAT-26・D5S346・D2S123・D17S250の5マーカーを使用し、2つ以上で不安定性があればMSI-Hと判定します。日本でもこのパネルが長く使用されてきました。感度は約90〜95%とされており、信頼性の高い検査です。
ただし注意点があります。正常組織の確保が必要であることと、FFPEブロックの品質に依存するため、検体の保存状態が悪い場合はPCR増幅が不十分になることがあります。検体採取から固定までの時間が長すぎる(目安として6時間以上)と、DNA断片化が進み偽陰性のリスクが高まります。
精度の観点から言えば、BAT-26単独でもMSI-Hのスクリーニングに使用されることがあります。BAT-26は腫瘍特異的な変異を示しやすく、正常組織なしで判定可能な場合もあるためです。ただし単独使用には限界もあり、施設ごとの運用ルールを確認することが原則です。
IHC法は、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2の4種類のMMRタンパク質に対する抗体染色を行い、核染色の消失(欠損)をもってMMR機能低下(dMMR)を判定する方法です。PCR法と比べてコストが低く、多くの施設で日常的に実施できる点が大きなメリットです。
この方法は「dMMR=MSI-H」と読み替えられることが多く、臨床現場では事実上同義として扱われています。実際、両者の一致率は約95%以上とされています。しかし完全に一致するわけではなく、約5%の乖離が報告されています。IHC陽性(dMMR)でもPCR法でMSSと判定されるケース、逆にIHCが正常でもMSI-Hとなるケースが存在します。
特に注意が必要なのはMLH1の解釈です。MLH1の発現消失が確認された場合、その原因がMLH1プロモーターのメチル化(後天的・散発性)なのか、生殖細胞系列変異(リンチ症候群)なのかを区別する必要があります。この区別をしないままでは、リンチ症候群の家族への遺伝カウンセリングが適切に行えません。
| 項目 | PCRフラグメント解析 | IHC法 |
|------|-------------------|----|
| 必要組織 | 腫瘍+正常 | 腫瘍のみ |
| コスト | やや高い | 低い |
| 感度 | 約90〜95% | 約85〜92% |
| 特異度 | 約95%以上 | 約95%以上 |
| MMR遺伝子同定 | 不可 | 可能 |
| 施設普及度 | 限定的 | 広範 |
IHC単独で終わらせない、という意識が重要です。
大腸癌治療ガイドライン(日本大腸癌研究会):MSI検査の推奨記載あり
近年、包括的ゲノムプロファイリング(CGP)検査の普及に伴い、NGSを用いたMSI評価が急速に広まっています。代表的な検査として、国内では「FoundationOne CDx」「OncoGuide NCC オンコパネル」などがあり、これらは単一の検査でMSI評価・TMB(腫瘍変異量)・遺伝子異常の検出を同時に実施できます。
NGSによるMSI評価の原理は、数百〜数千のマーカー座位を一括でシーケンシングし、反復配列の長さのばらつきをアルゴリズムで統計処理するものです。PCR法の5マーカーと比べて情報量が格段に多いため、理論上はより安定した判定が可能です。実際、FoundationOne CDxのMSI評価はPCR法との一致率が約96%と報告されています。
ただし保険適用の条件に注意が必要です。現行(2025年8月時点)では、CGP検査は固形がんで標準治療終了後または終了見込みの患者が対象です。MSI評価のみを目的としてNGS検査を使用することは、現時点では保険外となるケースがあります。判定目的と適応を混同しないことが条件です。
また、NGSによるMSI評価は正常組織を必要としない「腫瘍組織単独」での解析が可能な点もメリットです。これはPCR法の運用上の負担を軽減する要素になります。意外ですね。
FoundationOne CDx(ロシュ・ダイアグノスティックス):MSI・TMBの評価方法の説明あり
検査方法の選択は、腫瘍種・目的・施設の体制によって異なります。ここでは主要ながん種ごとの実践的な考え方を整理します。
大腸がん(結直腸がん)では、リンチ症候群スクリーニング目的にはIHC4項目が推奨されています。日本大腸癌研究会のガイドライン(2022年版)においても、全例IHC実施が望ましいとされています。免疫チェックポイント阻害薬の適応判断にはIHC単独でも可ですが、不一致例を考慮してPCR法の追加確認を行うことが理想です。
子宮体がんでは、MSI-H・dMMRの頻度が約25〜30%と高く、MSI検査の重要性が特に高いがん種です。ペムブロリズマブ(キイトルーダ)+レンバチニブの併用療法の適応判断においてもdMMR確認は必須です。IHCが一次スクリーニングとして推奨されます。
胃がん・膵がん・胆道がんでは、MSI-Hの頻度は低いものの(胃がんで約5〜10%)、ペムブロリズマブ単剤のtumor-agnostic適応(固形がん横断的適応)が存在するため、全例検索が視野に入っています。CGP検査との組み合わせが効率的な場合もあります。
以下に腫瘍種別の目安をまとめます。
| がん種 | MSI-H頻度 | 推奨一次検査 | 備考 |
|------|-----------|------------|------|
| 大腸がん | 約15%(ステージI〜II) | IHC4項目 | リンチ症候群除外も必要 |
| 子宮体がん | 約25〜30% | IHC4項目 | 高リスク群 |
| 胃がん | 約5〜10% | IHC or PCR | CGP同時も選択肢 |
| 膵がん | 約1〜2% | CGP推奨 | 単独検査は効率悪い |
| 小腸がん | 約20%以上 | IHC4項目 | リンチ症候群と関連 |
これが臨床での基本的な使い分けです。
日本臨床腫瘍学会:がん薬物療法ガイドライン関連ページ(免疫チェックポイント阻害薬の適応含む)
MSI検査の精度を左右する最大の変数は、試薬や機器よりも「検体の質」です。この点は意外に軽視されがちですが、検体不良による再検率は施設によって5〜20%にのぼるという報告もあります。
FFPEブロックにおいて特に問題になるのは、過度な脱灰処理と中性ホルマリン以外の固定液の使用です。骨転移巣や硬化性病変の生検では脱灰が必要なことがありますが、強酸性の脱灰液はDNAを著しく断片化させます。この場合、IHC法の方がPCR法よりも安定した結果を得やすい傾向があります。
また、腫瘍細胞含有率(tumor cell content)も重要な要素です。PCRフラグメント解析においては、腫瘍細胞の割合が20〜30%以下になると感度が低下するとされています。病理医による腫瘍面積確認と、必要に応じたマクロダイセクション(腫瘍部の切り出し)が求められます。
IHC法における染色の解釈にも慣れが必要です。例えば、MSH6はその他のMMRタンパク質と比較して局所的な発現消失を示すことがあり、読み誤りが起きやすいとされています。また、化学療法後に採取した検体ではMLH1やMSH6の発現が一時的に低下することがあり(treatment-induced dMMR)、治療前の検体での確認が可能であれば優先するべきです。
現場でできる対策として、検体提出時にFFPEブロックの作製年月・固定条件・腫瘍細胞率をラボへ事前共有する仕組みを整えることが効果的です。これにより検査担当者が適切な前処理を選択でき、偽陰性・偽陽性のリスクを低減できます。