腫瘍溶解性ウイルス製剤は、がん細胞に特異的に感染する能力を持つウイルスを利用した革新的な治療法です。VRT106などの製剤ががん細胞に感染すると、感染したがん細胞内で大量に複製し、ウイルスタンパク質を発現させます。この過程により、がん細胞にアポトーシス(プログラム細胞死)、壊死性アポトーシス、オートファジーなど、様々な形の細胞死が誘導されます。
遺伝子改変技術によって、これらのウイルスは正常細胞では増殖せず、がん細胞でのみ特異的に増殖するようデザインされています。このため、従来の抗がん剤と比較して副作用が大幅に軽減されることが期待されています。
腫瘍溶解性ウイルス療法は、単独での効果に加えて免疫チェックポイント阻害薬との併用によって更なる治療効果の向上が期待されています。テロメライシン(R)の腫瘍溶解作用は、細胞傷害性T細胞(CTL)活性を誘導することで、腫瘍免疫増強効果をもたらします。
国立がん研究センターでは、腫瘍溶解性ウイルス製剤とペムブロリズマブ(抗PD-1抗体薬)を併用した医師主導治験が開始されており、この組み合わせによる治療効果の検証が進められています。
併用療法のメリット:
また、VRT106製剤では、がん細胞のサイトカイン放出量とCD8陽性T細胞の浸潤量を増加させることで、細胞依存的な免疫によるがん細胞への攻撃を誘導することが確認されています。
従来の腫瘍溶解性ウイルス療法では、5型アデノウイルスを基本骨格とした製剤が主流でしたが、成人の多くが5型アデノウイルスに対する抗体を保有しているため、治療効果の減弱が課題とされていました。
大阪大学の研究チームは、この問題を解決するために35型アデノウイルスを基本骨格とした新しい腫瘍溶解性ウイルスを世界で初めて開発しました。35型アデノウイルスに対する抗体を保有している人の割合は低く、感染受容体であるCD46が悪性度の高いがん細胞で高発現していることから、より広範ながん種に対して高い治療効果が期待されています。
35型アデノウイルスの利点:
この新しいアプローチにより、これまでの腫瘍溶解性5型アデノウイルスでは治療効果が期待できなかったがんに対しても、高い治療効果を示すことが期待されています。
腫瘍溶解性ウイルス療法は、その特異的な作用機序により、幅広い患者層に対して治療選択肢を提供します。名古屋大学の研究では、大腸癌の腹膜播種モデルにおいてHF10(単純ヘルペスウイルス変異株)とパクリタキセルとの併用療法が生存率の改善に有効であることが示されています。
臨床応用における特徴:
再発乳癌の転移巣に対するHF10の臨床試験では、優れたがん細胞破壊効果が確認され、組織学的効果として「かなり有効」から「著効」まで幅広い効果が観察されました。特に効果の高い症例では、がん細胞がほぼ100%破壊されている状況が確認されています。
腫瘍溶解性ウイルス製剤は画期的な治療法である一方、いくつかの課題も存在しています。薬剤排出トランスポーター蛋白の存在により、一部のウイルス製剤では効果が減弱する可能性が指摘されています。
現在の課題と対策:
しかし、これらの課題に対する解決策も着実に開発されています。異なるウイルスプラットフォームを用いた多様なアプローチや、患者の免疫状態に応じたテーラーメイド医療の実現により、治療効果の更なる向上が期待されています。
現在、HSV-1、アデノウイルス、ポリオウイルス、麻疹ウイルスなど、様々な遺伝子操作されたウイルスが臨床試験段階にあり、多くが非常に有望な結果を示しています。これらの研究成果により、腫瘍溶解性ウイルス製剤は次世代のがん治療の中核を担う治療法として確立されることが期待されています。
参考リンク:
国立がん研究センターの腫瘍溶解性ウイルス製剤に関する最新の臨床試験情報
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2018/0302/index.html
大阪大学における新型腫瘍溶解性アデノウイルスの開発成果
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210217_2