スキンマイクロバイオームの恒常性と疾患治療への応用

皮膚に存在する微生物叢の恒常性維持機構と、アトピー性皮膚炎や皮膚がんなどの疾患における治療的応用について、最新の研究知見を基に解説します。細菌療法の可能性とは?

スキンマイクロバイオームと恒常性維持の重要性

皮膚マイクロバイオームの基本構造
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皮膚の微生物生態系

細菌、真菌、ウイルスからなる複合的な生態系が皮膚上で共存

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免疫系との協調

宿主の免疫機能と密接に連携した恒常性維持システム

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バランスの重要性

微生物間のバランス破綻が皮膚疾患の原因となる

ヒトの皮膚は、体の最大の器官として外界からの防御機能を担っており、この皮膚表面には数兆個の微生物が生息しています。これらの微生物群は「スキンマイクロバイオーム」と呼ばれ、細菌、真菌、ウイルスなどから構成される複雑な生態系を形成しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9963692/

 

皮膚マイクロバイオームの構成は身体部位によって大きく異なります。脂漏部位(頭皮や首部)、湿部位(腋窩や肘前窩)、乾燥部位(前腕)、脂腺のない足底など、それぞれの環境に適応した微生物が優位に存在します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/145/8/145_24-00190-5/_html/-char/ja

 

特に注目すべきは、細菌マイクロバイオームではCutibacterium acnes(アクネ菌)、Staphylococcus属菌(ブドウ球菌)、Corynebacterium属菌が主要構成菌であり、一方で真菌マイクロバイオームは足底を除く多くの部位でMalasseziaが優位を占めるという特徴があります。これらの微生物は皮膚環境を「培地」として利用し、その成分組成に応じて生育しています。
健康な皮膚では、これらの微生物と皮膚細胞、免疫システムが協調して恒常性を維持しています。この恒常性が破綻すると感染症や皮膚疾患が発症するため、マイクロバイオームの理解は疾患予防・治療において極めて重要です。
参考)https://www.skincancer.org/ja/blog/do-you-know-what-is-living-on-your-skin/

 

スキンマイクロバイオームの空間的分布特性

最近の研究により、スキンマイクロバイオームの空間分布について興味深い事実が明らかになりました。従来、皮膚表面に微生物が均等に分布していると考えられていましたが、実際には皮膚表面の生菌数は予想よりも少なく、生存可能な微生物の多くは毛包や皮膚の深部構造に存在していることが判明しています。
参考)https://note.com/nn1112/n/n90b29f83c56a

 

この発見は、皮膚マイクロバイオーム研究の手法にも重要な示唆を与えています。一般的に行われている綿棒による皮膚表面からのDNA採取では、実際の生存微生物の分布を正確に反映していない可能性があります。皮膚表面の多くの細菌DNAは、実際には生存細胞に由来しないものが含まれており、真の皮膚マイクロバイオームの理解には、より詳細な空間解析が必要です。
また、皮膚マイクロバイオームは外的な擾乱を受けても驚くほど安定しており、表面の微生物が除去されても、深部に存在する生存集団によって迅速に補充されることが明らかになっています。この安定性は、皮膚の恒常性維持における重要な機構として注目されています。

スキンマイクロバイオームと炎症性疾患の関連性

アトピー性皮膚炎(AD)は、スキンマイクロバイオームの異常と密接な関連があることが知られています。健常者と比較して、AD患者では特定の細菌種の増減が観察され、特にStaphylococcus aureusの増加と多様性の減少が特徴的です。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.002149730790050049

 

真菌マイクロバイオームの視点からも、アトピー性皮膚炎や脂漏性皮膚炎におけるMalasseziaの役割が注目されています。Malasseziaは健常皮膚でも優位に存在しますが、疾患状態では特定の種が異常増殖し、炎症反応を惹起することが報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ishinkin/65/4/65_75/_article/-char/ja

 

男性型脱毛症(AGA)においても、皮膚マイクロバイオームの関与が示唆されています。頭皮の微生物環境の変化が毛髪の成長サイクルに影響を与え、脱毛の進行に関与している可能性があります。
これらの疾患における共通点は、皮膚バリア機能の低下とマイクロバイオームの多様性減少です。正常な皮膚では、多様な微生物種が相互に制御し合うことで病原性微生物の異常増殖を防いでいますが、疾患状態ではこのバランスが崩れ、特定の微生物が優勢になることで症状が悪化します。

 

スキンマイクロバイオームを標的とした細菌療法の最新動向

スキンマイクロバイオームの理解の深化に伴い、新たな治療アプローチとして細菌療法が注目されています。従来のプロバイオティクスとは異なり、細菌療法は特定の目的を持った設計された治療法として位置づけられています。
アトピー性皮膚炎治療における画期的な研究として、特殊な細菌を患部皮膚に移植することで炎症を効果的に軽減できることが2021年に報告されました。この研究では、患者自身の皮膚から分離した有益な細菌を培養し、再び皮膚に戻すという手法が用いられ、従来の抗炎症治療とは全く異なるアプローチとして注目されています。
さらに興味深いのは、皮膚がんに対する細菌療法の可能性です。Staphylococcus epidermidisの特定の株が産生する6-HAPという化学物質が、正常細胞を損傷することなく癌細胞のみを選択的に殺すことができることが発見されています。ただし、この6-HAPを自然に産生する細菌を持つ人は全体の約20%に限られており、今後の研究では6-HAP産生細菌の人工的な皮膚移植による皮膚がん予防・治療の可能性が検討されています。
現在、化粧品業界でも皮膚マイクロバイオームをターゲットとした製品開発が活発化しています。レチノイドを含む局所用製品が皮膚微生物叢に作用して免疫システムに有益な効果をもたらす可能性や、皮膚の異なる部位(脂性部位vs乾燥部位)の微生物環境に特化した製品の開発などが進められています。
参考)https://www.eiyo.ac.jp/news/2023/vicepresidentdialogue1st.html

 

スキンマイクロバイオーム研究の技術的進歩と今後の展望

スキンマイクロバイオーム研究における技術的な進歩により、従来は不可能であった詳細な解析が可能になっています。16S rRNA遺伝子シーケンシングを中心とした培養非依存的手法により、健常および疾患状態における皮膚マイクロバイオームの役割に関する理解が飛躍的に向上しました。
参考)https://www.funakoshi.co.jp/contents/81519

 

特に、可変領域V1~V3の塩基配列決定による手法は、従来の培養法では検出できなかった微生物種の同定を可能にし、皮膚マイクロバイオームの真の多様性を明らかにしています。これらの技術革新により、個人差、年齢、性別、環境要因などがマイクロバイオーム構成に与える影響についても詳細な解析が進んでいます。
また、日本の研究機関による皮膚常在微生物カクテルの提供開始など、研究基盤の整備も進んでおり、今後のスキンマイクロバイオーム研究の加速が期待されています。特に、ヒト新鮮皮膚組織を用いた解析システムや、標準化された微生物株を用いた研究により、より信頼性の高い研究結果が得られるようになっています。
参考)https://www.nite.go.jp/data/000157850.pdf

 

今後の展望として、個人のマイクロバイオーム特性に基づいたパーソナライズド医療の実現が期待されます。個々の患者の皮膚マイクロバイオーム構成を解析し、それに基づいて最適な治療法や予防法を提案するという、precision medicine の概念がスキンケア分野にも適用されることが予想されます。

 

また、腸内マイクロバイオームと皮膚マイクロバイオームの相互作用についても注目が集まっており、全身的なマイクロバイオーム治療アプローチの開発が進むことで、より効果的な皮膚疾患治療が可能になると考えられています。

 

スキンマイクロバイオーム管理の実践的アプローチと注意点

日常的なスキンケアにおいて、マイクロバイオームの健康を維持するための実践的なアプローチが重要です。過度な洗浄や手指消毒剤の使用によってマイクロバイオームが損傷されることを懸念する声もありますが、実際には皮膚の微生物の多くは毛包内に保護されており、適切なスキンケアや短期間の過剰な手洗いでは深刻な影響を与えないことが示されています。
しかし、長期的な抗生物質の使用や、過度に攻撃的なスキンケア製品の継続使用は、マイクロバイオームのバランスに悪影響を与える可能性があります。特に、広範囲抗菌剤を含む製品の日常的な使用は、有益な常在菌まで除去してしまう可能性があるため注意が必要です。

 

現在市販されているマイクロバイオーム対応製品には、プロバイオティクス表示のものや、特定の有益な酵素やペプチドを含む製品があります。これらの製品は、皮膚マイクロバイオームの基礎科学研究に基づいて開発されており、有効性と安全性について継続的な検証が行われています。
医療従事者として患者指導を行う際には、個々の患者の皮膚状態とライフスタイルを考慮した総合的なアプローチが重要です。単に製品を推奨するだけでなく、患者の生活習慣、環境要因、既存の皮膚疾患の有無などを総合的に評価し、適切なマイクロバイオーム管理方法を提案することが求められています。

 

アトピー性皮膚炎と男性型脱毛症における皮膚マイクロバイオームの詳細な分析データ
皮膚マイクロバイオームの恒常性維持機構に関する最新の研究成果